其の145 色々な後処理
真剣勝負。なんでもありでしたら真剣はもちろんのこと魔法や術具も使用可の試合。それであればミアに不覚を取るわたしではありません。そんなことはミア自身も良くわかっている筈なのに、これは余程頭に血が登っているのでしょう。冷静さを欠いた状態ならば尚更相手になりません。
しかし挑んで来るのでしたら容赦はしません。申し訳ないですがもうこれ以上突っかかって来られない様にここで完膚なきまでに叩きのめして心を折らせてもらいます。こんなことはサッサと終わらせて身体を労わりましょうと考えていたのですが……これが甘かったです。
……ん……?
(……ねえ、コレちょっとなんかヤバくない?)
(───ッ! アリシア! 急いで周りに退避する旨の指示を!)
毒です。
試合開始早々、毒を広範囲に渡って噴射しました。恐らくは致死目的ではなく身体の動きを鈍らす神経毒。しかし毒には変わりがありません。体力が無い者が受けては死に至ります。
もう彼女はなりふり構わなくなっていました。周りの観客のことも気にせずに辺り一面に撒き散らし、観客席は阿鼻叫喚。幸いわたしの身体は、今アリシアが動かしていますから動くこと自体に影響はありません。後のことを考えると怖いですが……。
……え……?
周りが騒然とする中、更にそれを煙幕代わりにして爆発する術具を放って来ました。
───か、勘弁して下さーいっ!
すぐにも試合場は穴だらけ。アリシアの魔法がなければわたしの身体もそれと同じになっていたことでしょう。
結局その後の猛攻も何とかやり過ごし、勝ちはしましたが辛勝でした。
……しかし四肢を折られても向かって来ようとは……もう二度とミア姉さまとはやり合いたくありません!
しかしこれでわたしがルトア王国にて直近でやらなくてはいけないことは全て済みました。後はラミ王国に戻りましょう。
旅は良いものです。
しがらみから離れ、漂白に身を置くことで俗世で汚れた心が洗われていきます。新たな発見や出会いに一喜一憂し、感性や感受性が育まれて行くかけがえのない大事な行為。
なのに今は馬車に乗ってはいても寝台から一歩も動けません。これでは荷物として運ばれているだけと同じ。
楽しみにしていた各地の食事も、解毒はしても受けた量が多く完全に癒えてはいない為、粥の様に消化に良いものしか食べさせてもらえないでいました。
───これでは旅の醍醐味がー!
こんなことならば良くなるまで王宮で養生していたかったのですが「予定が立て込んでおります」マダリンに素気無く却下されて馬車に放り込まれました。
……鬼……。
道中、わたし以外の者はみな楽しそうにしていました。中でもライナが特にはしゃいでいます。彼女にとっては初めての長旅になる為心配していましたが、杞憂に終わり安堵しました。
そんな馬車の旅ですが、行きとは顔ぶれが変わっても人数が変わらないのは、ライナが増えてミアがいないこと。
彼女はわたしよりも重症でしたから目下療養中なのもありますが「あたしはここで鍛え直す!」と、本人たっての希望によりルトア王国に置いてきました。
……是非、そのまま骨を埋めて下さい……。
ラミ王国の王宮に戻る頃には万全とはいかないまでも体調は戻っていました。
くどい様ですがわたしはこれでも君主。その帰国です。更に隣国を配下に従え領土が増えた訳ですから、これは凱旋といっても差し支えないでしょう。派手なのは苦手ですが、実は正直少しだけ期待していました、
しかし王都内に入るも静かなもので、ルトア王国の国民と比べて住民達も静かにしています。時期的にもこれが普通なのですが何となく寒々しく感じられ、ルトア王国の暑苦しさが少し懐かしくすら感じてしまいました。
王宮に着くも出迎えは一人だけ。宰相のエルハルトのみ。
「お帰りなさいませ陛下。ご活躍は聞き及んでおります。お疲れさまで御座いました。お身体の方はもう宜しいのでしょうか?」
「ただいま戻りました。留守を預かって頂き有難う存じます。お陰様でだいぶ回復しました。しかしエルハルト、貴方の方が……」
彼の目の下はクマで覆われ、頰もこけて今にも倒れそう。
「どうぞわたくし目のことはお気になさらずに。体調が戻られたのは助かります。それでは早速こちらへ」
……助かります……?
挨拶もそこそこに、着替えをすることもなくそのまま執務室に連れて行かれました。
「早急に決済をして頂く書類が溜まっております」
扉を開けると書類の山。押し潰されそうなその量に思わず尻込みするも、怖い笑顔で連れ込まれると、そのまま翌朝まで開放してくれませんでした。
───こんなことならルトア王国に戻りたいです!
書類の山と魔獣の群れ、放り込まれるのだとしたらどちらが良いか?
今なら間違いなく後者を選ぶことでしょう。
「……もうハンコを持つ手が震えています……」
「では左手をお使い下さい。その山を片付けませんと今日の閣議が進められません。こちらは全て陛下の決済待ちになります。それにこちらは新規工房の立ち上げの書類で……」
「……はい……はい……」
忙しいのは何もわたしやエルハルトだけではありません。城中の者全てが忙しくしていました。マダリンも昨日着いた早々仕事に掛かり、今も関係各所を走り回っています。
文句はいっても手は動かします。全てわたしの所為なのですから仕方がありません。
信書はまだ送り返していないとはいえ、ゼミット国とのやり取りに加えてニカミ国とラャキ国との関係も慌しい中、わたしは外遊に出掛けてしまっていました。そんな中に今回のルトア王国との関係です。城の行政機関は上を下への大騒ぎ。
……ご迷惑をお掛けし申し訳御座いません……。
「少なくともこれらの件が片付くまで、陛下は何もなさらないで下さい」
口調は静かですが、エルハルトの目が血走っています。
早急にことを進め過ぎました。反省しています。暫くは大人しくしています。
……ですが、またどこかで魔獣が出没したらわかりませんよ?
忙しさのあまり、ついついそんな不謹慎なことを考えてしまう始末。
しかし幸いにも、雪解けの季節になり花が咲く時期になっても騒動は聞こえて来ませんでした。
……平和は何よりですが、わたしの心がどんどん荒んでいきます……。




