其の14 初めての休日
流石今日は休日です。朝のこの時間帯はいつもは混んでいて賑やかな食堂ですが、今日は人がまばらでした。アリシアの様に早々に出かけている者が多いのでしょうか。
……お! これは……。
昨日はもう既に無くなっていたのか、初めて見る料理や果物がありました。美味しそうです。早速それらを皿に取ると喜びながら席に着き、レイと分け合いながら和やかに食事をしていたのでしたが……。
突然、わたし達の座る机に、トン、とお皿を置いて隣に座ってくる者がいました。
「おはよう、ミリセントさん。あら? いつも一緒にいるアリーはいないのね」
そして気軽に話し掛けて来ます。
驚いて食事の手が止まり声のした方を向くと、健康そうな褐色の肌に赤い巻毛の髪の女性が親しげな表情を浮かべています。
……どなたでしょう?
「お、おはようございます」
思わずつられて挨拶を返しましたが知らない方です。ここに居るということは同じ寮の者に違いはないのでしょうが、初日から色々とありましたので、アリシアとレイ以外に懇意にしている者はいないのです。
愛想笑いで誤魔化しながら困惑していると、それを察してくれた彼女は「あー、ごめんごめん」と謝りながら自己紹介をしてくれました。助かります。
「あたし、マリアンナ・フォーゲル。マリーって呼んでよ。初めましてだったわね。あなたの隣の部屋の者よ」
ニコリと笑い掛けてきました。
……アリシアみたく距離間が近い方ですね。
青い目を輝かせながら、わたしをマジマジと見つめています。
「そうでしたか。存じ上げずに申し訳御座いませんでした。以後宜しくお願い致します。わたしのことはミリーとお呼び下さいませ」
「ありがと、ミリー。あなた達って有名だからさ、つい知った気で声かけちゃった。ごめんね。こちらの方はレイチェル嬢でしょ? 同じ階の。あなたも有名だから知ってるわ」
「初めまして。レイチェル・クラウゼと申します。私の事はレイとでもお呼び下さい」
慌ててレイも挨拶を返します。
……やはりわたしと同じく面識がなかった様ですね。まぁ我々は仕方がありませんよね……。
「ありがとう。初めまして、レイ。あーやっと二人と話しが出来たわ。他のみんなとは講義中とかに話せてるんだけどねー」
……レイは兎も角わたしは……。
恥ずかしくなり、思わず顔をそっと背けてしまいます。
「あはははー、よしてよ。イジりに来た訳じゃないんだから。そうそう、あなた達って今日は暇?」
レイと顔を見合わせコクリと頷きます。
昨日の今日ですから、共に今日は休養日に充てる予定でした。なので特に用はありません。
「ホントはさ、アリーも誘おうとしたんだけどね、ここにいないって事はもう出掛けちゃってるんでしょ? ならお二人だけでもどう? 同じ階なんだから、親睦を深めるためにわたし達の部屋でお茶会でもいかが?」
家から持って来た珍しいお菓子もあるのだと聞いて、レイに確認を取る前に笑顔で了承してしまいました。
食事を終え、階段を登り部屋に戻ろうとしている最中に、レイが浮かない顔をしているのに気が付きました。
「先程は申し訳ございません。わたしが勝手に……」
まだ体調が戻っていないのに無理をさせてしまうことになりそうです。まだお加減が悪いのですか? と尋ねた所、そうではないと返ってきました。
「お陰様で体調はもう大丈夫なのですけれども、その……恥ずかしながら、私はちゃんとしたお茶会というものは初めてでして……」
「レイ、私もです」
田舎過ぎてそもそも貴族が少ない環境にいたわたしと、周りに貴族はいても家庭の事情で付き合いが希薄なレイとで挑む初めてのお茶会です。同じ寮に住む者が相手ですので気兼しなくても良いかとは思いますが共に不安はあります。
しかしこれもこの学園に於ける学びの一環なのでしょう。今後はお茶会に参加することも多くなるかと思われます。今回はそれに慣れる為の第一歩。前向きに考え共に頑張りましょうね! と励まし合うと、一先ず隣の部屋へ赴く前にわたしの部屋で作戦会議をすることにしました。
「レイ、やはり何か手土産をお持ちした方が宜しいのでしょうか?」
「……そうですよね。手ぶらではどうかと思いますよね……」
「甘味でしたら、郷里から持って来た果物の砂糖漬けなら有りますが、こんな物でも宜しいでしょうか?」
わたしの好物ですから沢山持ってきています。ただ洗練された都会の方には野暮ったいと思われやしないか心配です。アリシアは美味しそうに食べていたから大丈夫だとは思うのですが。
「私はその……お恥ずかしい話しですが……」
「レイ、大丈夫ですよ。急なお呼ばれですからそんなに気を使わなくても良いかと。しかしそうは言ってもこれだけでは寂しいですよね……」
他にも何かないかと寝台の下にある木箱を弄ります。
「え〜っと、確かこの辺りに良さげな物があったと思いましたが……」
「ミ、ミリー⁉︎」
「はい? なんでしょう?」
「あの……私の記憶が正しければ、そこはミリーのではなく、アリーの寝台では……」
「えぇ、そうですよ?」
……何を当たり前なことを言っているのでしょう? 昨日レイが寝ていたのがわたしの寝台で、反対側はアリシアのです。もう忘れたのですか?
アリシアはその持ち前の気やすさで、初日から方々へと顔を出していては頂き物としてお菓子とかを色々と貰ってきていました。流石人気者ですね。日持ちのしなさそう物はわたしも一緒に頂きましたが、日持ちのしそうなお菓子は仕舞ってあるのです。
「ですから、それを拝借しようかと」
「えぇっ‼︎ 黙ってそんな事をしても宜しいのですか⁉︎」
「後で言えば大丈夫ですよ。彼女も今朝、わたしの髪紐を使って出掛けたみたいですし、お互い様です、あ、ありました!」
丁度良さそうな物を見つけました。高級そうな包装ですから都会の方にお出しても恥ずかしくないでしょう。しかしレイが申し訳なさそうな顔をしていますので、わたしは必要はないと思いますけれども、減ったお菓子の空間には、わたしの果物の砂糖漬けを少し分けて入れておいてあげましょう。わたしってばなんと優しいのでしょうか。
満足げなわたしに対し、レイは相変わらず困惑したままです。
……問題はないのですけれどもね。
アリシアとはこれから三年間同じ部屋で過ごします。部屋もそう広い訳ではありませんし、お互い気を使っていては疲れてしまいます。
初日にその辺りのことは話し合って決めました。
お互いどうしても手を付けられたくない物は予め置く場所を決めて手を付けず、それ以外の物は共有することにしています。
わたしは兄弟が多く、昔しからその辺のことは曖昧でしたし、アリシアもその性格からあまり物に頓着しないため、すんなりと決まりました。流石に金銭までも曖昧にはしませんが。
……そもそも生活雑貨に関しても支給品が多いですし、互いに確保しておかなければいけない物は、あまりないのですけれどもね。
出会って数日ですが既にもう家族同然なのですから当たり前ですよ。と、その旨をレイに伝えると「私には考えられません!」と驚いています。
生真面目な性格故か兄弟が少ないのでしょうね。こればかりはどうも出来ません。恐らく他の部屋の方々も皆似た様なものだと思いますよ。一人部屋で幸いでしたね。
ですがわたしの部屋の事情は今は関係ありません。
手土産の用意は出来ました。
いざ出陣です!




