其の102 戴冠式の前に
その後、周りからの拍手喝采に少し気分良くしていたのですが、改めて周りの惨状を見て血の気が引きました。
……これは、元に戻さないと不味いですよね……。
地面は所々隆起していたり石塊が散乱しています。更にミアを固めていた氷を溶かしたことで辺り一面は水浸し。レニーの顔がひくついているのがここからでもよくわかります。
彼と視線を合わせない様、身体ごと逸らしてミアに向かいました。
「……ミア姉さま。後から条件を付けるのは良くないことだとはわかっていますが……」
現状復帰は敗者である彼女に託しました。
……身体はボロボロでしょうが、魔力はそう使っていませんでしたから大丈夫ですよね?
その後、彼等は通常の訓練に戻りました。ミアとレイも一緒になって訓練に参加しています。
……二人とも身体の方は大丈夫なのでしょうかね?
誰かが椅子を用意してくれましたので、折角ですからそれに座り暫くその様子を眺めていたのですが、いつの間に来ていたのか、メイとベルトがやって来て、目を輝かせながら先程の闘いについて詳しく聞きたいとねだられました。
「ねぇ、ミリねぇはいつの間に魔法が使える様になったの?」
「しかもミア姉よりも凄かった!」
正確にはわたしが使えている訳ではありませんが、わざわざそれをいうこともないでしょう。
「実は以前大怪我をしましてね、それ以来使える様になったのですよ」
「そうなんだ! でね、さっきのあのミアねぇを凍らした魔法、アタシに教えてよ!」
「ボクもボクも!」
少し困ってしまいました。
(アリシア、申し訳ないのですが、先程の魔法なのですけれども……)
(さっきの凍らしたヤツ? 教えていいんなら教えるけど、いいの?)
(そう仰ると?)
対象物を指定し、風の魔法で周囲の気圧を下げて凍らせているのですが、一歩間違えると人体にまで影響を及ぼしてしまい大変なことになるのだそうです。
……ミア姉さま、そんな危険なものをわたしに対して使っていたのですか? わたしのことを魔獣か何かだとでも思っているのですかね?
彼女に憤慨しながらもその内容について詳しく話しを聞くと、氷の刃よりもよっぽど危なものに思えました。
(……辞めておきます)
(そうだねー。その方がいいかも。それに説明してもデキるかな?)
かなり高度な指示が必要になるらしいです。
「……お二人がもう少し大きくなり強くなりましたら、その時に考えましょう。それまで心身共に鍛えておきなさい」
そういって近衛達の訓練に追い遣ったのですが、暫く様子を見ていると、今度は弟妹達相手に近衛達が挑み始め、みんな二人に惨敗してしまっています。
「……これは訓練内容を見直さなければなりませんな……」
側に控えるレニーの顔がとても渋くなってしまいました。
「確かに。これはわたしも少し考えなくてはいけませんね……」
明日の戴冠式を控えて、今日は朝からみんな大忙し。馬車に警備や食事など、やることは多岐に渡り、最終確認に忙殺されています。
既にわたしの分の仕事は終えていますから、邪魔にならない様に部屋で大人しくしていました。それでも来客はありますので、今はその対応中。
「ホルデ、朝早くから有難う存じます」
……流石のお養母さまも緊張なさってますね……。
レイは背後に控えていますが、室内に二人っきりだというのにソワソワしています。
「ここは他に人はいませんから、そう緊張なさらなくとも……」
「……いえ、陛下がこの大役をこなせるか心配で……」
それに最近は何かと忙しくしていたと夫から聞いています。といわれてしまいました。
……そっちお心配でしたか……。
それで何か付き添いだとかで手伝いをする為に呼ばれたのだど思っていたそうです。確かに覚えることも多く大変でした。ですがわたしには便利なあんちょこがあるのでそれは問題ありません。
……こういう時しか役に立たないのですから、アンナさま、精々頑張って下さいね。
「そちらではなく、ホルデにお願いしたいのは別にありまして……」
早速彼女を伴い近衛騎士が集まる場所まで出掛けました。
「それで、わたしが彼等を直接見て、確認すれば宜しいのですね?」
「そうです。わたしはホルデ程に、人の魔力の色を識別出来る者は存じておりませんので……。手間を掛けさせますね」
「いえ、どうせ暇を持て余しておりますので、こんな年寄りでもお役に立てるのであれば光栄で御座います」
そんなことをいっていますがアリシアから聞いているので知っています。身体もそう強くはないというのに、周りのご婦人方からとても頼りにされていて、常に相談事を受けて忙しいことを。レニーもそのことにはよく心配していました。
しかしわたしとアリシアという娘に逢えるのが嬉しいのか、作り笑顔でないその笑みを見て、こちらまで嬉しくなってしまいました。忙しい時ですが、無理をしてもお願いして良かったです。
「……ですが、彼等も今はとても忙しいのではないでしょうか?」
「確かに忙しいには違いがありませんが、丁度この機会でないと都合も悪いのですよ」
……近衛騎士が全員揃う時は中々ありませんからね。明日が戴冠式だからこその今です。一々一人一人確認するのは手間ですから。
その旨を苦い顔付きで出迎えてくれたレニーに告げると、わたしとホルデの顔を交互に見て、ため息を吐きつつ渋々ながらも了承をしてくれました。
「……陛下、お話しはごもっともですが、こういったことは事前にご連絡頂けると助かります……」
「あら? 昨日、考えるとお話ししたではないですか」
「……あの時はただの独り言かと……それに今日だとは仰っていなかったかと存じますが……」
「まぁ善は急げですよ。なんにせよ悪い話しではありませんし、時間は取らせません。みなを呼んで並ばせて頂けますか?」
「……畏まりました」
少々強引にですが、レニーとホルデ、わたしの三人の前に彼等が集合しました。
百人以上はいると思われますが、訳もいわれず集められたのにも関わらず、直ぐにも集まり微動だにせず黙って整列しました。
「……で、どうだ?……わかるのか?……」
「……貴方、せかさないでか下さい……。もう少しお待ちを……」
ヒソヒソ声で会話をする二人を他所に、わたしは近衛達を笑顔で見つめていました。
……それなりに規律も良く鍛えられているはずなのですか、今一つ頼りないのですよね……。
彼等は近衛騎士。わたしのことを護るというよりも、国に於ける有事の際に重要な役張りを果たす者達ですが、先日の様子を見てしまっては心配で堪りません。
世情が荒れている今、このまま捨て置くことは出来ません。かといって直ぐにどうこう出来る訳もありませんから、少し手助けをしようと思うのです。
「……ホルデ……どうですか?……」
「……確認した所、殆どの者は染まっておりますが、若干名怪しい者がおりますね……」
「……わかりました。ではレニー宜しくお願い致します……」
「……承りました……」
三人による密談が終わるとレニーが一歩前に出て叫びます。
「今から名前を上げる者は列から外れて端に待機!」
レニーの号令の元、動いた者は十名弱。思ったよりも少なかったです。
「……わたしが見た所、彼等も大分染まってきてはいますが、まだ陛下の望まれる域には達しておりません。不安が残る者達です……」
ホルデに識別してもらったのは、寮友達位までわたしの魔力に染まっている者とそうでない者になります。弾かれた者は新人だったり、出張で暫く王城から足が遠のいていた者達でした。
「今呼ばれた者は、明日以降暫くの間王城にて待機せよ! 残った者は後程陛下より術具を下賜されることになる。肌身離さず所持する様に!」
途端に残った者達から色めき立つ声が上がり、弾かれた者達は明らかに落胆している様に見えます。
……これは良い状況とはいえませんね……。
「───ダンッ!」
杖を突き一括します。
「お静かに! 何か勘違いをされている様ですが、この選別は実力による優劣は御座いません。お渡しする術具による同士討ちの被害を避けるという為だけになります。外された者にはその危険性が高いからです。そもそも、先日貴方方の腕前を拝見し、不安になり危惧した故にお渡しする物になるのですから」
……ミア姉さまだけならいざ知らず、弟妹達にまでとは……。
あの時は呆れてしまいました。
途端にみんな意気消沈として全体から悲壮感が漂うのを感じます。
「後程お渡しする術具については担当の者を派遣し、その際に詳しく説明をさせますが、これはあくまで護身用兼の攻撃術具。それに頼らず精進し続けることを望みます。しかしわたしは貴方方に身命を賭してことに望んで欲しい訳ではりません。そのお命は大事になさって下さい。その為にお渡しするのですからね」
『ハッ!』
周りから良い返事が上がり、それを笑顔でもって応えます。
……少しでも、国民の数を減らしたくはありませんからね……。




