其の103 戴冠式当日
本日は戴冠式。
本来であれば朝早くから祝砲が鳴り響く予定でしたが辞めさせました。予算と時間の無駄を建前にしましたが恥ずかしいのです。しかし今朝は花火の上がる音で目が醒めました。
……そんな予定、ありましたかね?
周りの者に確認をさせた所、各街の有志が勝手に行なっているとのことで「中止させますか?」といわれましたが「善意による行為ですから有り難く受け取りましょう」そのままにしておきました。
……一応は歓待されている様で悪い気はしませんね……。
本来の戴冠式の日の流れは、まず午前中かけて王都周辺を馬車にてお披露目の行進。昼には戻り各国から呼んだ来賓達と共に食事会。午後からは限られた者だけで例の石室に行き、宝冠を被り王笏を持って玉座に座り宣誓をし、その後で王城にある謁見の間でもある大広間で、他の要人達の前で同じ宣誓をし、挨拶を受け、その後で今度は宝冠を被り王笏を持った状態のまま国民にその姿を見せ付ける為に暗くなるまでまた王都を行進し、夜は豪華な晩餐会を招待客達と共に催すことになっていました。
「無駄です。それにかつてはその様なことは行っていなかったと聞いています。全て古式に則れとはいいませんが、略式に変更しましょう」
アンナの時代はあの石の玉座があった場所が謁見の間であり、即位した時は、宝冠と王笏を身に付け、みんなの前で宣誓をしたのみで、街中を行進などもしていません。他所の国の要人も必ずしもいた訳ではなかった様ですし、聖餐などもせず、当日は多少豪華な夕食になっただけだそうです。
わたしとしてはそれで構わなかったのですが「流石にそれでは広く国民に周知出来ませんので……」反対する意見が多く、結局王都内でお披露目の行進だけはすることになりました。
「そこまで仰られるのでしたら致し方ありません。でしたら、午前の朝も早くからでは国民の迷惑となりますから、午後からの一回のみ行うことにしましょう」
それで手を打ちました。
その為、先ずは午前中に石室の間にて宝冠と王笏を身につけて限られた人数の前で宣誓を行い、大広間での挨拶も、残った王城内の者達向けに簡素に済ませ、昼から行進を行うことにしました。今回、他国の要人は招待しておりませんからこれだけで十分です。
「陛下、禊の準備は既に整っております。お時間が押しておりますので急ぎご準備を」
女中達に急かされて朝食もそこそこに、この寒い時期に水浴をさせられ豪華な衣装を着せられました。
「まぁ! 純白が良くお似合いですこと! 正に女王さまに相応しい!」
「かつて初代女王アンナさまも、最愛の伴侶を失った悲しみから、常に真っ白な礼服を身に付けていたとか……正にそれを彷彿とさせます!」
……お世辞とはいえ、そこまで褒められるとむず痒く感じてしまいますね。
(アンナさま、本当にその様な理由で白いお着物をお召しに?)
(……いや、わざわざ染める金がな……)
なにせ国を立ち上げたばかりでしたから、余計な出費は控えていたのだそうです。刺繍も面倒だったとのこと。
ここで彼女達の夢を壊してもしょうがありません。「有難う存じます」と素直にお礼をいい、そのまま黙ってされるがままに、髪をまとめ上げられ化粧を施されて加工は完了。準備が整いました。
「では陛下、お手を拝借致します」
「有難う存じます、レニー。それでは宜しくお願い致しますね」
わたしの親代わりのレニーに手を引かれ、石室へと向かいました。
背後にはレイやらエルハルトやら、わたしの首脳陣とも呼べる頼りにしている者達が続きます。
石室の前に着くと一旦そこで立ち止まり、この場で宝冠を被らされ王笏を渡されるのですが、事前の会議でこれらを授ける者で揉めました。特に教の方々です。
「純然たる古式ゆかしい継承式を行うには、我々以外他におりません!」
「あの様なことをしでかした貴方方に、その資格があるとお思いか!」
「それは其方も一緒ではないか!」
エルハルト側と教の重鎮達による会議は平行線を辿りそうになってしまいましたが、わたしの一言で大人しくなりました。
「今のわたし以上に、それを知っている者がいるというのであれば名乗り出なさい」
これには誰も何もいい返せません。その為わたしが独断で決めました。
エルハルトの指示の下、式典は進みます。
「ではイゴール。宝冠を持って前に進みなさい」
彼はかつて王と呼ばれた者。そうとなる前の名前に戻りました。今は家名も爵位もありません。かといって放逐する訳にもいかず、王城内で隠居状態になってもらっています。
……見事に老け込みましたね……。
豪華な衣装に身を包んではいますが、かつての覇気は鳴りを潜め、一国の王であった面影はどこにも見当たりません。完全に毒気が抜けています。
残った王族達との間に確執を生みたい訳ではありませんから、今回彼を採用することで、一応は気には欠けているのだという意思表示を示した形です。
……そういえば、残った王族達はどうしましょうかね?
やらなければならないことはまだまだ沢山残ってます。しかし今は式典に集中しなければなりません。
「ベス・プレンダ。王笏を」
彼女を採用することで教の顔を立て、自身の身の安全の確保も兼ねました。まだまだ彼等には心を許せませんからね。
この大役に抜擢されたことで、表情は抑えながらも全身から喜んでいるのを感じ取れます。
……今後、彼女が教の中で出世してくれれば、わたしも楽になるのですけれどもね……。
そんな打算的なことを考えている内に、粛々と宝冠は頭に乗せられて王笏を渡されました。
そして恭しく石室の扉を開けられ、わたし一人が玉座へと向かいます。
他の者達は中に入れませんので扉は開け放ったまま。玉座に腰掛けると彼等に向かって宣誓をします。
(アンナさま、宜しくお願いしますね)
(うむ)
彼女の言葉に続きます。
「わたしは、全ての国民が国の為に尽くしてくれる様に、わたしも皆と同じ様に尽くすことをここに誠心誠意違います。生涯を通じ、皆の信頼に応えるべく努力をし……」
長々とした宣誓は、かつてアンナが宣誓したものとは違いました。時代が経つにつれ変更されたり付け加えられていったのでしょう。
ゆっくりと語っていると、レニーやホルデ、寮友達が跪いて心配そうにこちらを見ている姿が視界に入りました。そんな彼等が心配する中、恙無く宣誓を終えると、次は謁見の間に移動し、ここでもまた同じことを繰り返します。
……面倒ですから、石室を壊してみんなが入れる様にしておけば良かったですかね?
その後は昼食を挟み王都内を馬車でお披露目の行進です。
「本当にやるのですかね……」
「陛下、今更です」
「観念して下さい」
先に乗って待っているレイとエルハルトに諌められながら、天井のない馬車に乗り込みます。
雨でも降ってくれれば中止になったものを……と、雲一つない晴天を睨み付けました。尚、雪の時は続行する予定だったそうです。
……こんな冷たい風が吹く中、裸馬車の荷台に乗って街中を引き回されるとは……なんという拷問なのでしょうね。陛下陛下といってはいますが、敬いを感じません……。
いくら愚痴を思った所で式は勝手に進行していきます。
わたしの乗る馬車の前には、レニー率いる近衛が数名馬に乗り先導します。その背後には残りの近衛達が馬に乗ったり徒歩で続く予定でしたが「特等席で見たい!」と主張するメイ、ベルトが馬に乗ってわたしのすぐ背後に続いています。弟妹達の頼みごとは断れませんね。
因みにミアは近衛達の最後尾。「しんがりはお嫌ですか?」体よく追い払いました。
……ミア姉さままで近くにいられては落ち着きません……。
隊列が城内を一歩出ると、いきなりお祭り騒ぎで歓待を受けて驚きました。
事前に告知はしていたものの、特に何かをする様に命令は出していません。それなのにすごい人出で、わたしを称賛する声が方々から聞こえてきました。
初めは気恥ずかしくてこの行進を渋っていたわたしでしたが、これを目の当たりにしてしまうとすぐにも心変わりしてしまいました。
……こ、これはなんとも、気持ちの良いものですね……。
思わず立ち上がると片手を上げて笑顔で応えて始めます。
……知ってはいましたが、わたしって単純ですよね……。
たまに聞こえてくる、わたしの姿を見てその小ささに驚く声もありましが今は気にしません。今日だけは許しましょう。……明日以降は許しませんからね?
そのまま順調に王都内を進んでいたのですが、丁度半分程進んだ辺りのことでした。
突然走り寄ってきた者がわたしの馬車に乗り込んで来たのです。
周りにいる者が誰もそれを諌める者がいなかったことからも、その様な人物は知れていました。
「……陛下、急ぎ直接お耳に入れておきたいことがございます……」
フランツィスカでした。
近くに控えるエルハルトやレイなどを介さずに彼女が直接伝えに来たことや、その深刻そうな声からも非常事態であることは容易に想像出来ましたが、ここで下手に素には戻れません。周りに笑顔を向けたまま視線も外さず小声で訪ねました。
「……如何なさいましたか?」
その内容を聞いて黙ってはいられませんでした。慌てて周りの者に指示を飛ばします。
「エルハルト! お披露目はここで中止です。すぐに馬車を停めなさい。メイ、そこにいますね? すぐにレニーを呼んで来て下さい。ベルト、背後にいるミア姉さまをここへ……」
……これは面倒なことになりました……。




