其の143 野試合の後で
いくら身体がキツくても、大衆の面前でみっともない姿を晒す訳にはいきません。仮にもわたしは君主です。それにここにはわたしの家族もいるのですから尚更下手な所は見せられません。
先程激しく動いた為に出ている汗ではなく、痛みから来る脂汗を滴らせながら無理矢理笑顔を作り、未だ興奮冷めやらぬ観客達の間をレイに手を引かれながらゆっくりと退場します。
「……有難う存じます……」
「……とんでも御座いません。陛下、ご立派でした……」
今すぐにでもこのままレイに担いで貰い王宮へと戻りたくて堪りませんでしたが、残念ながらまだ一仕事残っています。むしろこちらが本番。ここが踏ん張りどころだと気合を入れ歩きます。
───頑張れ! わたしの身体!
しかしそう上手くはいきませんでした。
わたしの歩みが遅いのが一番の原因ですが、興奮した観客達に囲まれてしまいます。
「いや〜あの女も強かったが、あれを軽くのしちまうなんてアンタちっこいのにスゴイな! ……え? あれ実の姉?」
「オレ知ってるぞ! 今度新しく王になった女王さまだ! やっぱ強いんだな!」
「お陰で儲かった! 一杯奢らせてくれ!」
……勘弁して下さい……。
ミスティとライナが共に新しい服を見せ合い喜んでいるのを見て、わたしの犠牲は尊いものだったのだと自分を慰めることにしました。
───そうとでも思わなければやってられません!
あの後観客達に囲まれていると、ここいらの会長だという者が慌ててやって来て「まさか女王陛下がご参加されるとは思わず……」懇切丁寧挨拶をされて、ここでは何ですからと場所を変えて接待をされそうになりましたが、そんなものは当然辞退。しかしあの大会には賞金が掛かっていた様で、それを授与する為にも是非と食い下がられてしまいます。
「わたしがここへ来たのは偶然です。なのでそれは受け取れません」
一刻も早く解放してもらいたく、周りの者達の酒代にでも当てて下さいと放棄しました。
しかし返ってそれが逆効果。
「おお! 流石女王さまだ!」
「太っ腹だねぇ!」
「ご馳走さまでーす!」
それを聞いて喜んだ者達が更に人を呼び、先程よりも大勢の者に囲まれてしまう結果に。更には周りでは宴会の準備が始まりました。これは流石に付き合い切れません。無理です。
「お誘いは嬉しいのですが申し訳御座いません。わたしが今日ここへ来た目的はこの子の服を探しに来たのです」
正直に話してその場を立ち去ろうと試みるも。
「なんだそんなことかい。なら、あたしがこの子達に見繕ってやるよ!」
近所のお店の女店主が現れて、わたしとレイを残し二人を連れて行ってしまいました。
「よし! これで気兼ねないですね! 呑みましょう!」
「そうだ! そうだ!」
「おい! そこの良いやつを女王さまに持ってこい!」
多少でも付き合わなければ解放されない空気が出来上がってしまい、最早ここに来ては観念するしかありませんでした。
……だから仕方がなかったのです。なのでそろそろ勘弁願えませんか?
今のわたしは王宮内に割り当てられた部屋の寝台の上で寝ています。マダリンのお説教付き。
「陛下はご自身の立場というものをもっとよく考えて行動なさって下さい!」
やれ身体を労われだとか公務がどうしただとか、同じ様な話しを何遍も聞かされてうんざりしています。
逃げ出したくとも身体は激痛で立つことは出来ませんし、大量にお酒を飲まされ頭はフラフラ。あの後どうやって王宮に戻って来たのか記憶も定かではありません。
……自分の足で歩いていないことは確かですね……。
最早呻きながら寝ていることしか出来ないのが現状です。返事を返すこともままなりません。
今日わたしの自由になる時間は本来、午後の少しの間だけでした。本当ならばこの時間もルトア王国の重鎮達との会談があり、その後も公務の予定が夜までびっしり。しかしこんな状態ではとても無理です。結局日延べしてもらうことになりましたが、帰国しなければならない日も近づいています。
「……確かに魔獣の退治は重要なことですが、何も陛下自らが……」
そもそもその辺りから予定が狂ってしまいました。しかし後悔はしていません。そのお陰で幾らかは救えた命もありますし、何よりここがわたしの国とすることが出来ました。母にもなりましたしね。
……身体が……いえこの気持ちが悪いのが治り次第、心を入れ替え死ぬ気で公務に全うします。なので今は……今だけは放っておいて下さい……。
「一先ず今晩予定しておりました褒賞式については、明日に変更となりました」
ただ魔獣討伐に参加した者達に褒賞金を渡すこと自体は長引かせても良くないので、みんなが集まっている今の内に、レイ、レニー、アラクスルの立ち会いの元、渡している最中だそうです。本来ならわたしが見ている所で渡すべきなのだと、ため息を吐かれてしまいました。
……面目次第も御座いません……。
深いため息を吐きつつまだ続きます。
「それと保安局から陛下宛に苦情が上がって来ております」
……隊長、チクリましたね……。
これは昼間の古着屋通りで、町の者と揉めた件かと思いましたが違いました。
「あの様に過分なバラ撒きはやめて頂きたいとのことです」
……?
尋ねなくとも不思議そうにしているわたしの顔を見て教えてくれました。
あのミアとの試合の賞金の件だそうです。
催しの試合に参加する為の選抜戦ですが、あの場の古着屋通りでの試合が事実上王都内での最終決戦。その賞金額は予め決まっているものではなく、観客達から賭けられた金額に応じて変動するらしく、それもあってわたしが本来受け取るべき金額は多額なものになっていたとか。
それを全て振る舞い、好きに呑んで良しと渡したものだから、あの場にいた者だけでなく方々から人が集まり大騒ぎ。今でもそれが続いているそうです。
本来であれば昨晩から続いていたお祭り騒ぎも、今日の夕方までには収まっていた筈であるのに、これでは明日の朝まで騒ぎが続いてしまうと、王都内の治安維持に務める者達が忙しなくして大変なのだとか。
……申し訳御座いません……。
しかしそれもあって、今夜行う予定だった褒賞式はどのみち出来なかったろうとのことです。怪我の功名でしたね。
「残りの滞在日数にも限りがありますので、明日には必ず戴冠式には出席して頂きます」
柱に縛り付けて地面に刺してでも必ず主席させる! と、マダリンの目が語っています。
「横になられておいででも、式典の流れとお話し頂く内容は覚えられますでしょう。今の内にわたし目がお伝え致しますので良く覚えて下さいませ」
そしてそのまま説教混じりの勉強が続きました。
……そろそろ勘弁して下さい……。




