其の15 初めてのお茶会
「ご機嫌よう、マリアンナ・フォーゲル嬢。この度はお誘い頂きまして有難う存じます」
「ごきげんよう。ようこそ、ミリセント・リモ嬢にレイチェル・クラウゼ嬢。お待ちしておました。さぁ、中へどうぞお入り下さいませ」
互いにカテーシーをしながら挨拶をして部屋に入ると、中には先客が居ました。
彼女は色白な肌に青みがかった緑色の髪をしており、目が合うとおっとりとした口調で挨拶をして来ます。
「ご機嫌よう。お初にお目にかかりますわ。フランツィスカ・ハーンと申します。どうぞお見知り置き下さいませ」
レイと共に慌てて挨拶を返しましたが、その様子を見ていたマリーがクスクスと笑い出しました。
「さあ、堅苦しいのはもういいでしょ? ミリーとレイも気楽にして座ってよ。あ、この娘はツィスカでいいから」
「よろしくお願いします、ツィスカさま。ミリーです」
「お見知り置き下さい。レイです」
「お二人ともよろしくお願いしますね。マリーとは同室なのよ」
招待された隣の部屋も、わたし達の部屋と同じ間取りになりますから、机を持ち込み四人で座ると些か窮屈に感じます。
膝を突き合わせながら和やかにお茶会が始まりました。
改めて簡単に自己紹介をし合うと他愛のない会話を重ね、自然と話題は持ち寄ったお菓子へと移っていきます。
「あら、このお菓子、最近王都に出来た有名なお店のやつよね? 随分と奮発したんじゃない?」
マリーが驚いていますが、アリシアの貰い物を勝手に持ってきたのですから詳しいことは知りません。早くもボロが出てひまいそう。なるべく良さそうな物をと考えたのが裏目に出てしまったのでしょうか。
一応、レイが持って来たていにしていますので「そうなのですか?」白々しくレイに振ります。
「こちらは頂き物でして、あまり詳しくはないのです……」
……まぁ嘘ではありませんよね。
そのまま話題を膨らまされると対応出来ずに困りますので話題を変えましょう。
「それにしてもこのお茶、香りも高く美味しいのですね」
「気に入った? 良かった! これは最近うちで仕入れているお茶なの。ショコラとも合うから一緒に食べてみて」
目の前に黒光りする宝石が差し出されました。
「初めて口にしましたが、これはまた大変に美味しいのですね! 濃厚な味わいがお茶の芳醇な香りと良く合います!」
話しには聞いていましたがこんな高級品は口にしたことがありません。お茶もそうですが、このショコラ! 感動しながら夢中で味わいます。レイも同じなのか目を輝かせながら大事そうに味わっていました。
「ありがとね。わたしも滅多に食ないのだけど、今日は特別。お二人とは是非とも仲良くなっておきたくて」
カカオは自国では栽培していませんから輸入品になりますので当然高価なお菓子になってしまいます。
何とも含みのある言葉に笑顔ですが美味しい物に罪はありません。黙って頷きながら頬張ります。
「マリー、こちらの砂糖漬けも美味しいですわよ。ミリーさんのご実家で作られた物なのですか?」
「はい、有難う存じます。何分領家は田舎なものでして、こんな物しかないのですよ。お口に合えば宜しいのですが」
「甘さも丁度良いですね。お茶にもとてもよく合います。……このお砂糖は甜菜糖ですか? これもご領地で?」
「そうです。まだまだ糖分の抽出に苦労しているのですが、領民と力を合わせて頑張っているのですよ」
「まぁ、素晴らしいですね。葉や搾りかすは家畜の餌になりますし、有益な根菜ですよね。領地の事業では、こちらに力を入れておられるのでしょうか?」
「さぁ……細かい所まではわたしではなんとも……」
……わたしは今一体何の話しをしているのでしょう? 貴族のお茶会ではこれが普通なのでしょうか? まるで商談でもしているかのようです。
ツィスカは終始穏やかな口調で話していますが、わたしを見つめるその青い目は笑っていないように思えます。思わず警戒してしまい、愛想笑いをするしかありませんでした。
それに気付いたマリーが笑いながら手を振ります。
「あぁ、違うのよ。変に構えないでね。あたしもツィスカも貴族子女とはいっても元々商人の家柄でね、こういったのって知りたくなるの。癖みたいなものよ」
二人で顔を見合わせて笑っています。
「ウチはココよりずっと遠くの海の方なんだけど、王都のツィスカの家とは昔から付き合いがあってね幼馴染なの。いずれはお互い跡を継ぐつもり。人脈は宝だから、今の内に色々と顔を広げておきたくって」
「……そう、でしたか……、あまりこういったのには馴染みがないものでして、少しだけ驚いてしまいました」
ぎこちなく笑いながらそう返すと、一旦落ち着くためにお茶を口に含みましたが、その際にチラリと横に座るレイを見ると笑顔を張り付かせたまま固まっています。
……道理で静かだと思いました。
わたしよりも緊張して困惑している様子です。
…………
気まずい空気になってしまいました。
……居た堪れません。
苦手な雰囲気ですがこれも勉強です。と、この現状を打破すべく有効打をと思案するのですが特に何も良い案は思い浮かばず、ただお茶を啜ることで誤魔化して何も出来ずにいると、マリーとツィスカは互いに顔を見合わせ二人してため息を吐きわたし達に向き直しました。
「これは、予めちゃんと話しておかないとダメそうね」
「そうねぇ、腹を割って話そうか」
マリーは相変わらず心安い笑顔を湛えていますが、ただでさえ細いツィスカ目は更に据わり凄みを増します。思わず寒気がしてきました。
「普通はね、会話をしながら相手のことを持ち上げて気分良くさせて、相手の懐に入り込むためにお話しを転がしていくものなの。でもあなた方って、そういったのに慣れてないでしょ? だから直接話すわ。そんなに緊張して変に捉えないでも大丈夫よ」
「ツィスカもあたしも、別にあなた達を懐柔しようとか手玉に取ろうとか、そういった訳ではなくって、純粋にあなた達と仲良くなりたいと思っているだけなのよ」
……それはわたしも願ったりなのですが……そこには彼女達に何の利益があるのでしょう?
領地にいた頃、商人とは付き合いがあり彼等から学びました。商人は自分の利益にならないことはしません。それはもう清々しい程に。それで痛い目にもあいました。彼女達もまたそれと同じなので有ればより一層警戒感を増すだけです。
大した財産も無ければなんの力もないこの身ですので失うものは何も無いのですけれども、ツィスカのその値踏みをする様な視線を向けられるとどうしても萎縮してしまい、最早愛想笑いすら出来ずに真顔になっていきます。
「フフフ……。別に摂って食いはしないわ。よくわかっていないと思うけどね、あなた方ってみんなの注目の的なのよ」
アリシアとレイのことはわかりますが、わたしがわかりません。小首を傾げて不思議そうな顔をしていますと、マリーが「ほら、イジワルしないでちゃんと言ってあげなきゃ」助け舟を出してくれました。
「そうね、レイさんは成績優秀者で言うに及ばず、アリーさんもわたし達にはない不思議な魅力でみんなの注目の的だし、ミリーさんも昨日から一部では噂されているのよ」
……昨日から、ですか?
昨日寮のみなさんが関係していることでわたしが目立ったことといえば、史学の補講で特別講義を受けさせられたり、実学の講義で教師に振り回されていたという醜態を晒してしていたことでしょうか。残念な子だと思われているのですね。
……悪目立ち、ですか……。
恥ずかし過ぎて穴に入ってしまいたいです。
そのまま俯いてしまっていると二人のため息が聞こえてきたと思ったら、思いがけないことを言われました。
「ねぇ、昨日レイの部屋の魔石に魔力を込めたのって、ミリーなんでしょ?」




