其の130 大きな魔獣
その姿形は、ラャキ国でミアが倒したあの竜もどきに酷似していましたが、それよりも大きく、また頭の数も多くて、更に羽根の様なモノものまで付いているのが遠目からでもわかりました。
(……いち、にい、さん……。オシイ! ヤマタノオロチみたいだけど、あと一つ頭が足りない!)
(……何のことだかわかりませんが、貴女はアレがいきなり襲って来ないか注視していて下さい。アンナさま、あれも例の竜の仲間なのですか?)
(恐らくそうじゃろう。中には飛ぶのもおったしな)
(……どう見ても食べる体型ではないのですが……)
今回討伐している魔獣共の中で飛翔体のモノ、あれの元は鳥類の獣です。なので例え多頭や異形にはなってはいても、構造的に空を飛べるのもわかるのですが、アレはいくら羽根みたいなモノがついていても、とても空を飛べる姿には見えません。羽は小さ過ぎますし身体が大き過ぎます。
(彼奴らは、その胎内に術式の様なモノがあっての)
自身の魔力で風の魔術を行使し、空に浮かび上がっているとのことで、羽は滑空したりとおまけ程度なのだとか。
……それにしても、例の竜もどきと同じ種類なのでしたら、術具の矢が効かないほどには堅くはなかったと思うのですが……やはり、魔力を吸収するとか防御の魔術などもあるのでしょうか?
だとしたらかなり厄介です。
さて、どう対処すべきか考えていましたら、周りの者達もアレの出現に気が付き始め、辺りが俄かに騒がしくなって来ました。
殆どの者は、わたしと同じく警戒をしているだけでしたが、やはりというかミアは一人敵意剥き出しにして睨み付けています。
「なんだいありゃ……洒落臭いね……」
そしていつの間に用意していたのか、大きな弓を構えていきなり竜もどき目掛けて立て続けに三射矢を放ちました。
……流石です。見事なものですね。
距離はかなり離れていましたが、放たれた矢は全て綺麗な放物線を描いて竜もどきに向かって行きます。
勝手なことをされては困るとは思いましたが、アレの防御力をこの目で確かめられる良い機会とだと、その矢の行末を目を凝らして見ていたのですが……残念ながらよく見えません。
(……アリシア、あの矢の行方を教えて下さい……)
(オッケー! ……えーっと、矢は……刺さ───らない!)
(弾かれたのですか?)
(そうみたいよ)
……矢の魔力を吸収したのでしょうかね?
ならば魔力を込めた攻撃事態厳しそうです。それともわたしの魔力量であれば力任せの勝負で流し込めば何とかなりますかね?
そんなことを考えていましたら、アリシアから警告が入りました。
(ミリー、危ないから逃げた方が良くない?)
(え? もう、あの竜もどきが近づいて来ているのですか?)
(そうじゃなくて、矢が全部こっちに戻って来るよ)
(矢?)
(あの矢って爆発するんでしょ?)
(へっ⁉︎)
魔力を吸収するのだとか、防御の魔術だとか考えていたのはわたしの勝手な思い込みだった様です。そんなことでは無く、ただ単に風の魔術で矢を弾いているだけでした。
理屈が分かったのは良いのですが、そうなると、当然その矢は魔力を帯びたままですので……。
「そ、総員回避ーっ‼︎」
わたしが叫ぶよりも早くみな逃げ出し始めていましたが、無情にも逃げ惑うわたし達の周りに矢が降り注ぎます。
───ヒィーッ!
立て続けに近くで爆発。運が悪いことにその内の一本は術具の矢をまとめて置いてあった場所に着弾。そして誘爆。爆音と共にその周囲の地面は抉られ、凄惨な惨状を作り上げてしまいました。
竜もどきの魔獣がわたし達の前に降り立つよりも先に、既に周りは壊滅状態。
……これだから飛び道具は好かないのですよ……。
「被害状況の確認を急ぎなさい!」
これでは竜もどきの迎撃どころではありません。体勢の立て直しが急務。
残念ながら術具の矢などの装備は壊滅的でしたが、幸いにも負傷者はいるものの死者は無し。上がって来た報告に安堵していましたら、アリシア達からあの竜もどきに動きがあったとの知らせが。急ぎ周りに指示します。
「レニーッ! 動ける者には近くの負傷者と矢の回収を急がせて退避! 狙われない様分散しなさい! ミア姉さま! 無事ですね? なら貴女は残って下さい! 弓は駄目です! ミスティ! まだ例の術具が残っていたら少し離れて待機! わたし達の援護をなさい!」
わたしの指示でみな一斉に動き出しましたが、アラクスルと王妃だけは逃げすに留まってしまいました。
二人とも手には槍と盾を持ち、真剣な面持ちです。あれはいくらいっても聞かない顔付きでした。
……これは困りましたね……。
あの二人がいると、巻き込む恐れがありますから例の術具は使えません。しかしあの二人の気持ちもわかります。仮にも王族たる者が、他国の君主が自国の民を守る為に前線にいるのです。ここで逃げ出す訳にはいかないでしょう。
……仕方がありませんか。
「アラクスル、王妃さまはあの竜もどきではなく、まだ崖側から来るかも知れない魔獣の対処をお願いします! そちらまでは手が回りません!」
二人よりもまだミアの方が魔力量が豊富です。あの竜もどきだけでなく、ここに来る魔獣は全てわたしとミアに向かって来ることでしょう。全ては対処し切れません。
「承知しました!」
「承りました。ですが王妃だなんて他人行儀に呼ばず、養母と読んで頂いても結構ですよ」
……こんな時に余裕ですね……。
気持ちは嬉しいのですがこれ以上母は要りません。二人で十分。それにアリシアではないですが、わたしよりも弱い者はちょっと……。
下手に返答すると面倒なことになりそうな雰囲気でしたので、敢えて聞かなかった振りをして竜もどきに向かいます。
距離はまだありますが、明らかにわたし達の方へ向かって飛んで来ていました。
……さて、どう闘いますか……。
(そういえばアリシア、先程アレを見てヤマなんとかと仰っていましたよね? アレをご存じなのですか?)
(ん~そうね、直接知ってる訳じゃないけど、似た様なのなら昔し何かで読んで知ってるわ。あんな変な顔でずんぐりしてなかったと思うけど)
(なら倒し方とかもご存じで?)
(確か頭の数だけ酒樽を用意して、呑ませて酔っぱらわせている内に、首を切り落とすんだったっけかな?)
(……何ですかそれ……酒樽なんてありませんし、そもそもそんな悠長なことしている暇はありませんよ……)
……恐らくアリシアの前に居た世界の知識なのでしょうが、随分と呑気なのですね。
不採用です。しからば後は出たとこ勝負しかありません。
アラクスルと王妃が崖の方に向かうのを確認し、これで周囲に人影は無くなりました。後はここでアレを迎え撃つだけです。
……ん? わたし以外、誰も……いない?
───ミア姉さまーっ! 貴女どこに行ったんですかーっ!




