其の128 アンナの鞭
これは不幸中の幸いでした。
このアンナの鞭、思った以上に使えました。予想以上の攻撃力。これなら魔獣如き例え何十頭来ようとも大丈夫。頼もしいことこの上なし!
───さぁ、幾らでもかかって来なさい!
しかし最初はかなり手こずりました。
わたしが鞭を使って攻撃をする際は、主に打ち払って痛めつけるのではなく、絡みつける等して接触させることで相手に魔力を注ぎ込み、気絶させるなど動きを封じるのが目的です。そして必要ならばその後にとどめを刺します。
しかしそれが出来るのはわたし特性の鞭だからこそ。普通の鞭では不可能。かといってミスティから奪い返す訳にもいきません。重宝している様ですから、そのままミスティの身の安全の為にも貸しておきましょう。今も上手に使って魔獣を撃退しています。姉なのですから妹が優先。
なので観念してアンナの鞭を使っているのですが……これが思い通りにはいきません。
魔獣の動きを止めるか、よろけさせてから杖に魔力を込めて硬化させ、急所に刺して仕留めようと思って鞭を振るった所、少し当たっただけで予想外の方向へ飛んでいってしまいました。
……思ったより反発力が強いのですね。
ならばと、魔獣の体に巻き付けて、近くにいる魔獣同士ぶつけてその隙にと考えたのですが……。
───は、歯が絡まって取れません!
(ミリー! 危ない!)
「ミリねぇ!」
後方からミスティが例の魔石の術具を投げつけてくれ、アリシアが風の魔法で魔獣を弾き飛ばしてくれなければ危うく大惨事でした。
───勘弁して下さい!
もういっそのこと鞭なぞ捨てて、杖一本で闘った方がましかも知れません。アリシアの魔法と合わせればなんとかなりますかね? などと考えていた程です。更にそれを見て発したアンナの一言が火に油で、本当に捨ててしまいそうになりました。
(お主、なっとらんな〜)
───なんですとー!
聞けばそもそもの使い方が違うのだそうです。
わたしの鞭は魔力を込めれば込める程に硬化して、刃も通さぬ程に硬くなりますが、この鞭はそもそも強靭でしなやかな特殊な革で作られており、何もしなくても剣如きでは切れないそうです。そしてその革の内側には様々な術式がびっしりと刻み込んであるそうで……。
(……確かにこれ、良く見ると術式ですね。裏側ですから反転していますし、細かくておびただしい程の量でしたから、何かの模様かと思っていましたよ……)
研究者としてはとても気になります。解析したくて堪らなく、うずうずしてしまいましたが今はそんな暇ありません。アリシアも後にして下さい。今は目の前の魔獣共に集中。そちらの対処は暫くアリシアに任せ、そのままアンナの説明を大人しく聞きました。
ここに刻まれている術式。これは鞭らしく反発を強める目的や、本体の保護等色々とあるそうですが、その一番の特長としてはこのトゲトゲの刃にあるのだそうです。
(魔力を込めれば込める程、それが振動してな……)
岩をも切れるのだとか。
(オー! 高周波ブレード!)
恐らくアリシアの考えていることとは違うかとは思いますが、言われた通りに魔力を込めてみると、トゲトゲの刃を中心に、鞭が全体がほのかに薄く桃色に光だしました。試しにそのまま目の前の岩壁に一振り。
……へぇ⁉︎
軽く振るったつもりでしたが、岩壁が切れたというよりも、当たった部分を中心に大きく抉れてしまいました。そしてその破片がもの凄い勢いで近くにいた魔獣達に当たり、結構な被害を及ぼしたのは思わぬ副産物。
……な、何ですかこれは……。
あまりの威力に唖然としていると、「なっ、何事ですかーっ!」その上にいた王妃が驚いて覗き込んで来ました。
「驚かせてしまい申し訳御座いません。ちょっとした実験です。お気になさらずそのまま続けて下さい」
慌てて謝ります。
(……アンナさま……。これ、切れるというよりも爆発しましたが……)
(……魔力の込めすぎじゃ……)
なので次は魔力を控え目に。
丁度目の前まで迫って来た猪の様な魔獣がいましたので、アリシアにこれはわたしが仕留めるとういと、それに目掛けて一振り。結果見事一刀両断。魔獣は鳴き声一つ上げず真っ二つにわかれました。
(……これは下手な剣より切れますね……)
(そうじゃろ! そうじゃろ!)
……あまりの攻撃力の高さに感動すら覚えましたが、冷静に考えてみると、アンナさまは、かつてこれを人に向けて振るっていたのですよね……。
明らかに過剰な気がします。しかし魔獣相手でしたら話しは別。遠慮をすることなく使えます。
(アリシア、お待たせ致しました。もう大丈夫です。後は支援に回って下さい)
(大丈夫なの?)
(まぁ見ていて下さい。今までの分を取り戻しますよ!)
その後はわたしの独壇場。無双状態。
小さいモノや中位のに対してはまとめて切り捨て、大きなモノに対しては魔力を大量に込めて打ち込み爆発飛散。周囲を巻き込ませます。
これが通常の獣であれば、わたしに恐れをなして逃げ出すモノも出てくる所ですが、相手はひたすら魔力を求めて突進してくる魔獣です。こちらから追い掛けることをせずとも向こうからどんどんと近寄って来ました。その結果、わたしの周りには屍の山が築かれていきましたが、時折りそれが邪魔になると鞭で爆散させて足場の確保をします。
「ハアーッ、ハッハー! 死にたい奴から掛かって来なさい! ここから先は一歩も行かせませんよ! お前達全てを骸に変えてやりましょう!」
(……ミ、ミリー、ちょっとやり過ぎじゃない?)
(魔獣相手に慈悲も容赦も必要ありません!)
(……なんか……ミア姉さんみたいだよ……)
(これは血は争えんというやつじゃな)
(───えっ!)
……流石にそれは心外です。あそこまで酷くはありません。……と思うのですが……自重しましょう……。
(ほれ、アラクスル達も引いとるぞ)
(え?)
鞭を振る手は休めずに、恐る恐る背後に視線をやると、アラクスル達がミスティと共にこちらを見ながら立ちすくんでいました。
(アンナさま! 彼等が来たら教えてくれる様、いったではないですか!)
(……何度もいったが、お主夢中になっておって……)
(……本当ですか? アリシア)
(うん)
これは失態です。
一先ず大きく鞭を振るい、近くにいた魔獣共を一掃させると、序でに地面を削って岩の雨を魔獣共に降らせてからアラクスル達の元へ向かいました。
「やっと来ましたか、随分と掛かりましたね。では交代です。暫くの間、貴方方が前に出て闘いなさい。危なくなったら援護をしますが、わたしは少し休憩します」
『ハッ!』
何でもなかった様な顔で指示を飛ばすと、アラクスルと一緒に来た十人は慌ててすぐに槍や剣を持ち走って行きましたが、アラクスルとミスティはその場を動かずに慄いた様子でわたしを見ています。
「……如何なさいましたか?」
「……せ、先生、その……お怪我は大丈夫なのでしょうか……」
幸いどこも怪我はしていません。擦り傷一つもないのにおかしなことをいうものだと思ったら、ミスティから「……ミリねぇ……返り血でまっ赤っか……」と指摘されて初めて気がつきました。
……この眼鏡のお陰で、常に視界は良好でしたから気が付きませんでした……。
良く見れば服は血まみれで、恐らく全身そうなのでしょう。髪も血でパサついています。興奮して気になりませんでしたが、落ち着いてみれば身体中から鉄臭い匂いが漂っていました。
……流石にこれは淑女としてあり得ませんね……。
途端に恥ずかしくなり、火が出るほど顔が熱くなるのを感じました。
すぐにそれを誤魔化す為に檄を飛ばします。
「わ、わたしのことは構わず、貴方もすぐ戦線に上がりなさい! 疾く!」
「ハッ!」
慌てて走って行くアラクスルの後ろ姿を見つめながら、アリシアに頼んで水の魔法で洗浄、風の魔法で乾かしてもらいました。
……顔も血まみれでしたから、赤くなった所が見られずに済みましたかね?




