其の108 謝罪
……やはり食事というものはこうでなければいけませんね!
命を頂きそれを自身の命とするのですから、食材に対しての敬意が必要なのです。
……そこはやはり我が国の料理人はよくわかっています。彼等の腕も随分と上がったとみえますね。これは冷めても美味しく頂けるように考えて味付けされていますし、何より次の箸が進む様に計算され尽くされた献立。わたしの胃が求める物が余すことなく詰まっていますし正に至福! そもそも料理とは、食材という素材を組み合わせて新たなものを生み出すという行為事態こそが人としての尊厳を……。
「……陛下、陛下! お食事をなさったままで結構ですので、どうぞ我々の話しもお聞き下さい……」
「……失礼。続けて下さいませ」
食事に感動して夢中になっていましたら、見兼ねたエルハルトに諌められてしまいました。申し訳ありません……。
今回の魔獣騒動、レニーは簡単にことは済まないだろうと考え、数日に渡って長期戦になることを踏まえて王城と寮の料理人を何人か後発部隊に加え、食材と共にレロール領の領主の館に連れて来ていたのだそうです。
……流石、亀の甲より何とやらですね。
わたしは日帰りのつもりでしたから、そんなことは全く考えていませんでした。
日暮れ前にはレニー達もレロール領に入り、領主代行であるモールからわたしの伝言を聞くや、直ぐに国境の警備に付いていたのだそうですが、そこて警戒している時にレイへフランツィスカ達から連絡が入ったのだそうです。
「レニー隊長ー! たった今連絡が入りました! 陛下達一向は無事、件の魔獣を全て討伐したそうですが、その後サーチェイ領軍に拘束されたとのことです!」
「───なっ!」
レニーも、わたしには監視が常に付いていることは薄々知っていたそうで、彼女の言葉を疑った訳ではなかったのですが、それを聞いて、サーチェイ領軍に拘束されたではなく、交戦中の間違いではないのかと慌てたそうです。
……失礼しちゃいますね。そんな粗暴に見えますか?
「……その後、現場を確認させる為に若いのを領内に忍び込ませたり、エルハルトに連絡を取り、外交筋からこの国へ連絡や確認をさせたりと大変でしたよ……」
……ご迷惑をお掛け致しました……。
そんな忙しい中、レイが料理人達を急かして調理させていたことにも、更に混乱に拍車を掛けたとのことでした。
レニーが困り顔でチラリとレイを見ると、彼女は自信満々にわたしの前に出て来ました。
「陛下がご自由になさっていれば、空腹時にはご自身で採取などをなさり解決されるだろうから問題ないと考えておりましたが、この国の者に拘束されたと聞き、これは由々しき事態に発展するものと考えるに至った次第です!」
周りの者が一斉にうんざりとした顔付きになってしまいました。
「……その時は、彼女は一体何をいっているのだと思っていましたが、陛下を古くから知る者達は、皆が真面目な顔でその意見を肯定するものでしたから……」
彼女等の迫力には流石のレニーも口を挟むことは出来なかったそうです。
……お恥ずかしい……。
しかしこの惨状を見てしまっては何もいえません。
ここは、かつてサーチェイ領軍の詰所「だった」所です。
わたしの視界に入る範囲では、死者はいないまでも負傷者で溢れかえっており、方々から呻き声があがっています。
建物はほぼ全壊。既にその機能を果たしていません。今わたしが座る食堂のこの一角が唯一屋根のある場所となっています。
我ながら呆れてしまいました。
「……それで、先程から気になっているのですが、この平伏されている方はどなたなのでしょうか?」
食事を終えて、お腹が満たされたら周りに意識を向けられる余裕も出てきました。
「彼はここサーチェイの領主ですよ」
いつの間にか側に来ていたフランツィスカがそっと耳打ちしてくれました。
……貴女もいらしていたのですね……。
当然といえば当然ですが、よく見れば彼女以外にもマリアンナだったり主だった腹心の姿があります。また見知らぬ者達の姿もありました。
「表を上げて下さい」
流石に良い年をした者をそのままにしておく訳にはいきません。
声を掛けると、一度パッと頭を上げたのですが、また頭を下げ、矢継ぎ早に謝罪の言葉を捲し立て始めました。
「この度は誠に申し訳御座いませんでした……」
彼の背後に控えていた軍人達も同様に平伏し始めます。
そんな中でわたしは、彼等を横目に謝罪の言葉を聞き流して先程の行いを恥じいるばかりでした。
その場にいたわたしを良く知る者は、同情の目付きと侮蔑の目付きかに別れ見られていましたが、みな残念そうな顔付きに変わりはありません。
……これは居た堪れません……。
何もいえず、ただ黙って彼の言葉を受け止めるしかありませんでした。
「……その為、まさか陛下御自らがいらっしゃるとは夢にも思わず……」
それは仕方がありません。何せ正式には今日即位したばかりなのです。他国の者が知らないのも無理ありません。
……状況的にも格好からしても、不審者にしか見えなかったでしょうしね。
「お待ちなさい。例えわたしが何者であったとしても、貴国に越境して不法侵入を犯したのは事実です。それにそこで行った行為も、こちらの法に照らし合わせれば問題があったのかも知れません。その点につきましては、貴方もわたしを捕らえた者達も責めるつもりはありません」
……魔獣を倒したのは別としましても、勝手に魔石の収拾もしていましたしね。
ラミ王国では魔石は討ち取った者に所有権がありますが、この国では違うのかも知れません。
「……で、では……」
何故そんなに怒っていたのかと困惑しています。逆に、何故そんな簡単なことがわからないのだと、こっちが困惑してしまいました。
しばし双方困惑顔で黙り込んでしまいました。
状況を察したフランツィスカが、また耳元でそっと教えてくれました。
「……陛下、お恥ずかしい話しなのですが……」
この国はラミ王国と比べ、根本的に食に関しての考え方が違うのだそうです。
隣の国であるニカミ国同様この国は産業国。いわばお金稼ぎに重きを置く国で、利益率の低い一次産業に関しては二の次。必要ならば他国から輸入すれば良いのだと割り切っています。それらもあって歴史が進むに連れて伝統的な食文化は衰退し、現在では他国の者からしたら酷い食事なのが当たり前になっているとのことです。
(……なんか、アタシが前いた世界でも、似たようなトコがあった気がする……)
アリシアには得心がいったようですが、わたしには理解出来ません。食は人として一番重要なものではないですか。それを蔑ろにするだなんて……。
目を見開いて驚いていると、フランツィスカがとても恥ずかしそうにしてしまいます。
「陛下にとっては考えられないことかと存じますが、事実なのです」
目が合ったマリアンナまでもが恥ずかしそうに目を伏せてしまいました。
「……そうなると、アレはワザとではなく、この国では当たり前の食事と……」
家畜の餌でももう少しマシに思える物でした。
嫌がらせ以外なにものでもないと思っていましたが、考え過ぎだった様です。この時ばかりは、例えこんな呪いを受けたとしても、ラミ王国に生まれ落ちたことに感謝しました。この国かニカミ国だったらと思うと身の毛がよだちます。
思わず身震いをしていましたら、見知らぬ年配の女性が前に出てきて頭を下げてきました。
「宜しいでしょうか。陛下、お初にお目もじ致します。首相に代わりまして、私めが謝罪を申し上げさせて頂きたく存じます」
彼女の名はベッツィー・ハーン。首相秘書官長だと名乗りました。
国の重鎮同士、エルハルトとは面識があり、今回彼が慌てて連絡を取ったラャキ国内の者の一人で、緊急事態につき飛んで来てくれたのだそうです。
……ハーン?……。
「……叔母にあたります……」
確かにその青がかった緑髪はフランツィスカを彷彿させ、彼女が歳を重ねたらこうなるだろうと想像させる顔立ちでもありました。同じ眼鏡者同士好感が持てますね。
「この件につきましては後程改めて公式に謝罪をさせて頂きたく存じますが、貴国のことにつきましては姪からも色々と話しを聞いております。わたくしとしましては今回の件の様なことも御座いますし、例の件については前向きに検討したく思う所存です。つきましては、折角ですのでこの場でこちら側の考えと、貴国の求める条件との擦り合わせを改めて首相に変わって相談させて頂きたく存じます」
荒屋の片隅で、突発的に外交会議が始まりました。




