其の168 セドラの事情
朝食を終えて執務室で仕事をしながら待っていると、すぐにメイがやって来ました。
流石にいつもの様に気軽に入ってくるのではなく、マダリンが戸を開けるのを大人しく待ち、丁寧に挨拶をしながら入って来ます。
「こ、こ、この度は……」
一緒にやって来たセドラは緊張し過ぎてしまい、まともに喋れません。こんなことならば学園内に呼び出した方が良かったかもとも思いましたが、それでは他の者の目もありますから何かと不都合があります。諦めて下さい。
「朝早くから呼び出して申し訳ありませんね。メイから話しを聞きました。さぞかし不便しているだろうと、なるべく早くにと思ったのですよ」
「と、と、とんでも御座いません! ……し、しかしわたし目にこんな……」
「構いません。貴女は立派なこの国の国民です。ならばその者の手助けをすることは、例えどんな些細なことでもわたしは厭いません。無論手が届く範囲で、ですがね。何せ手が短いものですから」
これにはセドラが、どう反応して良いのか困った顔をしてしまいました。場を和ませようとしましたが失敗です。わたしには向いていませんね。
「それにわたしも同じ苦労を知る者ですから」
指で眼鏡を押し上げて笑ってみせると「……あ、有難う存じます……感謝の言葉も御座いません……」感激のあまり泣き出してしまいました。
落ち着くまで暫くそのままにしておき、マダリンに例の者を部屋へ入れる様頼みます。
「女王陛下につきましてはご機嫌麗しゅう。この度はご用命頂き有難う存じます」
以前カーティス家で会ったことのある眼鏡を取り扱う商人が入って来て、早速商品を並べ出しました。
「こちらが今回用意させて頂いた物になります。お気に召す物がありますれば幸いで御座います」
いずれも高価そうな眼鏡の枠組みが並びました。思わず懐の具合を心配してしまいましたが、セドラが不安そうな顔でこちらを見ているので「構いません。お好きなのをお選びなさい」笑顔で返します。
……仕方がありません。これは必要経費、必要経費……。
彼女が選び終わると「次はお嬢様の視力の確認を……」彼女に合う度数を確認し、その後で枠に嵌める作業に入ります。眼鏡が完成するまでに時間がありますので、その間にセドラへ話し掛けました。
「貴女には色々とお聞きしたいことやお話ししたいことが御座います。いい難いことを聞きますし、聞きたくないこともあると思いますが……」
何なら人払いもさせるつもりでしたが彼女は黙って頷きます。
「……だ、大丈夫です。何でもお話し下さいませ。そして何なりとお聞き下さい……」
出来上がったばかりの眼鏡を握り締めながら、セドラがポツンポツンと話してくれた内容は、事前に報告を受けていた内容と相違ありませんでした。ただ彼女が知らなさそうなことがあることもわかりました。
「……そうですか……色々と大変でしたね」
「…………」
パンラ王国全体の疲弊具合は思った以上に進行していました。当然ながらそれは地方に行けば行く程酷く、元々彼女はそんな寂れた領地を納める下級貴族の出身だったそうです。
御多分に洩れず彼女の家も兄弟が多くいましたが、政略結婚などといっていられるご時世ではありません。「……わたしがいなくなることで、弟妹達が楽になるのでしたら……」口減らしの意味もあり、幼い内から家を出ざるを得ない状況だったとか。悲しいことでがそこまではよくある話しでした。
それでも王都内ではまだ景気の良い貴族もいたそうで、その屋敷で女中の様な仕事をしている内に、突然養子の話しが持ち上がりラミ王国へ送り込まれたのだそうです。
……その者が元締めですね……。
調べによると、そこからはラミ王国に送られた者以外にも、足跡の辿れない者が何年にも渡って何人もいるそうです。
……この娘は、まだマシな部類だったのかも知れませんね……。
セドラの様な者にはパンラ王国側から資金が出ており、その見返りでラミ王国の貴族が養子縁組をしていました。
……さぞかし喜んで受け入れたことでしょうね。
何せ学園に入る年齢でしたら、三年間は衣食住に掛かる費用を負担しなくて済むのです。家に住まわせる必要もありません。書類さえ整えれば後は知らぬ存ぜぬを決められます。そして卒業後は……。
「セドラ、実は今の貴女には姉や兄がいます。あくまで書類上の関係に過ぎませんが……詳しいことを知りたいですか?」
セドラは目を見開いて驚いた後、暫く考え込みましたが悲しそうに首を横に振ります。
……まあその方が良いでしょうね……。
調査の結果、彼女には姉が二人に兄が一人いました。
兄は何年も前にこの国の機密情報を盗んだ罪に問われて既に処刑されています。姉の内一人は色街に身を費やし既に鬼籍に入っており、もう一人は悪所に住んでいる所を発見。現在はわたしの手の者の一員になる為の勧誘中だとか。
その彼女もセドラには会いたくないというか、合わせる顔がないのだといっていたそうです。恐らくセドラも、その姉達の行く末がどうなっているのか凡その検討はついているのでしょう。それは遠くない未来、彼女自身に訪れるであろう現実なのですから。
彼女の悲しそうに俯く姿を見ていると腑が煮えくり返る思いです。
別に多国の子供達が養子制度を使いラミ王国国民の貴族子女になって学園に通うこと自体は構いません。寧ろ肯定します。たった三年間ですが、それが叶わなかった者が憂なく学べる機会を得ることが出来るのです。大変喜ばしい。百人でも二百人でも受け入れましょう。それ位でこの国は傾きません。未来ある若者の為の投資ならば幾らでも。いずれはみなわたしの国民ですからね。
しかし問題なのはその制度を悪用し甘い汁を吸っている者達と、その後の子供達の扱いに他なりません。
───これは是正しなければなりません!
わたしが忙しい思いをしているのはその者達のせいでもあります。
わたしが君主に就いていることに対し、反対派の貴族勢力もありました。それが主にこの件に絡んでいる者達。わたしがこのまま計画を進めて行けば、いずれは自分達が美味しい思いを出来なくなるのですから当然でしょう。
その者共は面と向かって何かをいって来る訳ではありません。姑息にも裏に回って密かに邪魔をしたりきたり、かつての王族の者を担ぎ上げよう等と画策していると報告に上がっています。実に貴族らしいいやらしさ。わたしは嫌いです。
そんな者達は、いずれ纏めて潰してしまう予定ですが、今は先ず目の前で項垂れている女の子を助かることが先決です。このままでは暗い未来しか待ち受けていません。どうにかしなければいけないのですが、流石にライナの様に簡単に身内に取り入れる訳にはいきません。それをやるとキリがなくなってしまいます。彼女と同じ様な境遇の者は他にも一体何人いるのやら……。
それも含めて今朝呼び付けた次第です。
「……話しは変わりますが、貴女お仕事をする気はありませんか?」
「……し、仕事? ですか?」




