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其の141 野試合 前編

 わたしに知られると自重する様にいわれると思ったので内緒にしていたのでしょう。全く困った人です。最近調子に乗っていますね。危うくライナが怪我をする所でした。これはまたお灸を据えてやらねばなりません。


 ───今日という今日は許しませんよ!


 隊長からの、早くこの場から立ち去る様にとの忠告を無視し、恐らく彼女がいるであろう通りの奥へと三人を引き連れ急いで向かいました。





 目指す場所は探さなくともすぐにわかりました。


 ……ここですね……。


 少し行った所に人垣が出来ておりヤジが飛び交い騒がしくしている所がありました。


 ……しかし、これでは良く見えませんね……。


「もし、そこの方。前を開けて頂けませんか?」

「なんだあ? 嬢ちゃん……う……」


 ライナの前です。教育上良くありませんからいくら頭に来ているとはいえ暴力は使いません。


 一人一人丁寧にお願いをしてどいて貰います。怒りに任せて多少威圧になっていたかも知れませんがそこは気にしません。人混みを抜け最前列に着く頃には、わたし達の周りに近付こうとする者はいませんでした。


 試合が行われている場所は、舞台などがある訳でもなく広場の地面に直接線が引かれているだけの簡単な物でした。今も一組が試合の真っ最中。それに構わず叫びます。


「ミア! そこにいるのでしょ! 出て来なさい!!」


 怒りに任せた魔力の篭る一括です。途端に辺り一帯は静かになり、試合中の者までが動きを止めてしまいました。


「なんだオマエはーッ!」

「ガキがジャマすんじゃねえ!」


 最初に反応したのはその試合をしていた二人。闘いに興奮していた為か直ぐに我に返ると「お貴族さまだろうかタダじゃおかねぇ!」と凄みながら木剣を振りかざして向かって来ました。


(どうする? ミリー、アタシがやる?)

(貴女が出るまでもありませんよ)


 今は改めて込めなくても魔力がただ漏れです。近づいて来た彼等に対し、十分に硬くなっている杖を振るうと彼等の持つ木剣を振り払い、そのまま二人共顎を打ち据え昏倒させます。


 その様子を見て、どよめきと共にわたし達の周りから更に人が減っていきましたが気にしません。却って邪魔にならず助かります。


「なんだい? ミリー、うるさいねえ。お前も試合に出るのかい?」


 ……やはりいましたね……、


 相変わらず飄々とした様子で、反対側の人混みからミアが姿を現しました。


「何をいってるのですか! 貴女を叱りに来たのですよ!」

「叱るってなんだよ。このことをいわなかったからか?」

「当たり前です! 貴女のお陰でライナが怪我をしそうになったのですよ!」

「はっ! なんでそんなことでケガしそうになるんだ? お前が付いていながら情けないねえ」


 ───もう頭に来ました! 実の姉だろうと関係ありません!


 この場で泣くまで叩きのめしてやろうと、杖を握り締め前に進み出たのですが、その途端、それまで黙っていた観客達が騒ぎだしました。


「オオ! 挑戦者だぞー!」

「さぁ、今日最後の試合だー! どっちに賭ける?」

「その前にさっきの金返せー!」


 ───えっ! な、何事ですか!?


「なんだ、やっぱりやる気じゃないか」


 どうも先程の二人は勝った方がミアと闘う予定の者達だったらしく、わたしが彼等をのしてしまったことと、試合場に足を踏み入れたことで、わたしが参加者、つまりミアの対戦者扱いになってしまった様です。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい! わたしにその気はありませんよ!」


 慌てて手を振りながら否定をしましたが、ミアは呆れた顔でため息を吐いています。


「そんなこといってるが、お前、アレどうすんだよ?」


 ミアが観客達に視線を泳がせるのに合わせてわたしも周りを見ると、そこにいる者達みなが目を血走らせながらお金を握り締めて騒いでします。


「ここで止めたら暴動が起こるかもねえ……。それともお前が強権を振り下ろしてコイツらを鎮圧するかい? え? どうするよ、女王さま」


 ……ぐっ……。


 ここで君主の権限で試合そのものをお開きにさせることは出来なくもありませんが、しかしもしもそれをしたら後々大変なことになるのは火を見るより明らかです。いくら野蛮な行いに思えても彼等の大事な娯楽。それを潰すことは出来ません。


 それにわたしがここで芋を引く様な真似をして仕舞えば、それはすぐに噂となり、あっという間にわたしの権威は失墜することでしょう。新しい君主だなぞと威張っていられません。


 更に困ったことに、ミスティとライナが目を輝かせてわたしのことを見ているのです。


 ……これはだいぶ期待されていますね……なら仕方がありませんか……。


 賭けの対象とされていることにはとても不本意ですが、どのみちミアを懲らしめることに変わりはありません。それにライナ達に良い所を見せたい欲も湧いて来ました。


 ……宜しい! ならば乗ってあげましょう!


 そう決心すると、ミアの前まで進み出ようとしたのでしたが、それを彼女から木剣を突きつけられて止められてしまいました。


「おっと待ちな! やるからにはちゃんとここの決まりを守ってもらわないとな!」


 ……え?


 ミアから淡々とこの試合での取り決めを説明されました。


「当然ながら魔法は禁止。術具もだぞ! 使う得物も真剣等はダメだ。わたしはコレを使うが、お前はどうするよ?」


 ……うっ……。


 以前ミアと闘った時と同じく、魔法を使い翻弄させて楽に勝つ気満々でしたが、それを封じられてしまいました。これではかなり厳しくなります。


 思わず振り返りレイを見ましたが、すぐに頭を張ってそれを否定します。


 ……彼女には、念の為にアンナさまの鞭を持たせていますが、流石にそれはやり過ぎですし、術具になるので使えませんね……なら……。


「ミスティ! わたしの鞭を!」


 これならば魔力を流さなければただの鞭です。反則ではありません。大丈夫でしょう。ミアの得物はただの木剣。距離を取り長物の利点を生かして少しずつ削ればなんとかなります。恐らく苦戦はするでしょうが。


 ……正直、かなりギリギリの闘いになりそうですね……。


 始める前から不安になっていましたが、ミスティと一緒にいるライナの笑顔を見て俄然やる気が湧いて来ます。


 ……見ていて下さいね! お母さんは頑張りますよ!


 しかしそのやる気もあまり長くは続きませんでした。


「ミリねえ、ムチないよ?」

「───え!?」

「もうちゃんとマダリンのおねえさんにかえした」


 ミスティがしたり顔で笑っています。


 ───な、なんですってー!

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