其の127 出陣
「しかし先生、本当に大丈夫なのですか?」
「問題ありません。そんな魔術はどうとでもなります。貴方は黙って魔獣が出現している方向で最も近く、かつ馬車が通れる程の大きさの出入り口まで案内なさい」
「はい!」
(とはいったものの、本当に大丈夫なのですか?)
(まぁ、似た様なことは昔よくやっとったから問題なかろう)
(……よくわかりませんが頼みましたよ)
程なくして人通りの少ない裏路地に面した城壁の扉に辿り着きました。
扉を守る兵士にはアラクスルに頼んで退いてもらい、試しに押してみましたがびくともしません。
「……やはりここは待つしか……」
「大丈夫です」
(で、どの様にすれば良いのですか?)
(ホレ、お主が今待っておるワシの鞭、アレでアソコに見える術式の内のアノ部分を削り取ればよい)
アンナの鞭はわたしのとは違い、刃の様な棘が沢山付いている攻撃力高めの凶悪な物です。その刃の部分一つ一つには状態保存の魔術が掛けられており、固定の魔術であっても干渉することが容易なのだそうです。
(この手の固定の魔術は、鎧や盾に仕込んどる者が多かったからの)
その武装をする者に対し、アンナは器用にこの鞭でその術式を弄り解除して意味をなくさせてから倒していたのだそうです。
(これもそれと同じじゃ)
よく見ると扉に刻まれた術式は、扉と城壁とは繋がっていますが連動するものではなく個別に刻んであります。なのでここを解除した所で他の全体には影響がないことがわかりました。
ならば遠慮は無用。意気揚々と術式を削り取る為に扉へ向かって力一杯鞭を振るったのでしたが……。
……あ……。
思いの外力が入ってしまったらしく、扉が大きな音を立てたて吹き飛んでしまいました。
「……申し訳ありません。修理費は後程請求して下さい……」
扉が開き外へ続く道さえ出来れば、後は目的地に向かって全力疾走。
「アラクスル!貴方が案内役なのですから、もっと速く!」
「こ、これが限界です……」
「仕方がありませんね……」
だらしがないとはいいません。試合の疲労も残っていることでしょうし、そもそも馬に乗っている者や荷物の重さも違います。それに同じ風の魔法だとしても個人の力量の差があるでしょう。
遅れる者は後から付いて来させ、結局わたしの速度に付いて来れたのは三人だけ。ミスティ、ミア、予想に反し王妃でした。
「道ならばわたくし目がご案内します!」
(アラクスルのお母さんスゴイね。ミアさんとどっちが強いんだろ?)
(あんなのが何人もいるのは考えたくもありませんが、少なくとも大きな戦力になるのに違いはなさそうですね。心強いです)
彼女は一番槍は自分だといわんばかりに先頭を勝って出て、颯爽と駆け出しました。
魔獣の群れが進行してくるだろうと思われる道を逆に進んでいるのですが、時折り反対側から逃げ惑う者達とすれ違い、村も三つほど通り過ぎましたが避難は完全に終わっていない様で人の気配が残っていました。
……これは急がねばなりませんね……。
思わず握る手綱に力が入ります。
魔獣の群れを発見したのは四つ目の村に差し掛かる手前でした。
(あ! ミリー見えたよ!)
(……わたしでも見えますね……)
遠目でも明らかにわかる獣とは異なる異形なモノの群れ。上空には鳥の様に飛んでいる大きな物体が。そしてその直ぐ後ろには煙が上がっているのが見えます。既に村の一つは魔獣共に飲み込まれてしまった後なのだということがわかりました。辺りからは魔獣共の雄叫び以外、人の悲鳴などは一切聞こえて来ないことからも既に手遅れなのでしょう。
思わず喉の奥が酷く乾いてヒリついてきました。
急ぎ馬から降りて各自に指示を飛ばします。
「生存者の確認は後衛部隊に任せ、わたし達がここであの進行を食い止めます! ミア姉さまと王妃さまは上空にいる魔獣を中心に弓で射って下さい! 時にお二人共は単独で術具の矢は使えますよね?」
共に頷きましたので助かりました。
補助が必要ならばミスティをと考えていましたので、戦略を分断させずに済みます。
「ならば地上の魔獣はわたしが引き受けます! ミスティはわたしの背後で援護と支援!」
今はこれ以上被害を広げない為に足止めをすることが先決です。細かい説明をするのも時間が惜しく、やることと配置だけを指示します。
しかし地上にいるものだけとはいえ、流石にあの数の魔獣をわたし一人では対処し切れません。
……他国で勝手なことをするのは気が咎めますが、この国の民を守る為なのですから勘弁して下さいね。
心の中で謝罪しながら急いでアリシアに頼みます。
(急ぎ土魔法で地形を変えて下さい!)
(オッケー! どうするの?)
魔獣の進行を誘導し、一度にわたしが複数体を相手にしなくても良い様にと、ミア達が弓で射易い様にします。
「地面が揺れます! みなその場を動かない様に!」
王妃以外は素直に頷きました。
「……な、何をなさるので…… ───キャアーッ!」
大きな音と共に、魔獣共とわたし達の間に大きな窪みが作られ、その部分にあった土が左右にずれて盛り上がり、そこにいたミアと王妃が持ち上がります。
そしてわたしの目の前には、末広がり状の大きな壁の通路が出来上がりました。
これならわたしが一度に多数の魔獣と対峙せずに済みます。
「ミア姉さまと王妃さまはその場から攻撃を! ミスティは、わたしの撃ち漏らしの対処と、危なく見えたら例の術具を投げて支援を!」
(ねえ、これならあそこの窪みに魔獣が集まった時に、火や水の魔法なんかで一斉に攻撃した方が良くない?)
(全ての魔獣があそこに集まるのでしたらそれも良い手だと思いますが、撃ち漏らしたら逃げてバラけてしまう恐れがあります。その方が厄介ですし、そもそもそんな大きな魔法、この場で使えますか?)
(ん〜ミリーの魔力には問題ないけど、妖精があまりいないから、ちょっとムリかな?)
(ならこのまま魔力の豊富なわたしを囮にここへ誘き寄せます。アリシアはわたしの撃ち漏らしを適宜対応して下さい)
(オッケー!)
(イザベラさまは、ミア姉さまと王妃さまを注視して頂き、いざという時には二人の援護をお願いします)
(わかったわ!)
(アンナさまは全体的の確認。特に背後にいるミスティには注意しておいて下さい。それと、後から来るアラクスル達の姿が見えたら教えて下さい)
(うむ!)
ここにいる全ての者に指示をし終え、これで準備が整いました。後はただひたすら闘うのみ。
───さあ来なさい! 全てを骸に変えてあげましょう!
左右の手に鞭と杖を握りしめ、前に進み出ました。




