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其の167 メイの要求

「貴女、視力が落ちきているのですか!?」


 我が家で眼鏡を掛けているのはわたしだけです。これは家系的なものではなく、幼少期の頃から暗い中で細かな文字の魔術の勉強をしていた為ですから、これはアンナのせいで目が悪くなったといえるでしょう。今でも恨んでいます。他の家族は自然に恵まれた環境にいるせいか、みな目が良く眼鏡なぞ必要としていません。羨ましいことです。


 ……ですが、父のバラスはそろそろ老眼鏡が必要な年ですよね? 安いものではありませんが、今度郷里に帰る際にお土産で買っていってあげましょうか。親孝行もしませんと。しかし娘からそれを貰うのは複雑な気持ちでしょうかね?


 驚きのあまり勉強のし過ぎなのかとか、色々と考え込んでいましたら「違う違う、あたしが使うんじゃないよ!」と手を振って否定されました。


「セドラさんのメガネが欲しいの。ミリねえ、予備とかでいらないやつない?」

「セドラ?」


 どうやら例の彼女とは先輩後輩の関係で仲良くやっている様子でした。それは良かったのですが、一緒にいる内に気が付いたのだそうです。


「なんか彼女たまにね、ミリねえがメガネ掛けて無い時みたいな仕草してるの」


 話しを聞くと、元々眼鏡を掛けていたのだそうですがイジメが原因で壊れてしまったのだとか。


「……それはまた……」


 眼鏡を壊した加害者を咎める気持ちよりも先に、同じ眼鏡が必要な者として同情を禁じ得ません。


 ……さぞかし辛いでしょうね……。


 眼鏡は高価な物です。残念ながら替えを買う余裕がないのでしょう。彼女はまだ未成年ですから親の庇護下にあります。例え高価であっても、その様に日常生活で必要な物は親が用意するのが当たり前ですが、彼女は特殊な事情にあります。養い親に買ってもらえないか、それともいい出せないのか。何れにしても不憫で堪りません。


「ね? かわいそうでしょ?」 


 ───可哀想だなんてものじゃありませんよ!


 眼鏡は身体の一部です。一度掛けたら生涯を共にする大切な親友。ある意味伴侶より付き合いが長くなります。それが何ヶ月も無い生活なんて考えられません!


 しかしわたしがいくらここで怒った所で彼女の不便が解消される訳ではありません。


「マダリン!」

「はい」

「以前、貴女がわたしの為にカーティス家へ寄越してくれた者、もう夜も遅いですが明日朝一で王城へ来てもらうことは可能でしょうか?」

「はい。問題はないかと。急ぎ連絡を取ります」

「お願いします」


 すぐに彼女は扉に向かうと、部屋の外で控える者に言付けを頼みに行きました。


「メイ、貴女は知らないかと思いますが、眼鏡は人によって要求する度数が違います。例えいらない眼鏡があったとしてもわたしの物が彼女に合うとは限りません。早急に新しいのを用意しますから、貴女は明日早くここを出て、講義の開始前に彼女を連れてここに戻って来なさい」

「はい!」

「では、早くみんなと一緒に寝てしまいなさい」

「は〜い!」


 メイが部屋を出るのを見送ると、そのまま視線を変えずに口を開きます。


「誰かいらっしゃいますか?」

「はい。ここに」

「セドラとその養い親について詳細な情報をお願いします。これは急ぎではありません」

「畏まりました」


 すぐに気配が消えていきます。


 ……ふう……怒りのあまり眠気が覚めてしまいましたよ。


 このまま就寝をする予定でしたが仕事が増えました。このままもうひと頑張りしてから寝ることにしましょう。







 最近では忙しくしている為、家族と一緒になれる機会は朝食の時位のものです。しかしこの場に昨晩来ていたはずのメイの姿がありません。不思議に思い彼女の座る予定だった席を見ていると、わたしの横に座っている娘のライナがそれに気付いて教えてくれました。


「おかあさん。メイねえはアサはやくでていったよ?」

「そうでしたか、有難う存じます。ん? ライナ、好き嫌いはいけませんよ。今横に弾いた野菜を戻しなさい。それです。見逃しませんよ。ちゃんと食べませんと大きくなれません」

「……あかあさんも、スキキライおおかったの?」

「───うっ……」


 ……周りから笑いを噛み殺す声が聞こえて来ましたよ。恥ずかしい……。


「コホン。違います。いい変えましょう。しっかり食べませんとわたしみたく強くなれませんよ?」

「はい! わかった!」

「宜しい」


 今度は明らかに笑い声が上がりました。


 ……まぁ良いでしょう。食事は楽しく摂る方が良いですからね。


 このひと時はわたしの癒しです。願わくばずっとこのままこの様にしていたいものですが、残念ながらそれは許されない立場です。


 食事中にも次々と書類が手渡され、それを確認し指示を出さなければ行けません。酷い時は入浴中でもお構いなしです。既にかなり削られていますが、そろそろ就寝中にも仕事をしろといわれるのではないですかね?


 行儀が悪いですが食事をしながら書類に目を通していると、その中に昨晩指示した報告書もありました。


 ……急がなくとも良いといったのに……。


 これでは彼女達の体調も心配になります。


 内容を確認した所、とてもこの場でどうこう出来る内容ではなく、朝から頭が痛くなって来ました。


 ……これはセドラ本人から話しを聞く必要がありますね……。


 しかしそれにしても昨日の今日でかなり調べ上げています。流石なものだと感心しながら誰が纏めたのかを報告書の最後を見ると、そこにはベルナの名前が。


 ……あの娘の入れ込みようは、少々怖いですね……。


 もう初夏だというのに寒気がして来ました。

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