其の169 勧誘
セドラが今後どの道に進むかはわかりませんが、手に職を持っていれば未来を切り開く助けになることでしょう。しかし今の学園での生活があります。女の子ですから色々と物入りだとは思いますが、養い親からの援助が無いのであれば自分で稼ぎなさい。わたしもかつてはそうでした。その眼鏡は特別。未来の貴女への投資とでも思って下さい。これ以上の施しはセドラの為にもなりません。
「料理の講義では、中々優秀なのだそうですね」
わたしは彼女を受け持ってはいませんが、他の教師から聞いた話しでは日々の食糧事情が改善された今でも勢力的に講義に参加し活動しているそうです。ならば大丈夫でしょう。
「今度の夏の長期休暇の間に、わたしは隣国へと出掛けなければいけません。その際、調理が出来る者を幾人か同行させる必要があります。人員はこれなら募るのですが、貴女も如何ですか? ちゃんとお給料も出ますよ」
折角ですから、ラャキ国とニカミ国の外遊に行く際、彼女も調理人として連れて行こうかと考えました。これは施しではなく仕事の斡旋。眼鏡を買える程ではありませんがそれなりに給金が出ます。将来の道にも繋がるかも知れませんしね。
「よ、宜しいのでしょうか?」
沈んでいた彼女の顔がパッと明るくなりました。
昨年までは学園が長期休暇に入っても、彼女は今の養い親の家に行く訳にもいかず、行き先が無くて難儀していたそうです。これなら居場所が出来る上に金銭を稼ぐことが出来ると喜ばれました。
「構いません。やる気があるのでしたら後日詳しいことをお伝えしましょう。では、今日の所はこの辺りにして二人とも講義が始まる前に学園に戻りなさい」
「はい! 有難う存じます!」
急いで部屋から出ていく二人を見送ると、わたしもマダリンに急かされ学園に行く準備を始めました。
……教師が遅れては格好悪いですからね……。
外遊は出掛けた先で色々な者と会う必要がありますし会議も多く大変ですが、出発するまでの準備はもっと大変です。
早速エルハルト以下閣僚が集まると、わたしに渡す予定の二国に対して使う質疑応答等の書面作製に大忙し。マダリン以下わたしの身の回りを補佐する者達も、道中の準備に合わせて両国の風俗を調べ直したりだとか準備に余念がありません。
……大丈夫です。もう食事に文句をつけて暴れたりはしません……。
わたしもわたしで色々と準備をする必要がありました。
本職の政業以外にも教師業がありますので、出かける前に処理しておかなければならない事項もありますし、何より今回行く先はマシになったといわれてもあのラャキ国です。更にそれと同じ様だといわれるニカミ国。これは道中の食事が心配で堪りません。
フランツィスカ達の言葉を全く信用しない訳でもありません。加えて今回はラミ王国から調理人まで同行するのです。しかし念には念を。何があるかわかりません。
「例の缶詰ですが、今度わたし自ら検証を行います」
魔工学の学生達に缶詰の缶作りの量産の指示をしました。量だけでなく種類も出来るだけ多く作ります。
……やはり、慣れ親しんだ味があると安心ですよね。
幸い王城の関係者が邪魔しに来ないので暫く教師業に専念出来ました。
(時間があるなら、今のウチにアレも作ってみる?)
(やりましょう!)
鬼の居ぬ間にアリシアの記憶にある保存食、「ふりーずどらい」とやらに挑戦します。
これは食品の中にある水分を抜くことにより、携帯性と保存性を高めるのを目的とします。要は魚や肉の干物と同じですが、あれは食材を選びますからなんでもは出来ません。しかしこのふりーずナントかは、例え液体を含む食品であってもそこから水分を抜いて乾燥させ保存食にすることが可能です。それに必要な技術は真空凍結乾燥。冷凍して真空状態を作り乾燥させることなのだそうです。
(具体的にどうすれば良いのでしょう?)
(先ずは食品を一気に冷却! そして減圧!)
圧力が低くくなれば、水はその時の温度に関係なく気体へと変わります。これを昇華現状というそうですが、それを利用するそうです。
食品を凍らせた状態で圧力を下げれば、食品内にある水分が氷の状態からから水蒸気に変化して食品から出て行き、後には乾燥した食品が残るだけ。
聞いているだけでも難しそうな工程ですが、まずは実験ですので魔法でゴリ押し。
(アリシア、イザベラさま、お願いします!)
(オッケー!)
(頑張るわ!)
実験場所は缶詰の量産で忙しい魔工学の講義室を出て調理の講義室。学生達が見守る中試作します。
目の前にあるのは具沢山のスープ。ホカホカと湯気が立っています。
「みなさん、危険ですので離れて見ていて下さい」
……料理の講義でこんな台詞を使うことになるとは思いませんでしたね。
今更ですが、魔法とは自然現象の象徴ともいえる妖精の力を借りて、自身の魔力によって行使するものになります。その為、凍らすそのものの魔法は無く、以前ミアがわたしに対して氷の刃を降らせた様に、冷やすには風の魔法で気圧を下げるしかありません。ただ、この「ふりーずどらい」を作るには、食品を一気に真空状態に持って行けば良いのですから、ただひたすらに風魔法を使い減圧。
この時、注意しなければいけない点は周囲に及ぼす影響。
アリシアの巧みな操作で、食品だけに真空状態を作り出すにしても完璧ではありません。その余波を防ぐ為にはイザベラにも手伝ってもらいます。
(いきますよ! 魔力は幾ら使っても構いません! 倒れなければ問題はありません! アリシアは食品に集中! イザベラさまはその周囲を警戒!)
(オッケー!)
(わかったわ!)
───ウッ!
途端に魔力がゴッソリ持っていかれました。
周囲には前が見えない程の妖精が集まり乱舞しています。イザベラが保護をしてくれている筈でも気圧低下を感じ、魔力の減少と合わさって頭が痛くなって来ました。
暫くすると周りの学生達から感嘆の声が上がりました。わたしは妖精達のせいで見えないですが、その様子からして食品がみるみる内に変化しているのでしょう。
(デキたかな? 水の妖精がいうには、もうこれ以上水は無いって)
(わかりました。ここまでにしましょう。アリシア、イザベラさまお疲れ様でした)
終了の合図と共に妖精達が霧散し、食品がその姿をあらわしました。




