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其の98 しがらみ

 エルハルトが扉の前で、開けて良いものかどうするべきか困惑しています。


 わたしは反射的に首を横に振りながらそれを拒否し、どこか隠れる場所はないものかと辺りを必死になって探していたのですが、逃げる間もなく突然外から乱暴に扉が開かれて、ボロボロの衣服を纏った女が、腰や足に抱き付く近衛達を引き摺りながら入って来ました。


「ここにいたか!」


 ───ヒィッー!


 しがみ付く男共を物ともせず、彼女のはわたし目掛けてズカズカと向かって来ます。


 思わずそれにレイが反応し、腰の剣に手をやりましたがそれを手で制しました。


 ……さしものレイでも、彼女には敵いません……。


 流石に城内に入る際、剣などの得物は預けたのでしょうから腰には何も佩いてはいませんでしたが、例え無手でも、レイが切り掛かった所であっという間に剣を奪われて反撃されてしまうことでしょう。


 我が家で一番強いのはわたしかも知れませんが、武力としての腕は彼女が一番です。その実力は寮内はおろか単騎で彼女に敵う者は国内でもどれ程いるのでしょうか……それもあって、彼女には色々とあるのですけれどもね。


「ミ、ミア姉さま……」


 わたしの溢した言葉にみなが目を見開き驚いて、彼女とわたしを交互に見ています。


(え? あの人ってミリーのお姉さんのミアさん? 以前会った時とはまた随分と印象が……)

(あの時は、絶賛婚活中の時期でしたから猫を被っていたのですよ。……恥ずかしながらアレが本来の姿でして……)

 

 面識のあるアリシアまでもが驚いていました。無理もありません。わたしもあの彼女の格好だけを見れば山賊が野盗と間違えてしまいます。


 一先ずは警戒する近衛達に問題ない旨を伝え退出してもらいましたが、退出する際に何度も本当に大丈夫かと念を押されてしまいましたよ。


「フ〜……。ここは随分とかたっ苦しい所だねぇ」


 わたしが促さずとも、彼女は無遠慮に応接室の椅子へ腰掛けくつろぎはじめました。

 扉の外ではメイとベルトが所在なさげに立っていましたので招き入れます。


「なんだい? ここは客に茶の一杯も出さないのかい?」


 我に返ったベスが慌てて立ち上がると、お茶の用意を始めようとしましたがそれを止めます。


「申し訳御座いませんが、お茶ではなくお酒の用意をお願い出来ますでしょうか……」

「え⁉︎」

「酒精の強いヤツな!」

「宜しくお願い致します……」


 ……うぅ……家族の恥部です……恥ずかしい……。







 メイとベルトにはお茶とお菓子を出し、彼女にはお酒を用意したのですが、せっかく一緒に出した器を使うことなく、徐に瓶を掴むと直に呑み出しました。


 ……はしたない……。


 美味しそうに喉を慣らしている彼女を横目に、メイとベルトに向かってやや高圧的に訪ねます。


「……何故、彼女を連れて来たんですか……」


 他の者を連れてくるにしても、せめて兄や他の弟妹達にしてもらいたかったです。


「…だって……」

「ねぇ……」


 二人は顔を見合わせて仕方がなかったのだと言い訳を始めました。


 わたしの指示を受け取った彼女等は、急いで旅の支度をしていたのだそうですが、そこを彼女に見つかってしまったのだそうです。


 わたしのすぐ上の姉にあたり、彼女の下の妹であるミーナに先を起こされて焦っている彼女でしたが、折しも何度目かのお見合いがいつも通りの破断に終わり、過去最高にささくれ立っていた時だったらしく「なんだい。面白そうじゃないか」無理矢理同行して来たとのことでした。


「……姉さん……鬱憤晴らしに家族を巻き込むのはやめて下さい……」

「なんだい? あたしに文句があるのかい? ミリーも偉くなったもんだねぇ……。しかしあたしがいたお陰でこの子達も助かったんだよ? 感謝してくれなきゃ」

「どういうことですか?」


 詳しく話しを聞くと、ゼミット国からの親書は問題なく受け取れたのですが、予想通り陸路でパンラ王国とラャキ国の国境沿いを抜けて来たのだそうですが、その道中が思った以上に大変だったそうです。


「冬山なのに、勤勉な野盗にでも出くわしましたか?」

「会ったが、ありゃ野盗じゃなく軍人だったね」


 彼等が着ていた鎧などから察するに、パンラ王国側の者だったらしいのですが、出会った途端、どこの国の者かの確認もさせず、いきなり襲って来たのだそうです。


「もちろん返り討ちにしてやったが、構わないだろ?」

「襲って来たのでしたら一向に構いませんが、そんな者達でしたら、別に姉さんでなくてもこの子達でも何とかなったでしょうに……」


 実際、一個小隊位でしたらこの二人だけで戦ってもなんの問題もありません。それ以前に山中でしたら、互いに被害を出すことなく簡単に逃げおおせたと思います。しかしそれは姉である彼女ももよくわかっていました。


「そりゃそうだろうが、その後だよ」


 ゼミット国側の付近ではなく、ここラミ王国にも近い辺りのパンラ王国とラャキ国との国境付近に来た時のことだそうです。その時それが現れたとのことでした。


「ホラ、お前も知ってるだろ? 以前ウチの寮内に出たっていう大型の魔獣、アレの大群に出くわしたのさ。流石にあの数じゃ、この子達だけでは危なかっただろうね」


 隣でメイとベルトが頷いています。


「あの時と同じ魔獣が出たのですか?」

「そうなの。あの時の大きな熊みたいなヤツよ」

「それ以外にもいたけど、見たことない魔獣だった」


 それを聞き、室内の空気が一瞬にして変わりました。


(ミリー……。これってちょっと不味いんじゃない?)

(確かに剣呑ですね……)


 ここにいる者の殆どが、わたし達のアノ時の事情を知る者達です。


 ゆっくり周りを見渡すと、エルハルトに視線を止めました。


「過去のことです。今更どうのこうとははいいません。ですが例の魔獣、どなたが、そして何処から持ってきたのか、知っていることを洗いざらい話しなさい」


 怒気が漏れてしまったのか、彼は思わず跪くと搾るよう様な声で話し始めました。


「……か、かの研究をしていたのは国内の機関になりますが、既に粛清及び解体が済んでおります。……聞いた話しによれば、例の大型の魔獣はここで育成されたものではなく、他所から取り寄せたとのことでして……」

「早急にその入手経路の確認、及びその関係者で残っている者を連れて来なさい」

「ハッ! 畏まりました!」


 一目散に部屋を出て行きました。


「ヒュー! ミリー、カッコいいじゃないかい。ウワサは本当だったんだねぇ」

「茶化さないで下さい。それよりも肝心な物はどこですか?」

 

 それを聞き、メイがピタリとお菓子を食べる手を止めて、すっかり忘れていてたと気まずそうな顔で、、背負っていた荷物から油紙に包まれた物を取り出しました。


「お預かりしますね」


 それをミーシャが受け取り中身を確認します。


「間違い御座いません」


 そしてわたしの手元に。


 書類は二通ありました。共に甲か乙かの違いはありますが、同じ文面でゼミット国の国璽が既に押されています。


 本来であれば、その国の代表同士が実際に顔を突き合わせて内容を相談し、互いに納得した上で印を押す物です。そんな重要な書類をあんな年端も行かぬ子供に託すだなんて……指示したわたしもわたしですが、ゼミット国はおおらかというか、危機が乏しいというか……ほんと大丈夫なのですかね?


 書類とメイ達を交互に見ていたら、それを察したミーシャが「我が国では、陛下のご兄妹も有名ですから!」などと得意顔でいわれてしまいました。


 ……それはミア姉さまの悪名ではないですかね?


 それ以上に気になることがありました。この文面です。


「……これはそのままの意味として受け取っても宜しいのでしょうかね……」


 わたしから受け取ったマダリンがそれを確認し、一瞬目を見開きましたが「上々ではないでしょうか」と。ミーシャを見れば、「問題ありません!」と頷いています。


 ……他にこの中で良識的に判断出来る方は……。


(ほほぅ。これはまたなんとも……上出来ではないか!)

(アンナさま、これに承諾してしまっても宜しいのでしょうか? これではあまりにも……)

(向こうがそういっておるのだから問題あるまい!)


 そうわいわれましても、改めて見てもこの内容は我が国に対してあまりにも都合が良過ぎます。


 そう多くはありませんが、協力金という名の上納金の項目もありました。税金の扱いにするのでしょうかね? 


 他にも関税やら関所等の隔てる物は全て撤廃。これでは完全に属国……いえ、正にこの国の一部。国全体が領の扱いに思えます。それに対して付随するこちらの対価は、有事の際の相応体制位ですが、これはここに書かれていなくともそのつもりでした。


 ……こんな大事なことをこうも簡単に、書類一枚でその判断をわたしに託しても良い物なのでしょうか? これ、わたしがこのまま国璽を押せば、そのまま通ってしまうのですよ?

 

 更に気になったことがもう一つ。


 この書類、紙や墨の具合からして、どう見ても数年は経っています。かなり前から既に準備されていたことを考えると、ちょっと怖くなって来ました。


 ……ちゃんと、わたしの名前も書かれていますからね……。

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