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第5話 いまさらなにかを期待してるわけじゃない

 露骨にガサツな女を演じるようになったのは、ほかでもない。

 私の名前が、宮野唯から斎藤唯に代わってからだ。


「……よし、これで全部っ! かな」


 最後の段ボール箱を開封する。

 中から出てくるのは、私の商売道具の山だった。


 絵筆、小型のマネキン。クロッキー帳。

 駆け出しのデザイナーとしての私のすべてがここに詰まってる。


(なんてことはないか、最近はPCとタブレットで作業してるし)


 でも、学生のときからのツールもあって、特別なものであることは変わらない。


 シングルマザーだった母が再婚した相手の苗字が斎藤だったからで、その人が新しいお父さんになった。優しくて温和な人。

 実の父とは似ても似つかない性格で、そんな大人もいるんだって思ったのを覚えてる。

 それ以上に驚いたのが、一人っ子だった私にお義兄ちゃんができたことだった。

 

 斎藤公平。

 私が中学で所属していた美術部のOBで、家族となるその1年前にはすでに出会っていた人だった。


 そして、私の初恋の人でもあった。


 どうしてそんなことを思い出したかというと、いま私が人生で三度目になる引っ越しの途中だから。しかもまさにその義兄となった斎藤公平の隣の部屋への引っ越しという状況で。

 

(まぁ、それも自ら望んで志願したんだけどね)


――未だに彼女の一人もつくろうとしない、ふがいないアニキを更生するためにも……!


「べっつにー、いまさらなにかを期待してるわけじゃない! のだけどね……」


 引っ越し業者のお兄さん方がふたりがかりで運び込んだおかげで、マンションの5Fとはいえ重たいものを持って歩くこともなく、一通りの作業は予定よりも早くおわりそうだった。

 

 だから、いまは段ボールにまとめた私物の詰まった箱を開封しながら本棚やデスク周りに収納しているところだった。


「唯さん、なにか言いました?」


 女の子とふたりで。


 さすがに多少の荷運びが必要になるかもしれない、ということもありアニキの部屋の居候である彼女を借りての作業。

 重たいものを運ぶことはなかったけど、細々した作業を手伝ってくれるからすごく助かってる。


「ううん。なんでもないよ! あ、いつきちゃん今日の夜アニキって何時くらいに帰ってくるんだっけ?」

「んー……今日は定時であがれそうって言ってたから19時過ぎには帰ってくると思いますよ!」

「おっけー、じゃあ早めに終わらせて買い出しいこ?」


 曜日は金曜。

 だから世間一般的には平日で、社会人は仕事中だ。私はこの引っ越しのために有休休暇をもらってるけど。


 なので、絶賛ニート中のいつきちゃんのような子が居てくれると正直助かる。

 また、そもそもがこの新居はいつきちゃんの賃貸している物件だったから、色々と内装や設備について知ってる彼女が居てくれる方が助かる。


「それにしても……、生活感ないけどほんとに住んでたの?」

「ちゃんと半年住んでましたよー。そのうち、3か月は籠りっきりでしたけど」

「苦労したのね、でもありがとね! 冷蔵庫、洗濯機あと電子レンジも。おかげでほぼ家具家電付き物件だもん」

「いいですよ! むしろ滞納分の家賃のこととか……僕のほうこそいろいろありがとうございます」


 実は内緒にしてほしいとは言われたが、いつきちゃんの滞納分の費用はそのこーへーことアニキが大家さんと話をつけ支払ってるんだよね。

 だから、ちょっと返答には困るけど。

 かっこつけたいアニキの気持ちを尊重して言わないでおく。


「慣れた? 女の子の恰好」

「あはは……まだ、ぜんぜん。でも、おかげで外に出られるようになりましたよ! 外ってあんなに眩しくて、空気がおいしいんですね」

「なにそれ、シャバに出た囚人の気分?」

「そんな感じかも。……無断欠勤と、家賃滞納しただけで罪は犯してないですけどねっ」


 3か月――。

 絶望の中で、外に出ることもできずにいたのだろう。

 だって、急に性別が男から女になったのだから。


 それは、苗字が変わったくらいの経験しかない私には、想像もつかない苦労だろうけど。

 

――すっごく面白い!! って思っちゃった。


 それと同時に、ひらめいた。

 アニキを変えられるのは彼女みたいな特別な存在なんじゃないかって。

 

 だから《《今度の私は》》、サポートに徹するの。


「アニキとはうまくやれそう?」

「んー、どうなんでしょう。やっぱり、年上の人ですし。わからないことも多いです。やっぱり僕、迷惑なんじゃないかなって思うこともありますし。一人で気楽な生活だったと思うのに――」

「そんなことないと思うよ、ああ見えて面倒見がいいやつだしさ」


 そう。あのときも。

 私の初恋の人はあっさりと面倒見のいいお義兄ちゃんになった。

 

(迷惑かけてるんじゃないかとか、邪魔しちゃ悪いとか。ぜんぶ、むかしの自分と同じことを思ってるの、なんか面白く感じちゃうな)


「――うん。アニキは、いつきちゃんのこと大事に思ってるよ。ゼッタイ!」

「それなら、嬉しい。です……安心します」


 私がデザインした服に身を包む彼女は、女の私から見ても可愛く見える。

 たぶん、このあとお出かけするときにも、誰もが振り返るような存在なのだと思う。たぶんじゃなくて、確信してる。


 あのひともそんな人だったから。 

 いつきちゃんは、アニキの恋人だったあのひとに、どこか似た匂いがする。

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