其の131 竜もどき
(お姉さん? 先程フラフラとアッチの方へ行ったわよ?)
(流石に疲れとったから逃げたんじゃろな)
(ミア姉さんの性格と体力的に、それはなさそうなんだけど……)
わたしもアリシアと同意見ですが、居ないのならば仕方がありません。もう既に目の前まで迫っているのですから。
───来ます!
竜もどきがの影がわたしの足元に来るまでに接近すると、途端に猛烈な風が吹き荒れました。
───ヒィ〜ッ!
横からではなく頭上斜めから強風が吹き付け、慌てて杖に魔力を込めると地面に突き立て吹き飛ばされるのを防ぎます。
……頭を押し付けられる風なんて初めてです……。
これでは鞭を振るうどころではありません。風と鞭は相性最悪。それ以前に吹き飛ばされるのを堪えるので精一杯。踏ん張ることしか出来ませんでした。
(お待たせ!)
必死に堪えていると、アリシアの声と共に不自然な程に風が止みました。驚いて周りを見れば草木は吹き飛ばされそうな程に揺れていることからも、これはわたしの周囲だけなのでしょう。
(やっぱり妖精が少ないから、これが精一杯ね)
(助かります!)
アリシアが風の魔法で打ち消してくれました。これなら鞭も使えます。
今正にわたしのことをその大きな爪で引っ掻こうとした足に狙いを付けて構えます。出し惜しみは無し。素早く魔力を十分に行き渡らせた光る鞭を一振り。断つのではなく爆砕狙い。一気に方を付けましょう。
───えっ?
確かに鞭は足に当たりました。その感触もあります。しかし爆砕どころか切れもしません。刃のお陰で多少傷は付けられたものの、予想通りの結果には至りませんでした。
竜もどきは驚いて再び上昇して距離を取りましたが、わたしも驚いています。
……もしや防御の魔術まであるのですか? それとも……。
(アンナさま! この鞭壊れてます!)
(何をいうか! 壊れとらん!)
あの竜もどきが発生させている風は魔術の風。それも中々に強力なのだそうで、この鞭の効力も強力ですが同じ魔術。なので魔術同士打ち消されてしまった様です。
(ワシもあの手のヤツとやった時には苦労したぞ)
(あんなモノ、どうやって倒したのですか?)
(ワシ一人では無理じゃった……)
今のわたしと同じ様に、下で踏ん張って意識を下側に集中させている間に、他の者がその隙に高い場所から飛び降りて攻撃し倒したのだそうです。
(あの風は、彼奴の意思で出とるからな……)
下に対して風を送っている時は、上は無風だということです。
(ほれ、丁度あの娘の様にな)
(え?)
崖の上を見ろといわれて視線を移すと、そこにはミアが大きな斧を担いで悠然と立っていました。そして徐に竜もどき目掛けて飛び降りました。
「死に晒せーっ!」
そのまま彼女は竜もどきの背中に飛び付こうとした様でしたが、彼女の大声で頭の一つがそれに気が付き、背中に到達することなく風で弾き飛ばされてしまいました。
───貴女、馬鹿ですか!
何故黙って攻撃出来ないのか。慌てて叫びました。
「ミスティーッ! あの、お馬鹿を回収ーッ!」
わたしの叫ぶ声と同時にミスティが飛び出し、ミアはなんとな地面に叩き落とされることを免れました。
(……成功率を高めるため、ああやって一度に幾人もの者でやったんじゃが……)
その結果、優秀な戦士を数多く亡くすことになってしまったのだと物悲しそうにしています。
……昔しは命も軽かったのですね……。
しかし今は違います。例え馬鹿でもあれは貴重な戦力。大事に使いましょう。
「ミア姉さま! 大事無ければすぐにこちらへ! わたしの側なら風の影響を受けません!」
吹き飛ばされた時に大斧はどこかに落としたらしく、槍を持ってわたしの側に戻って来ました。
「……お前、さっきあたしに向かって、なんていった?」
「さあ? 何でしょう? 聞き違いではないですか? それよりもこの魔獣、わたしの鞭があまり効きません。ミア姉さま頼りなのですから頑張って下さい」
「フン! わたかったよ!」
風の影響を受けないとはいえ、こちらは二人、対して魔獣は一体でもその頭が七つ。四方八方から噛みつきや爪で攻撃され、わたしはそれを鞭で捌くので精一杯。同じくミアも決定打を打ち込めず防戦一本。堪りません。
(こ、この魔獣、何か弱点とかないのですか!)
(そうじゃな。討伐した時に捌いて色々と検証したが、その皮は強靭で、魔石も大きかった位しか覚えとらんな……)
(それは弱点ではなく利点です! せめてあの風の魔術だけでもどうにかしなければ……)
(それなら分かるぞ。ほれ、あの首の下の腹のとこじゃ。あの模様みたいなモンが風の術式の様なモノじゃよ)
(それが弱点です! それを早くいって下さいよ!)
ならばそこを削れば風の魔術を使えなくさせることが出来ます。幸いこの鞭の刃には状態保存の魔術が刻まれていますので、この状況下でも傷をつけることは可能です。問題はどうやってあの懐まで潜り込めればよいのかなのですが。
猛勢で捌くこが精一杯。とてもじゃありませんがこれ以上は一歩も前に進めません。
(アリシア! 今の状況を維持して、風の魔法でわたしをアレの懐にまで飛ばして下さい!)
(さすがに無理よ!)
そこまで妖精の余裕がないのと、いくらアリシアでもこの状況から他の魔法を行使する余力がないと断られてしまいました。
(ならイザベラさま! 何とかなりませんか!)
(な、何でもいいのなら、何とかなると思うけど、いいの?)
(構いません! すぐに!)
(じゃあ、踏ん張って!)
……え? ───ヒィッ!
いきなり足元の土が盛り上がり、そのまま猛烈な速度で射出されました。
慌てて鞭を丸めて胸元に構え、竜もどきのお腹目掛けて切り付けるというよりも押し付けました。そのまま抉り付けながら通り過ぎ、竜もどきの背後へと放り出されました。
「ミリー! 動くなら前もっていえー!」
わたしが彼女の側を離れたことで、ミアが強風に晒されてしまいましたが、既の所で地面に槍を刺して吹き飛ばされるのを免れていた様です。今は普通に立っており、竜もどきも宙に浮かず地面に降りていました。
───成功です!
足の裏や手がジンジンとして痛いですが些末な代償です。地面にさえ降ろして仕舞えば、ただ単に大きいだけで他の魔獣と大差ありません。これで心置きなく鞭を振るえます! と、痺れる手に力を込めて鞭を握っていたのですが、そこにアンナがポツリ。
(そうそう、彼奴は風の魔術を使っとる時は使えんから使わんが、火の魔術も使えるぞ。確かその術式みたいなモノがあるのは、上の首の根本だったかの……)
───えっ⁉︎
その時丁度わたしの視界に入ったのは、風の影響が無くなったことで普通に立つことが出来る様になったミアが、地面に刺していた槍を抜いて構えようとしている姿と、その彼女の目の前にあった竜もどきの顔の一つが大きく口を開けてそこに炎が集約している所でした。
───そういう大事なことは早くいって下さいっ!




