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其の12 隣室の者 前編

「ただの魔力切れでしょう。毎年この時期になると新入生の中に一人か二人は出てくるものです。今年は少し早かったですね」


 寮監であるイザベラはそう言うと簡単な処置を行った後、彼女を呼びに行ったアリシアに部屋へ戻る前に食堂に取りに行かせた消化に良さそうな食事に視線を移し「目が覚めたら食べさせなさい。しっかりと食べて、暫く安静にしておけば大丈夫でしょう」わたし達に支持しました。


 その言葉を聞いて二人とも安堵していましたら「魔力欠乏による昏睡は最悪命に関わります。甘く見てはいけません!」相変わらずのキツイ目付きで睨まれ重苦しい声で釘を刺されてしまいました。思わずアリシアと共に直立不動で頷きます。


「では、後はよろしく」


 イザベラが部屋を出たことでやっと緊張がほぐれました。


「ふー……。仕方がないとはいえ、あまりお会いしたくない方ですね」

「ホント、相変わらずキーキーうるさいよねー」


 彼女を見送った後、二人して悪態をついていると背後で動く気配がしました。


「……あの……ここは?……」

「あ、目が覚めたのね、レイチェル。ここはアナタの隣の部屋よ。廊下で倒れてたもんだから運んだの」


 彼女は未だ体調が思わしくない様子でしたが、起き上がりたいと言うので二人で手助けをして寝台に座らせますと、恥ずかしそうに乱れた髪を手漉きで整え始めました。

 その様子を見ていて思い出しました。先ほどは慌てていたために気が付きませんでしたが、この貴族子女然とした金髪の方は見覚えがあります。確か先日、補講を免除された方ですよね。隣の部屋の方だとは知りませんでした。


「御加減は如何ですか? わたしはミリセント・リモと申します」

「ご迷惑をお掛けして申し訳御座いません。レイチェル・クラウゼと申します。貴方方が助けて下さったのですか? 有難う存じます……」

「魔力切れで倒れたみたいよ? ちゃんと食べて寝てれば大丈夫だって寮監が言ってたけど……どうしたの? さっきの講義って、そんなに大変だった?」


 先程の授業はあまり思い出したくありません。


 アリシアにとっては造作もなかったことでしょうけれども、わたしにとってはどれだけ大変で疲れた講義だったことか……。走り回っていたので主に魔力よりも体力的にですが。


 あまり注視してはいませんでしたけれども、確か彼女は先程の講義中では「魔法は使えるけれどもあまり得意ではない」といった部類で、時間内はとても苦労されている様に見えました。無理に魔法を行使することで無駄に魔力を使っていたのでしょうか。お互い大変ですね。わたしは魔法が使えませんが同情を禁じえません。


「……いえ、それもあるのですが……」


 恥ずかしそうに部屋の魔石に目をやります。


「実は私の部屋の魔石に今日の分の魔力を込めていなかったので……もう暗くなりますし、明かりがないのも困りますから、講義から戻って急いで込めていたのですが、そのまま突然意識が遠のいてしまって……」


 体力に自信はあっても魔力量は少ないのだと、恥ずかしそうにしています。


 それを聞き、それ程までに疲弊しているので有れば同室の者に頼めば良いのでは? と思いましたが、アリシアが「あー、確かアナタの部屋って、一人だけだったっけ? そりゃ大変だねー」と。


 ……違いました。


 よくご存知ですね。


 寮は特別なことでもない限り、三年間同じ者と部屋を共にします。


 国内の数えで十三になる貴族子女は全て同時期に入園しますので、途中入学は基本有り得ません。稀に他国からの留学生もやって来ますが、その様な方は決まって上位の方ですので、差額を支払い大きな部屋がある寮へ入ってしまいます。

 その為どうしても人数的な問題で一人で部屋になってしまう者が出てくるのですが、その者は卒業までの間一人で住むことになるのです。


「部屋の魔力を込めるのって、ケッコー大変だよねー。普通は交代でやるのにさー」


 ……聞き捨てならならない言葉が聞こえましたが、貴女はそれをわたし一人に押し付けたのですか?


 部屋の魔石に魔力を注ぎ込むのは、室内で使う灯りや空調などのみならず、寮全体を賄う分も各部屋ごとに割り当てられているのだそうです。


 ……なんですかそれ? 今初めて知りましたよ。


 聞いてなかったですよ! とアリシアを睨みましたら彼女は慌てて弁解を始めます。


「いやだってほら、ミリーってば魔力を使いたがってたじゃない? それにその代わりにわたしが勉強を教えるからって言ったじゃん。それでウィンウィンでしょ?」


 ……果たして貴女に教わる勉強があるのでしょうか? 甚だ疑問です。


 納得できずに睨み付けていますと、バツの悪そうな顔になった彼女はわたしから視線を外しレイチェルに向かいました。


「ほ、ほら、魔力の供給が大変ならさ、ミリーにやってもらったら? ミリーは、まだまだヨユーだから」


 ……確かに余力はありますがね、それはアリシアが言うことですか? 違いますよね?


 憤懣やるかたないといった表情で更に睨み付けますと、レイチェルが申し訳なさそうな顔になってしまいました。


「いえいえ! 違いますよ!」


 それを見て、慌てて否定します。


 出会ってまだお互いのことをよく知らない内から、狭量な者だなんて思われたくありません。


「文句を言いたいのはアリシアにであって、レイチェル嬢に対してでは有りませんよ? 違いますからね! ……ですがそれは置いておきましても、そもそもわたしの魔力ではご不満に感じるかも知れませんし……」


 僅かですが魔力は人それぞれによって特色があります。それが故に精霊に好かれるかそうでないか、との差があるのだと提唱する者もいる程です。


 寮内全体であれば多くの方々の魔力が一緒くたになっていますから気にはならないでしょうが、部屋の中では別です。部屋にいる間中、術具を通じてその者の魔力を浴びる訳ですから。


「……そう、ですね……」

  

 レイチェルは目をつぶり、全身で味わう様にそれを確かめています。

 

 ……なんだか服を脱がされて凝視されている気分です。面はゆいですね。


「……コレは貴方の魔力なのですね……清楚な爽やかさがあって、大きく広大なものに包み込まれている様な安心感があります……私はとても好ましく感じますよ……」


 お陰様で早く回復しそうです。とお世辞まで頂きました。

 アンナとイザベラが誇らしげに頷いていますが、無視です。

 

「でしょ! ミリーの魔力って、イイよね!」


 誉められれば悪い気はしません。思わず口角が上がってしまったのは仕方がないことでしょう。


「……ですが……」


 ───何です⁉︎ わたしの魔力に文句があるのですか?


「私にはその……対価を払う事が出来ませんの……」


 恥ずかしそうにしていることからも、恐らくレイチェルの家もわたし同様貧しいのでしょう。しかし例え裕福な家であってもそれはいけません。それをわたしが言うよりも先にアリシアか注意しました。


「ダメよ! お金を払うのは見つかったら大変なんだから!」


 アリシアがちゃんと寮則を読んだいたことに驚きました。 

 同時にイザベラの怒る顔が頭に浮かび上がり肝が冷えます。

 

「学園内において、魔力譲渡に関しての金銭のやり取りは禁止されています。それはご存知ですよね?」


 コクリと頷きます。


「ですが、私が他にミリセント嬢に与えられる物も思いつきません」


 勉強はアリシア嬢から教わるそうですし、と悲しそうにしています。


 ……まぁわたしはそれでも構いませんけどね。


「剣術でしたら多少心得がありますけれども、ミリセント嬢にはご不要かと思われますし……」


 家は古くから続く武官の家柄だそうで、その見た目で意外にも剣術が得意なのだそうです。


「え? 剣が得意なの? なら、一緒に稽古しようよ! 出来る人、探してたのよねー。いつやる?」


 アリシアが嬉しそうに食い付きましたが今は大人しくしてて下さい。可哀想に。レイチェルがどう答えれば良いか分からずに困惑して目を白黒とさせてしまっています。


「お辞め下さい、アリシア。そんなことは後日、体調が戻ってからで良いではないですか。今は安静にすることが先決です。騒がしくするなら部屋から出て行ってもらいますよ?」

「ココってアタシの部屋でもあるのよ?」

「そんなのは関係ありません。病人が優先です。そんなに元気が有り余ってあるのでしたら、一人で寮の周りでも走っていらしては?」

「相変わらず固くてキビシーよねー。少しはアタシにも優しくしてよー」


 おどけてシナを作る姿は明らかに馬鹿にしています。そろそろわたしも本気で怒りそうです。


「貴女にはいつも十分過ぎる程に温情を与えておりますが?」

「とてもそうは見えないよ? かなり雑に扱われてる気がする」


 暫く二人で睨み合ってしまいました。


「ふふふ……お話しには聞いていましたが、貴女方って本当に仲がよろしいのですね」


 レイチェルがわたし達のやり取りを見て笑い出しました。

 

 それは緊張状態から解き放たれた安心感から来るものなでしょうか、それとも魔力が回復してきたからなのでしょうか。何にしても付き物が落ちた様な素敵な笑顔でした。

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