其の116 王宮へ
その後の宿泊先では、わたしの要望が通りおかしな護衛は付かずに快適でした。それに合わせて変化がもう一つ。
わたしはこんなナリですから、それなりの格好をしていても、事前にわたしのことを話しに聞いていたとしても、どうしても彼等に軽く見られてしまっていました。それが露骨に態度に現れている訳ではありませんでしたが、些細な行動で気が付かされてしまいます。弟妹達というオマケ付きなのも拍車をかけましたよね。これは致し方ありません。
しかしあの晩以来、彼等の態度がガラリと変わりました。
「……ここから先は道が荒れますので、どうぞお気を付け下さいませ」
「こちらはこの辺りで特産の菓子になります。是非陛下達に献上させて頂きたく持参致しました」
「あちらに見えますのは……」
打って変わって下にも置かない扱いです。
……あからさま過ぎやしませんかね……。
しかしシャルロッテにいわせると、この国では当たり前なことなのだそうです。
「年齢性別は関係ありません。実力が重要なのです!」
先だって弟妹達の捕獲した者達ですが、それなりの実力者だったそうです。
兵士達の中でもある程度の技量が認められて初めてあの手の任務に就くことが出来、護衛に来ていた兵士達にとっては憧れの存在だったのですが、それを子供達だけで、しかも二人がかりだった者は何も出来ない内にあっという間に、一人を相手にした者も、多少は抵抗したものの軽くあしらわれてしまったとのことで、その話しを聞き、彼等は大層驚いたとのことでした。
「あの後、士達に質問攻めで大変でした……」
彼等から、「あの子らは一体何者なのか⁉︎」「ラミ王国の隠し球か!」「それともラミ王国の子供達はみんなあんなに強いのか!」と詰め寄られたそうです。
「あの子達は特別です。あの陛下に鍛えられたからこそあそこまでになったのです。あんな子たちが他にも沢山いたら大変ですよ。と何度も説明してやっと解放されました」
……これは教育の成果を喜ぶべきか、ルトア王国の兵士達の練度を訝しむべきか悩む所ですね。
しかしそのお陰で今の待遇があるのですからここは良しとしましょう。弟妹達もお菓子を貰って喜んでいますからね。
その甲斐もあって、その後の旅路は快適そのもの。
思えば君主になって以来、ここに来て初めて君主らしい扱いを受けているのではないでしょうか。
……忙しい日々でしたからね……。
このまま国に戻らず、ずっと旅を続けたく思う程でした。
暫くすると外遊であったことも忘れ、完全に物見遊山気分で快適に過ごしていましたが、王都まで残り半日もない所に差し掛かった時、現実に引き戻されてしまいます。
……儚い夢でした……。
「あ! ミリねぇ、騎兵隊が来るよ!」
「あー! ほんとだー!」
……みんな、目が良いですね。
わたしに見えてきたのは、その一団が随分と近づいて来てからでした。
「お! あの旗印は近衛騎士団のものですな」
護衛の兵士達も向こうに気付くと、お互いに手を振りあっています。
見ていると徐々にその一団から一頭の馬が飛び出して来ました。それに乗る者は一際豪華な装具に身を包み、明らかに高貴な雰囲気を醸し出しています。
……ふぅ……さてさて、お仕事お仕事……。
気持ちを切り替えると、馬車の近くまで来て馬から降りて跪いて待っている彼の元に、レイから杖を受け取ると降りて向かいます。
「元気そうな姿を見れて嬉しく思いますよ。久しぶりですね、アラクスル」
「お声掛け頂き有難う存じます。遠路はるばるお越し頂き感謝の念に堪えません。ご無沙汰しております。陛下。お変わりないお姿を拝見出来て嬉しく存じます」
……嫌味ではないのはわかっていますが、少しチクッとしたのは心が狭い証拠ですね。反省反省。
相変わらず、無駄に明るい彼の笑顔を見た所為でもあると思いますよ。
「……通話具でもお話ししましたが、堅苦しいのはおよしなさい」
「畏まりました。先生」
「宜しい。では案内を」
「はい!」
そのままアラクスル率いる騎士団を先頭に、王都へと向かいました。
ここルトア王国の王都はその作りがラミ王国と比べ、かなり異なりました。
「……ここは、城塞都市ですか?……」
街全体が高い壁というか砦にぐるりと囲まれています。
「いつ何時、どんな者が攻めて来ても対応出来るようにです!」
シャルロッテの常在戦場を心構えに持つルトア王国民らしい答えですが、その物々しい威圧感には圧倒されて気後れしてしまいます。
……ん?
遠目では気付きませんでしたが、近付いてよく見ると全体に模様の様に術式が刻まれていました。見慣れた状態保存の術式に少し似ていますが、それよりはとても簡素です。
(アンナさま、アレわかりますか?)
(ん? 術式か? ……あれは堅牢化……じゃから、防御の魔術じゃな)
壁を強固にする魔術の様です。昔からよくある魔術なのだそうですが、(あんなに大きいと、発動させるのにえらい魔力を持っていかれるぞ……)とても現実的ではなく、ここまで大きいのは見たことはないと呆れていました。最早様式美なのでしょうかね。
中へと続く大きな扉にも当然同じ術式が刻まれており、わたし達が近づくと大きな音を立てて内側に開かれました。
門番達が丁寧にお辞儀する横を馬車に乗ったまま潜り抜けると、街に一歩入った途端、耳をつんざくかんばかりの割れる様な歓声が轟きました。
「ラミ王国女王のおなーりー!」
『ウォー‼︎』
───ヒィッ!
……この国では、人だけでなく馬までよく訓練されているのですね。こんなに騒音では、我が国の馬では驚いてしまって一斉に騒ぎ立てることでしょう。流石です。
余計なことを考えてしまう程には混乱してしまいました。
ぎこちない笑顔でもって、馬車の中から手を振るのが精一杯。
……しかし、なんでみなさん、こんなに元気なのですかね……。
肉々しい身体を見せびらかしながら騒いでいます。その汗で蜃気楼が出来そうな程。しかも初め見た時は、沿道に見える者のはみな男ばかりかと思っていましたが、よく見れば女の方の姿もあります。しかし誰もがみな男達と似た様な様な格好をしていましたので、遠目からは見分けが付きませんでした。
……暑苦しい……。
そのまま見せ物となり王都中を行進させられ、ヘトヘトになって王宮に辿り着いた頃には、もう陽も落ち切っていました。
……勘弁して下さい……。




