其の99 報告会
少なくとも我が国にとしてはなんら異論がありません。後はわたしが国璽を押して、片方はゼミット国に送り届ければ終わりです。
その国璽が保管してある場所は二つの鍵で施錠されていますが、一つはわたしが持っていて、もう一つはエルハルトが持っています。
「マダリン、エルハルトを呼んできて下さい」
「畏まりました」
続いてベスに指示します。
「ミア姉さま達を浴場に案内して差し上げて下さい。それと彼女たちの着替えもお願いします」
旅の埃まみれの格好で城内をうろうろされては困ります。また変な者に間違えられてしまいますからね。
「ミア姉さま。後程詳しいお話しを伺いしたく存じますので、昼食の場でお会い致しましょう」
残った者達にも、各国で異常がないか至急確認を取る様に指示を出すと、部屋に残ったのはわたしとレイだけになりました。
エルハルトを待つ間、静かになった室内で、改めて手の中にあるゼミット国からの親書に目を落とすとそれが途端に重く感じ、今更ながら双肩にのし掛かる重責を実感して軽く震えが起きました。
……馬子にも衣装とは、正にミア姉さまの為にある言葉だと思いますね。
衣服はその人を印象付ける大事な物だということを改めて実感させられました。
昼食の席にやって来た彼女を見て、ため息を吐く者が続出。
元々大柄な体格で押し出しが強い性格ですから、整った恰好をしていればわたしなんかよりもよっぽどそれらしく見えます。
流石の彼女も食事の席では上品にしていました。もちろん無作法はわたしが許しません。メイ、ベルト、好き嫌いはいけませんよ。大きくなれません。
……しかしミア姉さま、昼間っからお酒はいかがなものかと思いますよ。折角淑女然としていますのにそれでは台無しです。
昼食は基本的に各所の者達との意見交換の場でもありますから、必然的に大広間で頂くことが多くなっています。この時にしか時間が取れない者もいますからね。
今日の議題というか報告は、姉達が遭遇した魔獣について。その為にいつもよりも人が多く集まっていました。
彼女の話しによると、魔獣に遭遇した場所はラミ王国にもほど近い、ラャキ国とパンラ王国の国境沿い。その辺りになると雪も少なくなっており、所々地面が見えていたそうです。
遠目では小山が幾つかある位に思っていたのだそうですが、近付いてみると、それがいきなり襲い掛かって来たので、慌てて一頭一頭倒していたのですが、気が付けばいつの間にか魔獣の群れに囲まれていたのだそうです。
「しかしありゃあ、普通の魔獣や獣じゃなかったね」
本来、仲間がやられれば恐れをなして逃げ出すものなのですが、そんなそぶりも見せずにどんどんと押し寄せて来たそうです。
結局面倒になり、水の魔法で氷の刃を大量に作成すると、それを風の魔法で広範囲に撒き散らし、仕留め損なったものも含めて、最後には土の魔法で辺り一面を草木ごとひっくり返して埋めてしまったそうです。
「いや〜、領外に出たのは久々だったが、この辺りは随分と面白いトコなんだねぇ」
そういって高らかに笑っていますが、そんな目にあって喜ぶのは、彼女以外にはアリシア位な者です。勘弁して下さい。
ほら、周りの者はその話しを聞いて顔を青くさせてしまっていますよ。特にフランツィスカなど顕著ですね。
……当然ですよね。何せ彼女の故郷ですから。
さて、往々にして武勇伝は誇張されて語られしまうものでして、特に今は特にお酒が入っていますから尚更です。彼女の語りを鵜呑みには出来ません。この場合は第三者の意見も参考にする必要があります。
「メイ、ベルト。襲って来た魔獣の種類、頭数、及び倒した数を覚えている範囲で結構ですから正確に報告なさい」
「はい!」
初め襲われた時にメイとベルトが協力して倒した数は、例の熊もどきが三頭。ミアは同じ魔獣をそれ以上に倒していたそうですが性格な数は不明。その後で囲まれたのは、熊もどきと、それよりも小型の個体。ミアが一緒に殲滅させた為、詳しい個体は確認出来ず。囲まれた魔獣の数は熊もどきだけでも初めに倒した数以上にいたとのことでした。
酔っ払いの戯言よりも、わたしの教育した弟妹達の言葉の方が信用出来るのですが……。
「……概ね、ミア姉さまの仰っていたことと乖離していませんね……」
それを聞いて周りが目を見開いて驚き、押し黙ってしまいました。
「それで、戦闘の後は必ず残党勢力の確認をする旨を申し付けておいた筈ですが、ちゃんと覚えてますね?」
「はい! その後でメイ姉と共に半径半里程索敵しましたが、当該魔獣の確認は出来ませんでした!」
「宜しい」
一先ず脅威は去ったとみてよいのでしょうか。
しかしわたしが安心しているのに、周りはまだ驚いたままです。
不思議そうに周りを見渡すと、目があったエルハルトが慄いた顔で口を開きました。
「……こ、この子達は一体何者なのですか……」
どうやら他の者の代弁でもあったらしく、一部を除き他の者までもがこちらを見て頷いています。
「わたしの弟妹ですよ? 紹介致しませんでしたか?」
「……いえ、そういうことではなく……」
「それよりもエルハルト。例の件はどうなりましたか?」
「はっ!」
結局わたし達を襲った魔獣を飼育していた関係者は全て粛清済みで、証言取りは出来なかったらしく、資金の流れ等から判断するしかなかったそうです。その為、あくまで状況証拠でしか確認が出来なかったそうでした。
「追える所までは絞ったのですが……」
エルハルトがフランツィスカに視線を移すと、彼女が代わりに話し始めました。
「数年前になりますが、ラャキ国内の商社が取り扱った商品として、パンラ王国からラミ王国に向けて、魔獣の幼生体を何頭か運んだという記録が御座いました。恐らく例の魔獣はそれを飼育したものかと思われます。詳しい個体や頭数につきましては目下確認中になります」
「と仰いますと、パンラ王国では魔獣を飼育しているのですか?」
知りませんでした。わたし以外にも驚いている者がいることからも、あまり有名な話しではなさそうです。それを察してマダリンが代わりに説明してくれました。
「鉱物魔石が主流となった今では斜陽産業になり、今では行なっている所はほとんどない筈なのですけれども……」
かつて魔石の主流は魔物等から採れる魔石でした。正確にはそれだけしかなかったのです。
狩猟によって採取するのが重でしたが、安定して供給が出来る様に、家畜と同じく魔物の飼育も一部では行われていたそうなのです。ただそれは生産性があまりにも低く一般的ではなかったそうでした。
「それをパンラ王国では未だ執り行っていると?」
「正確には、行っていた。が正しいかと存じます……」
魔物では、採れる魔石もたかが知れているので、更に大きく純度の高い魔石であれば採算が取れるかもと、魔獣の飼育にまで手を出した話しを聞いたことがあるそうです。
「ですが、丁度その時期に前後して、鉱物産の魔石の有用性が発見されましたから……研究段階で立ち消えになっていたと聞き及んでおります」
「しかし、その研究が今も続いていたと?」
「そうかも知れません」
「……パンラ王国の関係者も、ここにはいらっしゃいますよね?」
その者に尋ねた所、残念ながら魔獣の飼育については噂話だけで、詳しいことは知らないとの事でした。
「……王命で、密かに行っていたとしか……」
……彼女は反政府軍側の者ですから仕方がありませんね。
しかしその話しを聞いていて、パンラ王国が魔石の鉱山に固執する理由が何となくわかって来ました。
魔石は今やどの産業分野でも欠かせない物になっています。
残念ながらラミ王国にはその鉱脈を保有していませんが、代わりにそれを用いて様々な物を産み出す術を持っています。それ故に他国に対し有用性を示し続けているのですが、しかしながらパンラ王国にはそれはなく、あるのは僅かな鉱山のみ。
……これは是が非でも欲しいでしょうね……。
室内は更に重苦しい空気に包まれ、わたしを含めてみな黙り込んでしまいました。
そんな中、一人だけ空気を読まない者が。
「そうそう、その魔石だけどさ。あたしが倒した魔獣の魔石は、あたしのもんでいいんだろ?」
……ミア姉さま……。
ため息を吐きつつフランツィスカに視線を移すと、少し考え込んでいましたが「そうですね……あの辺りは境界が曖昧なのもありますし……」ラャキ国内から発生した魔獣でないのは確かであり、例えパンラ王国がそれを主張したとしても、それはそれで問題になるから構わないのではないでしょうか。とのことでした。
……それを聞いて、「結構な持参金になるな!」と喜んでいますが、ミア姉さま。まだ結婚を諦めていなかったのですね……。
彼女にも呆れましたが、マリアンナとフランツィスカが目を輝かせて「換金するなら是非ウチに!」と、二人してかなりくい気味に詰め寄ています。
……算盤なんかどこに持っていたのですかね? 深刻な話し合いでしたのに、これではぶち壊しですよ……。




