其の161 エルフルーナの事情
そのまま学園内の食堂は直ぐに一旦閉鎖され、関係者を残して他の者は外へ追い出します。
……みなさん、ご迷惑をお掛けし申し訳ございません……それにしても残った者が多い様な……?
「貴女方がいながらこの騒動は何事ですか!」
マダリンの説教がまず向かった先はレイにベルナ。そして共に並ぶ見知らぬ女生徒。彼女達はわたしの手の者だそうです。
「わたしはあくまで陛下の護衛です」
わたしに危害が及ばなければ、わたしの命令には素直に従うのが職務だとレイが胸を張って答えています。マダリンは諦め顔でため息を吐くと彼女から目を離し他の者達を睨み付けました。
「……お言葉ですが……お食事の件に関して陛下がお怒りになられているのですよ? 誰が止められましょうか……」
ベルナがマダリンの視線を逸らして他の者達に視線を送ると、みな同様に頷いています。これにはマダリンも言葉が詰まり沈黙が流れました。
……お恥ずかしい……。
そんな彼女達から視線を外すと、エルフルーナとその取り巻き達はみな泣き腫らしており、その横では放心状態になっているセドラの姿が。
……これはまた酷い有様ですね……。
暫しの間、他人事の様にこの惨状を見て呆れていました。
わたしも何かと忙しい身です。午後からは会議が有りますし、他の者達も用があるでしょう。着替えの必要な者もいますしね。
その場は一旦お開きにして、夜遅くに学園内にある会議室に関係者で集合しました。
「この度は陛下にご迷惑をおかけ致しまして大変申し訳ございませんでした!」
今わたしの目の前で平身低頭に謝っている者は、セドラがいる寮の寮生代表者です。エルフルーナの取り巻き達は心身喪失な状態で部屋から出ることが出来ず、代わりにやって来ていました。
……少し可哀想なことをしましたかね?
「構いません。貴女からの謝罪は不要です。それよりもエルフルーナ、貴女です」
「は、はいっ!」
「何故昼間にわたしが怒ったのかはわかりましたか?」
「はいっ! あの後周りの者からの指摘も受け、わたくし目の行動を顧みました。あの時の行いは人として恥いるばかりでございます。今は真摯に反省し、今後はもう二度とあの様な愚行は起こさないことをここに誓います!」
「宜しい。そもそも食事というものはですね。崇高な行いであると共に……」
「陛下、そのお話しは長くなりますのでいずれまた後日になさって下さい」
マダリンに止められてしまいました。
「コホン。話しを変えましょう。本来であれば学生間の問題にわたしが口を出すべきではありませんが、結果的に巻き込まれてしまったからには看過出来ません。この場で解決させろとまではいいませんが、今回の件の発端となったことについての状況は把握したく存じます」
これはマダリンからの説教混じりの指示です。
最近ではセドラ一人だけの問題でなく、彼女のいる寮内では色々と問題が起きており、以前より学園側からわたし側に対して対応を求める声が上がっていたとのことでした。
……兼任教師のわたしが相応しかろうって……学園長め……これは前回の意趣返しでしょうかね……。
しかし袖が振り合ってしまったのですから仕方がありません。サッサと状況を詳らかにして対策を生じましょう。早く解決しませんと、忙しいマダリンの目がどんどん吊り上がって額を超えてしまいます。
「エルフルーナ、貴女は今年この学園に来たばかりですよね? それに今のいる所も特別寮と聞いています。ならばセドラとはあまり面識がないのでは? 何故あの様なことを?」
「……は、はい……」
エルフルーナがセドラをチラチラと横目に見ながら、いいにくそうに口を開けました。
「……わたくし目も、自ら望んであの様なことをしたい訳では御座いませんでした……」
イジメの加害者がいう、いい訳の常套句の様なことを語り出し始めましたが、聞いている内に少しだけ彼女に同情的になって来てしまいました。
───だからといって、食事を粗末にすることは許しませんがね!
パンラ王国は数年前から様子がおかしくなっていた様です。
前王が即位してからは、鉱山産の魔石流通の関係などで国家の財政は逼迫していたものの、他国との交渉を重ね是正するべく動いていたそうですが、ここ一年程で大きな変化が。
「先代王が返り咲き、即位したのがそもそもの発端でした……」
前王は父親の高齢をもとに即位したのでしたが、その父が急遽君主の席にいた息子を堕として再度自身がその席に座わるというお家騒動が勃発。その頃から不穏な情勢になって来たとのことです。
パンラ王国の事情に詳しいベルナに視線をやると軽く頷いていますので、彼女の話しは今の所嘘はない様です。わたしも似た様な報告は以前から受けています。
……それって、わたしが即位したせいではないですよね?
流石にその様な報告は上がって来てはいませんが、先王が君主に戻った頃からパンラ王国の情勢についてはあまり情報が入って来なくなってきているのが現状です。エルフルーナも政治的なことはあまり詳しくはない様ですが、ただ彼女の身分は退位させられた前王の妹の娘、王族でした。
「叔父は突然人が変わった様になってしまった祖父に退位させられると、すぐに原因不明の病によって亡くなってしまいました……」
その後も現王の政策に反発する者は次々と表舞台から姿を消し、中には亡くなる者も少なくなく、身の危険を感じた彼女の両親は彼女を疎開させる意味でラミ王国の学園に送り込んだのだそうです。
彼女と同じ様なことを考えていた親は他に何人もいたそうで、留学生としての形であったりセドラの様に養子縁組をしてまでラミ王国に避難している者がいるとか。
「わたくし目は幸いにも同郷の者達が多く住う寮に入らずに済みましたが……」
セドラの入っている寮は、主に親の階級で振り分けられているのではなく、出自が近い者が多く集められています。これは暗に学園側ではちゃんと把握しているぞ、との意思表示でもあるのですが、結果として、現在はパンラ王国関係者ばかりが集まっている寮となってしまっていました。
気がつくとエルフルーナがその先をとてもいいにくそうにしており、寮生代表を見ています。
「構いません。貴女からお話しを聞きましょう」
「失礼致します……」
現在寮内の雰囲気はとても悪いそうです。
自国内が不穏な為、ここにいる子供達も穏やかでいられる訳もなく、今年パンラ王国からやって来た者でも留学生としている者とそうでない者、以前よりいる者でも二つに分かれており、四つの派閥がそれぞれ互いに牽制し合いピリピリしている状況。その中に於いて、密命を受けてここにいるにも関わらずその目的を果たすことが出来なくなっている彼女、セドラが槍玉に上がり、彼女達の不満の捌け口にされていたのだそうです。
「わたくし目は、寮が異なるとはいえ講義では同郷の者達と一緒になりますし、何より目をつけられると厄介な者がおりまして……」
エルフルーナの父親は現王の反対派ではないものの中立派でもなく、政からは距離を置いている者なのだそうですが、現王派のパンラ王国宰相の娘がその寮におり、パンラ王国関係の者達を牛耳っているとのことで、ここで何かあると、自分の今後の学園生活だけでなく戻った後のことを考えると恐ろしくなり、更には自国の親にまで迷惑を被らせてしまうことになると怯えています。
「……それで他の者達と一緒になってあの振る舞いですか……仮にも王族に連なる者がその様なことでは情けない……」
「申し訳御座いません!」
下手に自国での地位がある者だから、彼女達の先頭に立ってやらされていた様です。
……これではイジメをしている者がイジメられているのと変わりませんね……。
もう既にこの段階で色々と面倒になって来ました。




