其の148 メイの事情
青藍寮は学園で一番大きな寮になります。柳緑寮と比べて設備も新しく、男爵令嬢だけではなく子爵令嬢も入っていました。そして同じ学年だけが入っている柳緑寮とは異なり、三学年通して入寮しています。
……それだけ教の信奉者が多いということにもなりますね。
つい最近まで、わたしも学園に在籍していたことからも既知の情報が幾つもありましたが、ベスから受け取った資料には他にも入寮している者の素性や家族構成等も詳しく書かれており、それを丁寧に読みながらエイミーがメイを連れて来るのを待っていました。
「ミリねえ、何か様?」
……全くこの子は……。
一緒に入って来た緊張を隠せないでいるエイミーとは対極に、あっけらかんとした顔で入って来ました。
早速支給された制服に身を包んでいますが、わたしの時とは違って着せられている感じはありません。よく似合っています。思わず顔が綻びそうになるのを抑えて真面目な顔付きで対峙しました。
「用があるから呼び付けたのです。それに貴女はもう学園に入学した身なのですから、ちゃんと公私をわきまえなさい」
「失礼致しました陛下。御用命により参上致しました」
「ご苦労。しかし何故昨日の内に来なかったのですか? すぐにと申し付けたはずです」
「はい。特に期限は定められておりませんでしたから、落ち着いてからとのお言葉を優先させて頂き、雑事を優先させて頂きましたので、只今参りました次第です」
……ほんとにもう……。
揚げ足を取られてカチンとして睨みつけるも、なんでもないといった様子で澄ました顔で立っています。代わりにベスとエイミーがハラハラして青ざめていました。
片手を上げて二人に促します。
「ベス、エイミー、ご苦労様でした。お二人は退出なさって頂いて結構です」
二人が出て行くとこの場にはもう身内しか居ません。マダリンとレイは居ますが、彼女達は既にわたしの身内にあたります。それをわかっているメイはすぐに態度を崩して来ました。
「ミリねえ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと考えた上で決めたんだから」
「しかしそんな大事なことを相談もなしに……」
「だってミリねえ、教がキライだから止めるでしょ?」
「当たり前です! 何故そんなことを……はっ! 貴女もしや……」
もう既に洗脳が始まっているのかと驚きを隠せませんでしたが、それを見たメイは首を横に振ります。
「あたしは別にどっちでもないかな? 好きでも嫌いでも。だって、そもそもここに来るまでぜんぜん馴染みがなかったし」
うちの郷里の方では元々ゼミット国であったり山深い土地柄の為か、教よりも土着の自然信仰の方が盛んな地域でした。
「ベスさん達にいわれて不思議に思ったから、ホルデのおばさんとか他の周りの人にも色々と聞いてみたり自分で調べてみたの。そしたら結構根深いのがわかったわ」
……千年経った今も、宗主がちょいちょい顔を見せている国ですからね……。
彼女の影響力が大きいことは今更仕方がありません。
「この国に住む以上は避けられないのね」
それについては遺憾ながらも頷くしかありませんでした。
「だからね、あたしもちゃんと考えたの」
「それで青藍寮ですか?」
「うん。だって、学園って危険な所なんでしょ?」
「……うっ……」
確かに安全な場所であるとは言い難く思います。わたしの在籍中には死人が出てる上にわたし本人も大怪我をしました。こんなことでは若人を育む学び舎としてどうかとは思いますが、現状気を抜けない場所であるという事実に変わりはありません。これには否定も肯定も出来ないで黙っていました。
「ほら、ミリねえがいつもいってるでしょ? 常に有事に備えて考えろ、鍛えろって」
確かに弟妹達には常々口を酸っぱくしていい付けています。領主の子だからだけではなく、その心構えがなければ危険な土地でしたからね。
「……あたしね、この前のルトア王国に行った時、思い知ったの……」
彼女は催しの試合で、弟のベルトと共に敗退して本戦には残れませんでした。それが切っ掛けの様です。
「魔力量の多さでも色々とミリねえには逆立ちしても敵わないし、膂力では母さんでしょ? 勝負に対する貪欲さではなんたってミアねえが一番。ベルトだって、一つ違うけど男の子だからすぐに追い越されちゃうだろうし……」
かなり自信を喪失しています。いつもは明るい子でしたが、普段とは違いとても暗い顔付きになってしまいました。
この子もわたしが鍛えた結果、それなりに使える子になっていますので、それで余計に考える節があるのでしょう。しかしあれは相手が悪かったです。ミアとは比べてはいけません。あれは最早執念の塊。人外といっても差し支えないでしょう。
「……メイ……」
あまりに可哀想になり慰めようとしましたが、自分で起き上がって来ました。
「……だからね……みんなに負けないように、自分に合ったことを鍛えることにしたの!」
先程までとは打って変わって明るさを取り戻して来ましたから安堵しましたが、その不適な笑顔を見るに、少し黒いモノを感じてあまり良い予感はしませんでした。
「……な、何をするつもりなのですか……」
「ふふふ……。ミリねえみたく上手くは出来ないかも知れないけどね……。まぁ見てて!」
今のわたしは、この子が多少お痛をしても揉み消す位の権力は持っています。ですが、なるべくならばそれは使いたくありません。後に引き摺ります。しかしいざという時は可愛い妹の為、躊躇はしないでしょう。これは仕方がありません。
「……あまり人様に迷惑を掛けるのではありませんよ……」
自分が学園で起こした騒動を省みて、それをいうのが精一杯でした。
「うん! ミリねえを見習ってがんばるわ!」
そんなことをいわれてしまうと最早何もいえません。乾いた笑いを浮かべながら、後はただただ無茶をしないでくれるなと願うだけでした。
「それにほら、来年はベルトも入って来るし、他の弟妹達も控えてるんだから、あの子達が安心して学園に通えるようにしておなないとね!」
……そういえばこの子はわたしに取っては妹ですが、同時に他の子達の姉でもあるのですよね……。
彼女から溢れ出て来る眩しさに当てられて、姉としての自信が少し揺らいで来てしまいました。
……ここはメイの成長ぶりを喜ぶ所なのでしょうが……これでは情け無い……。




