其の137 凱旋
道が整備された街道に出ると、そこには既に多くの人や馬が集まっており、その中央にはわたしが乗る予定であろうの一際豪華な馬車が用意されていました。お馴染みの屋根の無い仕様です。
そしてそのすぐ後ろには、例の竜もどきの死骸を載せた馬車があったのですが、その上に意気揚々と佇む者の姿を見て頭が痛くなりました。
「……ミア姉さま……」
「ミリー、やっと来たか。遅かったな!」
彼女はそのまま行くそうです。周りにいる者の諦め切った顔付きからして、かなり無理をいったのでしょう。
……うちの愚姉がご迷惑をお掛けして申し訳御座いませんでした……もう好きにして下さい……しかし、あまりはしゃがないで下さいね。ミスティの目が輝いてしまっています。本当、困った人ですね……。
「出発致しますが、陛下、宜しいでしょうか?」
「構いません。宜しくお願い致します」
御者の隣に座るレイが指示を出すと、馬車はゆっくりと進み出しました。
行列の先頭はこの国の兵士達。流石にあの場にいた者達全てではありませんが、それでも各団の代表者達の集まりになりますのでかなりの人数です。ここからでは先頭の先が見えません。その後にアラクスルと王妃親子の乗る馬が並んで彼の部下達を率いています。それに続くのがわたし達。そしてその後ろには竜もどきの死骸を乗せた馬車が続き、その後ろを今回活躍していた有志の者達が徒歩で付いて来ます。
この行列で王都まで進行して行くというのですが、少々気掛かりなことがありました。
……先程とは打って変わって、みなさん武装していますよね……。
兵士はもちろんのこと、後方の有志で参加した者までも手には武器を持ち、鎧まで着ている者もいて完全武装です。己が勇姿を見せ付けたいのでしょうが、これでは王都に向けて進軍しているかの有様。
……このまま各村を回って行くのだそうですが、そこの者達に恐れられたりしないのでしょうか?
不安を抱えながらも行進は進みます。
(あ、先頭が村に入るみたいよ!)
わたしにはよく見えませんが、先を行く兵士達の一団が村に差し掛かった様だとアリシアが教えてくれました。そして街道沿いには村人が行進を見に姿を現しているのだそうですが、みな遠巻きに見ているだけで静かにしているとのことです。暫くしてわたし達も村に差し掛かりました。
……うぅ……胃がキリキリします……。
歓迎されていない雰囲気に緊張で逃げ出したい気持ちを抑え、一刻も早く村を通過してくれと願いながら黙って座っていました。すると……。
「あ! 女王陛下だっ! あそこにいらっしゃるぞっ!」
「女王陛下バンザーイッ!」
「ありがとうございましたー! うぅ……」
「ワーイッ! ワーイッ!」
「あっちにはアラクスル殿下もいらっしゃるぞー!」
途端に村人達が騒ぎ始め、熱烈な歓迎を受けました。
(い、いきなりなんですか……)
(お主が来るのを待っておったのだろう。ホレ、笑顔で手でも振ってやれ)
アンナにいわれた通り手を振ると、騒ぎは益々大きくなっていきます。
「ほう? アレが今回の魔獣の主か……デカいな……」
「お? あの上に乗っている者は誰だ?」
「なんだお前知らないのか? あの方は女王陛下の姉君だぞ。隣に座っていらっしゃる妹君と共に討伐された方だ」
「はぁ〜あんなちっこいのに大したもんだ……」
……うぅ……恥ずかしいです……。
それを聞き、ミアと一緒に魔獣の上に立ちたがるミスティを抑えるのが大変でした。
……貴女はここで大人しく座ってなさい。わたし一人ではこの羞恥に耐えられません!
村を通過する度に歓迎の人が増え声も大きくなり、更にいつの間にか後に続く有志達の列も人が増えていきました。
……そして何故かみな、武装しているのですよね……。
お国柄なのかは知りませんが、これでは本当に行進しているのか進軍しているのかわかりません。そんな状態で王都の城壁まで辿り着きました。
流石に王都内に入るには武装解除をしなくてはならないのかと思いましたが、門番は何もいわずそのままわたし達を通し、行列はすんなりと王都内へ入ります。
城壁を一歩潜ると、そこでは街道沿いの村とは比べ物にならない程の歓待を受けました。
頭上には花が舞い、軽快な音楽が流れ、それを掻き消さんばかりの歓声が。わたしが初めて王都に来て連れ回された時の比ではありません。
……そろそろ笑顔を作るのも手を振るのも限界です。勘弁して下さい……。
熱烈な歓迎を受けながらじっくりと王都内を連れ回され、王宮の広場に辿り着く頃には日も落ちていました。
照明に照らされ、介在人もなく一人佇むランバリオンがわたしを出迎えます。
「女王陛下、この度は……」
今朝のアラクスルと同じです。形式張った冗長とした話しを拡声器の術具で語り出しましたが、今朝と異なるのは、それが王都中に響いていることと、アラクスルの様に嬉々として淡々と語るのではなく、絞り出す様に今にも消え入りそうな自信のない声で話していることでした。
今回はわたしもしっかりと話しを聞き、彼が話し終わったのを見計らってゆっくりと手を差し出します。
「……女王陛下、どうぞこの国の行末を宜しくお願い致します……」
「ランバリオン、貴方の想い確かに受け取りました」
その瞬間、目の前でわたしが手を握る彼以外、王都内全体から喜びに溢れた大きな歓声が上がりました。
……これでやっと終わりました……。
まだ互いの国の諸々の締結事項やら決めなくてはいけないことは沢山残っていますが、それは担当の者に丸投げします。わたしの仕事はここまで。終わりにしましょう。終わらさせて下さい!
……国名をルトア王国から改めてルトア国にするのはどうだとか、今の王族の立場をどうするか等は好きにして下さい。わたしはどちらでも構いません。ましてや他の貴族連中の扱いなぞは知りません。そちらで決めて下さい。ここでの陳述は勘弁です。せめて書面で頂いてから後日解答を……今日はもう限界です!
後は食事にお風呂でサッサと寝させて欲しく思いましたが、それをする前にマダリンから待ったが掛かりました。
「陛下、その前に早急にお決め頂くことが御座います」
「今すぐにですか?」
「はい。大まかな指針でも構いませんが、少なくとも今日中にはお願い致します。今もどのような扱いをすれば良いのか判断がつきかね困っております」
そんな重要な案件が残っていたとは気が付きませんでした。謝罪しつつ、その内容を尋ねます。
「どの件でしょう?」
「今朝方、陛下と共にいらした子です。この度の騒動で孤児になった子だとはお聞き致しましたが、あの子は今後どの様な扱いになさるおつもりですか? それによってわたくし共も対応が異なります」
───あっ! すっかり忘れていました!




