其の170 乾燥食品と人材探し
(……これ……ですか?)
今回実験対象として用意した食品は、肉も野菜もふんだんに使ったトマトのスープでした。しかし、今目の前にあるのは、赤茶っ色をした萎びた物体が平べったくなってお皿に乗っているだけでした。
学生達も遠巻きにして、不思議そうな顔や心配そうにして見ています。
(やった! 出来た!)
(……本当ですか……?)
アリシア的にはこの物体を見て成功したと喜んでいますが、わたしには折角の食品を無駄にした様にしか思えません。
確かにカサカサになっていますから軽くて携帯性は良さそうですし、干からびていますので保存にも良さそうですが……残念ながら全く食欲がわかないどころかそもそも食品にすら見えません。
試しに触ってみるとポロポロと崩れました。そのまま少し摘んで鼻に近づけてみると、その粉末からはほのかにトマト等の匂いが漂い、かつてはスープであったということが辛うじてわかりますがそれだけです。
(……これ、食べても大丈夫なのでしょうか?)
(そのままじゃなくて、お湯で戻すの!)
アリシアのいう通りに、試しに水と火の魔法でお湯を作り出してお皿に注ぎます。
───ッ!
「わぁー!」
「スゴイです!」
これには学生達と一緒にわたしも驚きました。
みるみる内に、ゴミの様だった物体が湯気を立てて美味しそうなスープへと変化しました。見た目や匂いは先程加工する前の物と遜色ありません。ですが問題は味です。
匙ですくうと恐る恐る口へ運びました。
「お、美味しいです!」
旨みに酸味も感じ、確かにトマトのスープです。
わたしのその一言に、固唾を飲んで見守っていた学生達も詰めかけてお皿に群がると味を確かめます。
「ちゃんとスープです!」
「おいしい!」
今回実験に使ったスープの作製は学生達に頼みました。作った者達が納得しているのですからこれは成功したといえるでしょう。
───やりました! これで食の幅が広がります!
やり遂げた達成感に打ち震え、みんなと共に喜びを噛み締めていたのでしたが、頭の中からこの場にそぐわないモヤモヤした気持ちを感じました。
(……これは……アリシアですね……どうかされましたか?)
(ん〜……これは半分だけ成功ね……完全じゃないや)
(え?)
アリシアが不完全だといった理由は二つ。一つはその製法にありました。
(これって、現状じゃアタシ達にしか作れないと思うの)
そもそも原理を知っているアリシアが、かなり細かく魔法を行使し、更に魔力を大量に使用して始めて完成した代物。とても他の者には真似出来ないとのことです。
(ミリーもケッコー大変だったでしょ?)
(そうですね……倒れる程ではありませんでしたが……)
正直ここまで魔力を消費したのは久々のことでした。
しかし、まだこれは試作の段階。魔法に頼らなくとも専用の設備を整えれば話しは別。これからの頑張り次第。むしろそれを作るのはわたしの専門です。
俄然やる気になって来ました。
(さすがに、出掛ける前には間に合わないね)
……水を差す様なことをいわないで下さいな……。
仕方がありません。今回持って行く分は頑張って作りましょう。構いません。美味しい食事の為ならこんなこと苦労でも何でもありません。
(それとね、コレっていま完全に乾燥してる状態なんだけど……)
このまま放置してしまうと、直ぐに周り空気中にある水分を吸ってしまい駄目になるそうです。長期間の保存には向かないとのことでした。
(それでは意味がありませんよ!)
(そーなのよねー。ビニールがあればいーんだけど)
彼女の知識の中には、薄くて軽い水や空気を通さない紙の様な物があるそうで、本来それで包み密閉することで初めて携帯性も良く長期保存を可能にするのだそうです。これでは片手落ちなのだとのこと。
(……うぅ……要は密閉しておければ良いのですね……)
ならば仕方がありません。今回は携帯性は犠牲にして保存を優先させましょう。
急ぎ料理の講義室を後にすると魔工学の講義室に向かいました。
「みなさん! 缶が更に必要になりました! 予定の倍数は必要です!」
講義室内に悲鳴が上がりました。
魔工学講義学生達の尊い犠牲により、道中の豊かな食生活の目処が立ちました。感謝します。
……大丈夫。もちろんわたしも手伝いますし、王城の魔工学の研究者達にも声を掛けて増員もします。みんなで頑張って缶を作りましょう!
食品の用意は料理の講義の学生に実習と称し任せるとして、その後の缶に詰める作業は他の者でも出来ます。しかし乾燥させる工程はわたし一人でやらねばなりません。ここが踏ん張りどころだと気合を入れ作業に挑みます。
……クレイン親子が忙しい今しかありません! アリシア! イザベラさま! 頼みますよ!
後必要になるのは料理人。これは人に頼むだけでなく自分でも探しました。何せわたしの食事を用意してくれる人にもなる訳ですからね。妥協はしません。
「丁度その時期はヒマになりますから、是非お願い致します」
各寮の食堂の者達に声を掛けた所、思いの外集まりました。
学生達の殆どは、その時期帰郷等で学園にいません。ならば寮内の食堂に、そんなに人手が必要ないはずですから丁度良いと思ったのです。寮によっては食堂が完全に閉鎖される所もありました。予想通り、休まずに稼ぎたいという若い者を中心に手を上げてくれ、中には慣れ親しんだ柳緑寮の者もいてくれて心強いです。
残る問題は向こうの国に暫く滞在して料理の指導を行う者。
わたしの知り合いで調理に長けている者は、基本的に何かしらの仕事に従事しています。長期に渡って指導を行う訳になるのですから、そんな身軽な者には心当たりはありません。その為、この件は完全に人任せ。
「え!? 貴方が行くのですか?」
「よ、よろしくお願い致します」
人材探しを頼んだ者からは、市井の者を中心に募集を掛けたとの報告を聞きましたので、まさか学園の関係者が来るとは思いませんでした。
「貴方は確か、学園の食堂の料理長ではなかったですか?」
以前学園の食堂の料理人達を呼び付けた際に、彼等の代表としてわたしと対応した者です。後で確認をした所、やはり料理長になり学園の食堂を統括する者でした。
「わ、わたくしの後釜が育ちましたんで、丁度ここらで引退するつもりだったんですが……その……この歳で女房を貰っちまったもんで……」
奥さんも料理人だそうで、一緒に行きたいのだそうです。詳しい動機を聞き、どんな顔をすれば良いのか困ってしまったのは仕方がないでしょう。
……なまじっか顔が広いものだから同業者達からのやっかみがあって、この国には居られないだなんて……爆発してしまえ!




