其の171 人材の選定
人にはそれぞれ色々な事情があります。気にしてはいけません。嫉妬や妬みはやめましょう。他の土地に行くことで幸せになれるのであれば幸いです。微力ながら応援しましょう。なんであれ、しっかりと仕事をしてくれるのでしたら問題ありません。彼ならば技術的には申し分無く、元々指導者の立場であるのですから今回の件には適任でしょう。これでかの国々の食事事情が改善されるのであれば人材流出もやむ無し。それにいずれは同じ国になるのですから同じことです。
などと考えて自分を慰めることにしました。
気を取り直して次の候補者の選定に行きます。
派遣する講師は一応紹介をするわたしの責任にもなりますから、ちゃんと精査した上で最終的には面談もするのですが、その前に身上書を見ていて頭が痛くなって来ました。
……この国の者ときたら……。
一人目。王都内で有名な店に勤める料理人ですが、お客に手を出してしまい、相手の旦那が店に乗り込んで来て店にいずらい者だそうです。
二人目。親が自分の弟子の一人に店を継がせるべく画策し、その一人娘の婿にしようと考えている為、それが嫌で逃げ出したい者。
三人目。親方と遺恨があるのでその娘と共に駆け落ちを望んでいる者……。
いずれ腕はあるも訳あり者ばかり。
もう面倒臭くなって来ました。向こう側も腕利きは望んでいますが、その人となりについては何もいってはいませんでした。なら構わないでしょう。流石に素行の悪そうな者は書類選考の段階で弾きますが、こんな者達を送り込んでしまって大丈夫なのでしょうかね? 少し不安になって来ました。
……厄介払いをされたと思われなければ良いのですが……。
そんなことよりも、残された時間で出来る限り持って行く保存食を作らねばなりません。余計なことに気にかけている暇なぞないのです。
向こうへ送り込む者の選定をさっさと終わらせると、エルハルト達に捕まらないのを良いことに学園へ足繁く通っていましたら、今度はレニーに捕まってしまいました。
「陛下、外交へ行くにあたって、護衛騎士達の件でお話しが御座います」
また面倒なことになる予感がしました。
今回、向かう先である両国の首都はラミ王国側から見て近くにありますので、そこへと会談に向かう訳ですからその道程も短く済みますし、現在の所、かの国々の情勢は安定しており安全です。何も魔獣討伐に行くのではありませんからむしろ護衛の騎士なぞいらない位。しかしわたしは仮にも一国の君主。その外遊ともなればある程度の護衛の数がいなければ格好がつかないことは前回の件で履修済。
「その件については今回もレニーに一任致します。良きに計らって下さい」
誰でも何人でも構いません。そんなことよりもわたしには今の内にやらねばならない大事なことがあります。なのでさっさと解放して下さい。しかし願いは空しくそれは叶いませんでした。
「予定していた同行者の数が多すぎて護衛騎士が足りません」
「うっ……」
これは全てわたしの責任です。
道中の各地で料理を振る舞う料理人。これは各地でどんな規模になりどれだけの者を相手にするかは特に決まっていません。向こうの国の出方次第。ならば人手はあるに越したことがないでしょうと、希望者はみな連れて行きます。向こうに送り込む料理人も、数が多ければその分早く食事が改善されるだろうと、制限は設けませんでした。
……みなさんあの意気込みでは、向こうの側で拒否をされたとしても自分達で就職先を探すことでしょうね……。
結果として、外交に赴く人員の方がオマケの様。
「……それは同行者を絞れということでしょうか……」
……面倒な……。
努めて表情には出さず尋ねます。
「いえ、陛下がそれをなさりだがらないことは存じております」
流石はレニー。面倒なことは放り投げるわたしの性格を把握しています。ため息を吐きつつ項垂れて首を横に振りました。
少しだけ申し訳ないと思いつつ、ではどうするのかと尋ねれば、「その件についてこれからわたし目が学園に赴きますので、その席に陛下もご同行願います」そのまま魔工学でも料理の講義室でもなく、学園長室へと連れて行かれてしまいました。
学園長はなんの連絡も無しにわたしが来たことで明らかに動揺し、目が合うと用があるのだといって逃げ出そうとしましたが、そこをレニーに捕まり凄まれてしまいます。これには彼も大人しく従い話しを聞くしかありませんでした
「……その様な訳になります。その為今回の学生達の実習は、遠征を兼ねた陛下の護衛任務とさせて頂きたく存じます。細かいことについては後程各担当教師達と確認をし、これから協議を重ねていきますが、先ずは学園長と陛下お二人に許可を頂きたく参った次第です」
「ご随意に……」
……学園長、面倒なことは分かち合いましょうよ……。
……そういえば、ここには来たことがありませんでしたね……。
同じ教職でも担当が異なれば教師棟も別になります。
学生時代でも剣術講義には縁がありませんでしたから、この剣術や騎士を目指す講義の教師達が集まる練へは足を踏み入れたことがありませんでした。
「では、わたしがご案内します」
かつて剣術の講義で優秀な成績を納めていたレイが案内を買って出てくれました。
「失礼します」
「おお! レイチェル・クラウゼじゃないか! 久しいな! 元気だったか!」
彼とわたしは面識はありませんが、彼女が教えを受けた剣術教師なのでしょう。部屋に入ると厳つい見た目の男が相好を崩し近づいて来ましたが、その場ですぐに足を止めてしまい慄いています。
「こっ! これはレニー・カーティス閣下!」
流石その手の者達の間では有名人。その背後にいるレニーを見て思わず敬礼をし、下にも置かない態度です。
「……そ、そうなると……」
彼は恐る恐る視線を下に移すとわたしを見つけました。
「へっ! 陛下!」
……すぐ背後にいたのですけれどもね……失礼しちゃいますよ。
「コホン。貴方とはここでは同じ教師ですが、今日は君主の立場として来ました。彼の話しを聞いて下さい」
「はっ! 承ります!」
……こちらの方は滞り無く話しが済み良かったですが、これなら別にわたしは必要なかったのではないですかね?
ともかくこれで護衛騎士の目処がたちました。安堵した顔のレニーに解放されると、早速魔工学と料理の講義室へ向かい、現在の進捗状況を確かめ、わたしにしか出来ない作業にかかる為向かおうとしたのでしたが、その前にマダリンに捕まってしまいました。
「陛下、探しましたよ。お待たせ致しました。準備が整いましたのでお戻り下さい」
……待ってなんかいませんよ……。
そのまま王城へと連れ去られると、外交の為の詰め込み教育が始まります。
……うう……束の間の自由時間でした……みなさん、後のことは頼みました……。




