其の124 トーナメント戦 ミスティ編
ランバリオンと反して、マダリンの微笑がどんどんと圧のある怖い笑顔になってきているのが気になります。少々やり過ぎてしまっているのでしょうかね?
しかしそれは次の試合が終わってから考えましょう。何せ次は今回一番気になっているミスティの試合なのですから。
あの子は特にわたしに懐いていたのもありますが、得意とする魔法を封じられてどの様にしてここまで勝ち残ったのか気になりますし、怪我なく無事に試合を終えられるのかも心配です。
気をもみながら彼女達が現れるのを待っていると、突然観客席から野次や怒声が湧き上がって来ました。
(え? ナニこのブーイング)
(ミスティに対してではなさそうですが……)
そのまま様子を伺っていたのですが、壇上に上がって来た者の姿を見て納得しました。
(ええ? ナニアレ? あんなのアリ?)
(あのやり方でここまで来たのでしたら、アリなのでしょうね……)
彼は豪華そうな鎧に身を包み、身体が隠れる程の大きな盾を背負って、左右の腰には剣と矢筒をぶら下げており手には弓。そのまま戦場に赴くのかと思わせる出立ちですが、どことなく軍人臭というか兵士らしさはありません。かといって市井の者でもなさそうです。
それよりもあの弓。明らかにやり過ぎではないでしょうか。大きさからして一撃必殺というよりも、連射させて相手を撹乱させる意味での短弓なのでしょうが、練度を競う催しであるこの場には相応しくないかと思わせられました。
ランバリオンの側近に苦言を呈すべく彼の方を向いたのですが、ランバリオンと共に壇上の者を見つめて苦い顔をしていました。
「……もし……ランバリオン陛下、如何なされましたか?」
「……ん? あぁすまぬ。ちと彼奴がな……」
かの者はルトア王国の有力貴族の子息なのだそうですが、特に領軍にも所属をしている訳でもないが武芸に血道を捧げる者なのだそうで、それなりに腕の立つ者には違いが、その性格があまり良くなくて有名な者なのだそうです。
「……あの様に、勝ちにこだわる余り些か難儀な者であってな……」
……ルトア王国にまともな武人はいないのですかね?
側近曰く「一応は弓矢も認められております。自重して使う者は殆どいませんが……。ですが事前に通常の矢尻であることは確認済みになりますので、その点はご安心を」とのことですが、そんなことをいわれても安心出来ません。
もしもミスティに一つでも刺さりでもしたら、乗り込まない自信がありません。
やきもきしながら見ていると、今度は客席から先程とは打って変わって応援の声が上がって来ました。
ミスティの登場です。姉として誇らしげにその様子を見ていたのですが、彼女の手に持つ獲物を見て驚き、すぐマダリンに向きました。
「───なんであの子がわたしの鞭を持っているのですか!」
「ご存知なかったのですか? 城内にお住まいの頃から、訓練の度にお渡ししていましたが、何か問題が御座いましたか?」
わたしの身の回りの世話を頼んでいるマダリンですが、当然わたしの得物の管理もその一つ。彼女にはちゃんとあれは大事な物だと説明をしていた筈ですが、まさかそれを忘れていたとは思えません。
「かねてより、陛下御自身がご一緒のお部屋に住う者に対しては、部屋の中の物を自由に使って良いと仰られておりましたし、一応ミスティ嬢はわたしの許可を得てから持ち出しております」
「……ですが、あれはわたしの唯一といってよい程の……」
「そうなのですか? 陛下には同じ様な物で、もっと相応しい物が御座いますよね?」
彼女にとって、あの鞭は最早予備的な位置付けでしかなく、ミスティに貸し出してもなんの問題もないとの認識だった様です。
「……確かにあちらはミスティに貸し出すには向きませんが……」
わたしもあまり使いたくないのです。
何せアンナがかつて使っていた鞭なのですから、沢山の人の血を吸っていそうで気味が悪くて仕方ありません。
それは例の石室内に無造作に置かれていました。存在自体は知られていましたが、状態保存の魔術が掛けられていましたので、その場から動かせず放置されていた物です。その為、解除すれば今でも使用することが可能な代物でした。
「ご心配無く。今回の外遊にも持参しております」
一応由緒ある物なので、放置していたら教の者達が「是非とも信仰の対象物として譲って欲しい!」とうるさくいわれてしまい、城にそのままにしておく訳にもいかず、仕方なく持ち運んでいました。
……あんな物を拝むのはやめて下さい!
状況を納得は出来ませんが理解はしました。
わたしの知らない間に持ち出されていたことについては苦言を呈する所ですが、ミスティに貸し出すことについてはやぶさかではありません。むしろ彼女の為になるのでしたらそれは喜ばしいこと。これ以上マダリンに文句をいっても仕方ありません。諦めて壇上に向かったのですが、既に試合が始まっていました。
───しまった! 話しに夢中で賭けるのを忘れていました!
ここで儲けた分のお金は、あの子達にお菓子でも買ってあげて還元する予定でした。
申し訳ないと心の中でミスティに謝りつつ、試合の行方に集中します。
予想通り、彼は開始早々盾に身を隠して矢の雨を降らせていました。ミスティはそれを器用に鞭で弾き返しています。流れ矢が客席に飛んで行く度に、彼に対しての非難の声が上がり、またミスティに対しての応援も聞こえて来ます。
「今回はミスティに賭けている者が多そうですね」
ランバリオンに向くと「ワレも彼女に賭けておる」と笑顔で返して来ました。下馬評ではミスティがやや優勢といった所だそうです。
実力というよりも人気の差でしょうか。姉としては嬉しい限りですが、大怪我をしないか心配で堪りません。
(アリシア、イザベラさま。いざという時はよろしくお願いしますね)
(オッケー!)
(わかったわ!)
今の内に、いつでもすぐに光の魔法を使える様に妖精をかき集めておいてもらいましょう。
これで一安心。試合に集中出来ます。
暫くすると矢を打ち尽くし終わった様なので、彼は弓を捨てて今度は剣を持って前に出るのかと思いましたが、今度は盾の陰から小刀の様な物を投擲し始めました。しかしもちろんそんな物は何の足しにもなりません。ミスティは危なげなく弾いています。
……なんか、やっていることが煩わしいというか、みみっちいですね……。
面倒臭いのを苦手とするわたしですので、見ていてあまり良い気がしません。
ミスティも同じ様に思ったのか、今まで鞭を振るい防戦一方だったのですが、飛んでくる物を避けながら前進し始めます。そのまま前に出ると、振るう鞭を捻らせて、器用に盾を避けて直接彼を攻撃し始めました。
慌てた彼はミスティに向かって盾を投げ捨てると剣を抜き襲い掛かります。鞭なぞ剣で切って仕舞おうと思ったのでしょうが、残念ながらあの鞭はわたしの特製品。そんじょそこらのものとは違います。魔力を込めれば剣如きでは刃が立ちません。当然ながら見事剣は跳ね返され彼が慄いています。
───よし! そこです! 止めを刺してしまいなさい!
宙を泳ぐ剣を掻い潜り、ミスティが胸元に滑り込むのを見て勝利を確信しましたが、その時、突然彼の着ていた鎧が弾け飛びました。
───なっ!
しかしそこは流石というしかありません。ミスティは風の魔法を使ったのか、それを素早く横に避けながら彼の首に鞭を巻き付けると、一気に捻り一瞬の内に気絶させてしまいました。
「良くやりました! お見事!」
思わず立ち上がって拍手を贈ります。
しかし彼女の勝利に喜んでいたのはわたしだけだった様です。周りからは困惑したどよめきが上がってきてしまいました。
……あら? どうしたのでしょうね?
結果として、双方反則負けの引き分け。
彼は攻撃の術具の使用。ミスティは風の魔法を使用した為です。
……まぁ仕方がありません。勝負は勝てたのだからよしとしましょう。
隣でランバリオンが頭を抱えていますが知りません。賭事は程々にしませんとね。




