其の151 暗躍
彼等を大人しくさせることだけでしたら別に難しいことではありません。単純なこと。ただわたしが黒髪の乙女であり、現在アンナを保有していることを肯定すれば良いだけです。
……だだ、ここに来てアンナの威光を借りるのは断腸の思いですが、致し方ありませんか……。
正に身を切る思いです。
これ以上衆目を集めたくはありません。特に教の者達特有の人を見ているのに違う物を見ているかの様なフワフワした視線を想像するだけで寒気がして来ます。
「それで陛下、わたくし共をお集めになられたということは、お覚悟をお決めになられたということでしょうか?」
「そうです。それによってエルハルト達にも色々と苦労を掛けると思いますが宜しくお願いしますね」
『畏まりました』
集まった五人は、わたしに向かって同様に敬礼をしました。
……これで賽は投げられましたね……。
公然の秘密であったとしても敢えて肯定しないことを貫いていたのは、これ以上教の勢力を強めない為です。もしもわたしがそうであると宣言すれば、たちまち懐古主義派だけでなく王道派も各派も、すぐさま喜び勇んで担ぎ上げに来ることでしょう。それだけ黒髪の乙女の不在期間が長過ぎました。
これが君主になる前でしたら、国内は騒動に発展する恐れもありましたし、なったばかりの頃でも彼等がしゃしゃり出て来てしまい思う様に国政を動かせなかったことでしょう。しかし先延ばしにしていましたがこれも時間の問題。いずれは決着をつけなければならない件でした。それが今だというだけ。
「しかし、急なことで御座いますね……」
中でも一番忙しくなるのがわかっているエルハルトが困惑しています。
「そうでも御座いませんよ」
春になればパンラ王国からのちょっかいも多くなると踏んでいて、この計画は来年以降に行う予定でしたが、幸いにも今は各国小競り合いはあるものの大きな騒動に発展する気配はありません。ならば今の内に国内の地固めをしておく必要があると思います。もちろんそんなことはいい訳ですが、状況をある程度把握しているマダリンが隣で黙っているのですから構わないでしょう。彼女はなるべく早くこの件を進めたく思っていたのかも知れません。好都合。このまま推し進めます。
「それに昨今の教の者達の横暴さには見るに堪えません」
ベスとルーカスが下を向いてしまいました。
実際威張り散らしていたり政の横槍も多く、ニカミ、ラャキ国の併合も彼等のお陰で滞っています。
……ラミ王国の国民全ての者が教に入らなくとも、一向に構わないのですけれどもね……。
それについてはわたしはもちろんのこと、当の本人であるアンナもそれを望んでいません。それの為にゼミット国、ルトア国の両国を簡単に組み入れたことに文句をいっている者までいる始末。面と向かってはいわれてはいませんがネチネチと煩いです。最早わたしにとって彼等は弊害でしかありません。
「大まかな事前の計画と変わりはありません。多少早めるだけです。問題はないかと存じますが?」
来年以降に考えていた理由はタレスが学園を卒業するからです。その後にソレをして、その後でわたしが宣言をすることでルーカスの地位を盤石なものとする予定でした。
当人達の意向は既に内々に聞いており問題がないことは確認済みですが、一番の問題はこの二人。エルハルトとレニーです。二人とも遺恨があり難しい関係柄。しかしエルハルトはわたしが強くいえば嫌とはいえません。残るレニーですが、首を横には振らないものの、中々縦にも振ってもらえないでいました。
「……レニー……。ホルデの了承は取ってあります。後は貴方次第なのですが……」
この計画は教全体ををわたしのもの、正確にはラミ王国へと帰属させることにありました。その為、今の上に座っている邪魔な者達を引き摺り落とし、こちらの都合の良い者、ルーカスですが、彼に挿げ替えることで完成します。その為の根回しはして来ましたが、彼には決定的に足りないものがありました。それは後ろ盾。
幸いにも今は王道派も懐古主義派もその上に座る者達は、前王の失脚に伴い、それに連なる王族や上級貴族達の後ろ盾を失っていました。その為に勢力を伸ばすことに躍起になっているのもあります。そんな所にわたしという存在。わたし本人が後ろ盾に立てば話しが早いのですが、一方についてしまうと他の派閥との関係悪化は避けられません。それは我々が望む所ではありませんので、あくまでわたし自身は教全体とは一線を画し距離を置く体は崩しません。つかず離れず。
……生理的に嫌いなのもありますがね…・・・ 。
現宰相であるエルハルトは内政に置いてその影響力が計り知れないことは言わずもがな。レニーも一度は引退した身とはいえ、近衛でその名を轟かせており他国にまでその勇猛は聞こえています。今も騎士達からの信頼が厚い人物。そんな二人ですが過去色々とあり、犬猿の仲。しかしそんな二人がルーカスの後ろ盾につけば鬼に金棒でしょう。
タレスはエルハルトの一番下の息子。家督には影響ありません。既に上の兄がエルハルトの跡を継ぐ為に頑張っていますから問題無し。そこで彼をカーティス家、レニーの養子に迎えその後でエイミーと結婚させることで、ルーカスはカーティス家とクレイン家と縁を結び、後ろ盾とする計画でした。
ここで肝心なのはその後でわたしが出ていき自らを肯定すること。前後が逆になると効果が薄れる処か露骨過ぎます。
レニーとエルハルトのいがみ合いは王城では有名なことなのらしいのですが、わたしは詳しくは知りません。どうせ貴族特有のつまらないことでしょう。興味無し。しかしそんな二人がわたしの下についている内に親睦を深め、互いに手を取り合いわたしを立て、その子供を片方の籍に入れて仲を繋ぐことは大きな喧伝になります。これには日和見な貴族連中も慌てることでしょう。そこが狙いです。
……アリシアが生きていれば、逆に彼女がクレイン家に入ったかも知れませんね……。
貴族の面倒臭いのは今に始まったことではありませんが、精々利用させて頂きましょう。
ただふんぞり返っている者なぞ蹴落とすのは難しくありません。もちろん命は大事。勇退を願って残りの余生をのんびり過ごして貰いましょう。多少は汚い手を使いますがその手配も済んでいます。多少計画を早めた所で問題はありません。後はレニーが折れてくれれば済む話なのですが……チラリと横を向くも、彼はエルハルトを睨みながら難しそうな顔をしていました。まだ引っ掛かりがある様です。
……仕方がありませんね……。
(アリシア、身体を貸しますから一つ宜しくお願いします)
(え? いいの? オッケー、やってみる!)
わたしは意識を解放するとアリシアに身体を託します。
するとわたしの意識に関係なく、わたしの身体が杖を持たずに椅子から立ち上がり、そのまま横に控えるレニーに抱き付きました。
「お養父さま! お久しぶり! ねえ、アタシ達のお願い聞いてほしいの。だめ?」
「───ッ!? ま、まさか……ア、アリシアか!? ……わ、わかった……わかった……」
彼が快く承諾してくれたことで、無事計画の進行が成り立ちました。
……ふふふ……ちょろいですね。アリシア、ご苦労様でした。しかし頬とはいえ、キスはやり過ぎではないですか?




