其の115 ルトア王国内へ
見飽きた平和で平凡な風景が暫く続き、窮屈で退屈な旅でしたが、それは国境を越えるまでのこと。
ルトア王国に入ると目に入るものが様変わりしました。
街並みは見慣れた石造りの建物から、木材がふんだんに使われている建物へと変わります。行き交う人や置いてある物はどこを見ても異国情緒が漂い、その光景には興味が尽きません。特に印象深く思えたのはこの国の者達。道行く者の顔付つきは彫りが深い者が多く、明らかにわたし達とは異なりました。
国境を越えるとすぐに、ルトア王国側が用意した護衛の兵士が合流して隊列は更に膨れ上がりました。
馬車の中から彼らに挨拶をしたのですが、彼等も随分と特徴的です。
先ず、彼等はラミ王国や他の国の騎士達と比べて着ている鎧が随分と軽装でした。気候が穏やかな地域だからでしょうか? 動き易さを重視してなのでしょうか?
それもあって、その身体付きが強調されていました。
「みなさん騎士ですから雄々しいというかガッシリとしている方が多いのは当たり前としても、筋骨隆々で肌の色が濃い方が多いのですね」
アラクスルを思い出させます。
「……肌の色に関しましては地域柄、地黒の者も多いのですが……」
身体を鍛えるのを趣味とする者が多く、わざと日焼けして強そうに見せている者も多いのだと、シャルロッテか少し恥ずかしそうにしています。
……なるほど。確かに暑苦しい……。
そんな彼等と共にルトア王国の王都を目指して更に南下していきました。
今回ルトア王国に行くにあたって気がかりなことが一つ。そう食事です。例のラャキ国の件がありましたから身構えていました。
「ここは古くからラミ王国と交流がありますので、遜色ないとはいいませんがそれなりな物ですよ。ご安心なさって下さい。もちろん地域特有の味もありますけれどもね」
シャルロッテが自信満々に大丈夫だと胸を張っていますが、彼女の言葉を鵜呑みにするのは少々不安が残ります。
しかし蓋を開けてみればそれは杞憂に終わりました。
「確かに美味しいです。思ったよりも素材の味を生かしたお料理が多いのですね。これはこれでまた結構なお味です」
「お気に召して頂き光栄です」
温暖な地域柄、むやみに香辛料を使う料理が多く出るのかと思いましたがそうでもなく、優しい味付けです。
「王都に近付けば、新鮮な海の幸を使った料理が増えますよ」
「それは楽しみですね」
今回の外遊はこれだけでも成功といえましょう。
自国内の移動ではない為、ルトア王国内の宿泊先は各領主の館ではなく、街道筋の宿が宿泊地になりました。
ただでさえ大所帯なのにルトア王国側の護衛兵士もいますから、今やその数は膨れ上がっています。どうするのかと思いましたが、宿街一帯を貸し切ってしまうとのことでした。
それでは流石に他の旅人に迷惑が掛かるのではと危惧していましたが、「予めお触れを出していますから問題ありません」その地は飛ばさせているとのことです。
……思い付きで行動した結果、周りに多大な迷惑を掛けていますね……。
今更ながら自分の行いによる影響力を思い知り反省してしまいます。
わたし達に割り当てられた宿はその一帯で一番大きく立派な建物でした。それでもラミ王国側の者が全員そこに泊まれる訳ではなく、わたしを含めて主だった者達と護衛が数名。全員詰め込めば入り切るかとも思うのですが、それは駄目な様です。
……見栄とか面倒臭いですね。
贅沢に慣れていない身としては恐縮してしまいますが、ラミ王国の君主として恥ずかしくない行動をしなければなりません。黙ってそれに従います。
ここでの食事も満足し、後は入浴して就寝するだけでしたが、その前に安眠する為の準備が必要になります。
一仕事させる為、食堂を出る前に弟妹達を呼び止めます。
「お前達、気付いていますね? 何人ですか?」
「……一人……二人?」
「うんうん、三人!」
「ミスティが正解です。他の者達はもう少し頑張りなさい」
『……はい……』
周りの者が不思議そうにしている中、気にせず弟妹達に注意と指示を出します。
「わたしもこの国の法律には詳しくありませんから、揉め事を避ける為にも殺傷は控えなさい。他にお客がいないとはいえ、煩わしいですから騒がせない様拘束し、わたしが直接検分しますから部屋まで連れてくる様に。わかりましたね?」
『はい』
「宜しい。では三班に分かれて迅速に行動なさい」
『はい!』
元気に返事を返すと、五人は音も立てずに散りました。
「……へ、陛下⁉︎ ……」
「……一体なにが……」
こういった事態に慣れていないマダリンとシャルロッテが驚いて困惑してしまっている中、それとは対照的にレイは黙ってわたしの側から離れず待機しています。ミアは「あんなのが気になるなんて相変わらず小心者だな」と毒付いてきましたがそんなのは無視です。
「ちょっとネズミが入り込んだみたいですから、その駆除をさせに行かせただけです」
そう笑い掛けると、みんなを連れて部屋へ戻りました。
わたし達がこの宿に着いてすぐのことでした。こっそりと建物の中に侵入する者の気配がして、その時から気にはなっていたのですが、その場で騒がしくすると夕食を逃す恐れもありましたから、夕食を終えて寝る前に片付けることにしたのです。
部屋に戻って待っていると、程なくして縄で拘束された男三人が運ばれて来ました。
「命までは取っていませんね。よく出来ました」
『はい!』
……さてこの曲者共はどうしましょう?
床で転がる彼等を見つめながら考え込んでしまいます。
初めの内は、なんの目的か吐かせる為に詰問をしようと思っていたのですが、いざ目の前にすると面倒になってきました。
……それに他国でおかしな真似は出来ませんしね。
下手なことをして、国際問題まで発展したらエルハルト達に大目玉を喰らうことは必至。想像しただけでうんざりとして来ました。
よく見れば肌の色や顔付からしてこの国の者達の様です。ならばこの国ことはこの国の者に任せることにしましょう。
「シャルロッテ、遅くに申し訳御座いませんが、護衛の隊長を呼んできてもらえますか?」
彼に放り投げてしまうことにしました。
……風魔法で呼び掛けると、一人でいなかったら他の者にまで聞こえてしまいますからね。なるべく穏便に済ませましょう。面倒なのは勘弁です。
夜分にも関わらず彼はすぐに飛んで来ました。
「陛下、大変申し訳ございません! 賊が侵入したとか!」
彼だけではなく部下も十人ほど連れて来たので、途端に部屋の人口密度が上がってしまいます。
……うぅ……暑苦しい……。
こうなるのがわかっていたのならば、彼らはこのまま朝まで放置して、出発時に宿の外で引き渡すべきだったと後悔しました。
「この者達です。拘束済みですから、すぐにこのまま回収なさって下さい」
彼等ごとサッサと部屋から出て行って欲しく思っていたのでしたが、彼は賊の顔を確認するや否や、連れ出すどころかその場で平伏してしまいました。
「重ね重ね申し訳ございません! この者達は賊ではなく、我々の仲間です!」
……へ?
聞けば彼等は、わたしの身の安全の為、密かに宿へ潜伏し警戒していた護衛なのだそうです。
「……まさかお気付きになられるとは思いませんでした……」
「その心遣いは有り難いのですが、無断でその様なことはなさらないで下さい。そもそもその様な者は不要です。わたしの弟妹達にも敵わないのでしたら意味がありません」
「え⁉︎ ならばコレをしたのは……」
「ここにいるこの子達です」
「……まさか! ……」
暫くの間、並んで控える弟妹達を見て、口と目を大きく開けて唖然としていました。
……最早、暑苦しいというよりも、煩わしいですね。早く出て行って下さい。




