其の11 二日目の講義 午後
お昼を挟み、午後は実学の講義です。
昼食を取り終え寮の方々と共に教室へ移動します。その間に「今日も昨日と同じかな? だったらいいねー」などと楽しそうな話し声が聞こえてきました。
……今日の実学の時間は昨日と引き続き同じ魔法の講義と伺っいますが、昨日は一体何をやったのでしょう?
昨日は呆然としていて午後の講義を全く覚えていません。
(どれ、ワシが教えてやろうか?)
それを無視し、恥を忍んでアリシアに尋ねます。
「ミリーも、覚えてないの?」
……も?
「やっぱりねー、アレは退屈だったもん。仕方ないよね。アタシも結局最後は寝ちゃったしサ。みんなも同じなんじゃない?」
昨日の実学はご年配の男性教師が教壇に立ち、時間内全てを使って魔法に関しての講義をされていた様なのですが、子供でも知っている様な、基礎的で退屈な内容を小声でボソボソと話されていたため、誰もちゃんと聞いていなかったそうです。アリシアはその時間、寮内の者との友好を深めたり、睡眠時間に費やしていたらしいです。
幸いでした。それでしたら問題ありません。申し訳ありませんがわたしもその時間は有効活用さて頂きましょう。先程の史学の復習でもしましょうか? アリシアみたく周りの者と親交するのも悪くありませんね。先程の講義の疲れがまだ残っていますから良い休憩時間になりそうです。
そんなことを考えていると、自然と足取りも軽くなり、気分良く教室に向かえました。
「みんなー! 今日からは魔法の実践を行うぞー! ちゃんとメシは食ってきたかー⁉︎」
───聞いていた話しと違いますよー!
教壇に立ったのは暑苦しい中年の男性教師でした。
「この中には、魔法を既に使える者と全く使えない者もいると思うが気にするな! 大丈夫! 先生と一緒にガンバってみんな使えるようになろうな!」
これは基礎課程の講義になりますから、魔法が使えても使えなくても受けなければならない強制講義になります。なので周りの者も、わたしと同様にうんざりとした顔ばかりになってしまったのは仕方がないことだと思います。
「先ずは精霊を見つけることからだ! ちゃんと出来るかな? さぁ、やってみろ!」
そんなわたし達を気にすることなく、彼は一人元気に叫びます。
精霊はそこかしこに存在しています。ただ、基本的に内気な性質のため、我々が意識しようとするとそれを感じ取り、人の目の死角へと入り込んでしまうのです。そのため精霊に好かれている者には自ら姿を現してくれるので問題はないのですが、そうでない者は見つけるのが難しいのです。
わたしは見つけること自体は造作はありません。何せ意識が三人分ありますから死角がないのです。
(ほれ、そこに水の精霊がおるぞ)
(あら、学舎なのに珍しいわね、コッチには小さいけど聖の子がいるわ。懐かしいわねー)
そう、わたしは見つけることは出来ます。
(あらやだ。やっぱり逃げていってしまうわねぇ……)
(ふん! 根性のない奴らじゃ!)
ただ、一切近寄ってくれません。すぐに逃げられてしまいます。
右往左往しながら精霊を探す者がいる一方で、サッサと精霊と仲良くなり簡単な魔法を披露する者もいます。アリシアは周りに複数種の精霊を纏わせて煌びやかになっていました。これには他の者はおろか教師も驚かせています。流石ですね。
一方、わたしはというと……。
「よし! 魔法が使える者はそのまま各自練習する様に。あー、威力が出過ぎるから杖を持ってる者も使っちゃダメだぞー! あまり大きな魔法を出して教室を壊すなよ? さー、魔法を使えない者はこっちに集まれー!」
もちろんその集められた中にわたしもいます。
その中で更に精霊を「見つけられる」者とそうでない者と分けられました。見つけられない者は引き続き探す様言われたのですが、見つけられても魔法が使えない者はわたしただ一人。
「なんだ? キミはすぐに見つけられるのに魔法がまったく使えないのか?」
上から見下ろされ暑苦しさが倍増です。
「……はい……。どうも嫌われている様でして……」
「大丈夫! 先生もそう好かれてる訳ではないがちゃんと使えるぞ! よく見てなさい!」
徐に素早い動きで手を振ると、その手の中には水の精霊が収まっていました。
……精霊って、手掴み出来るものでしたっけ?
目を見開き驚くわたしを見て得意そうにしています。
「こう、うまい具合に掌へ魔力を集中させるのがコツだ! 力を込め過ぎて握り潰さないようにな!」
水の精霊は明らかに嫌がっている様に見えますが、生殺与奪権を文字通り握られているためだからでしょうか、大人しくしています。彼は構わずそのまま呪文を唱えると室内に小雨が降り注ぎました。
「さあ、どうだ! やってみなさい!」
肩で息をしながら暑苦しい笑顔を向けてきました。
無理矢理従えたからでしょうか、その起きた現象に比べると疲労度が大きい様に見えます。確かに捕まえさえすれば、触れていますので、後は己の魔力を注げば魔法は発動するのですが……。
……これをわたしがやるのですか?
期待に満ちたその目は拒否することを許さない眼差しでした。観念するしかなさそうです。大人しく従いましょう。
…………
暫くすると、呆れた顔で彼は言い放ちます。
「キミは、先ず体力を付けるべきだな……」
その後、時間一杯教室内を走り回り回されたものの、結果として一度も精霊に接触することは叶いませんでした。
───こんなの無茶です! 体力以前の問題だと思いますよ!
「災難だったねーミリー。脳筋センセーに目をつけられちゃって」
「本当に災難でしたよ……」
昨日と違いまだ時間がありましたので、先に入浴しその後に食事を終えてアリシアと共に部屋に戻りました。
だいぶ疲労が溜まっていますので寮の階段を上がるのも億劫です。幸い明日は5日になりますので休日です。明日は一日中寝ているとだと心に決めました。
「明日の休みはどうする? 街に出るなら王都を案内するよ?」
「……お心遣いは嬉しいのですが、流石に明日はゆっくりしていようかと……」
「なら、次の休みにする? でも5日ごとの休みって面白いよねー」
「そうですか?」
学園内に限らず特別な職種でもない限り、殆どが1、5、10、15、20、25、30日と5日毎に祝日を設けています。月によって大の月、小の月と月末が30日であったり31日になったりと変わりますので、小の月は月末を跨いで連休となります。わたしの郷里でも同じでしたから、なんら違和感は有りませんがアリシアは違う様子です。
「ん〜わたしが元いた世界とはちょっと違うかな?」
「そうでしたか。慣れるまで大変だったのでは?」
「でも、一月の休みはだいたい同じね。連休が少ないのは損した気分になっちゃうけど、しょっちゅう休めるのはいいかな?」
そんなことを話しながら階段を登り、部屋のある階まで来た時です。アリシアが足を止め小声で囁きました、
「ねぇミリー……ちょっと待って。なんか隣の部屋の前に金髪の死体があるよ……」
何を馬鹿なことを……。と良く見れば、確かに隣のへやの扉が開けっぱなしなっており、その前に人が横たわっているではないですか。
互いに顔を見合わせ慌てて駆け寄ります。
「も、もし、もし!……大丈夫ですか⁉︎」
倒れている者は頭を打っていることがありますので、すぐに動かしてはいけないとの話しは聞いたことはありましたが、いざその場に直面すると出来ないものです。
アリシアと共に何度も身体を揺すります。
「……う……」
良かった。反応がありました。生きています。
「一体どうされたんですか⁉︎ 意識はありますか⁉︎」
「……ち、ちからが……入らなくて……」
意識が有り、特に目立った外傷も見当たらないことから大事はないだろうと判断したわたし達は一先ず安堵したのですが、このまま廊下に放っておく訳にもいきません。
戸が開きっぱなしであったことから、恐らく隣室の者だと思われますが確証はありません。ましてや人の部屋に勝手に上がるわけにもいきませんので、一先ずわたし達の部屋に運び入れることにします。
「……ねぇやっぱり、魔法って使っちゃダメかな?」
「……これは非常事態ですので、致し方ないと思いますよ……」
怒られたらその時です。緊急処置だったと主著しましょう。
例え二人がかりであってもわたし達では彼女を引き摺らずに安全に運ぶことは無理そうです。この場に応援を呼ぶことも考えましたが、うら若き乙女相手です。衆目に晒されるのは厭うでしょう。
風の精霊に頼んでわたしの寝台まで運んでもらいました。
その際に綺麗に纏められていた髪でしたが、風に巻き上げられてみっともなくざんばら髪になってしまったのは仕方がないと思います。諦めて下さい。




