第3話 ついにラブドールでも買った?
いつきは良い意味で自然体で、悪く言えば無防備だった。
仮にも女の子が(見た目上)、風呂上りに下着姿で歩きまわるのはやめてほしい。正確には、上はだぼついたシャツ一枚。下が女性用のパンツ一枚だ。
「俺は、お前を女扱いしないとは言ったが、前のズボンどこやった」
「あれ以前から使ってたのを、無理やり洗濯バサミでズレないように抑えてただけだから、履きづらいんです」
「ああ、今の体型に合わせた……レディースの服買わないか?」
「あはは……お金があれば、買ってますけど」
「だよな。まぁそこのへんは気にしないでいい。俺も家に置く限りは最低限の出費は覚悟してる」
「ありがと、こーへー。あ、でもこうなって……まだお金があるときにとりあえず下着だけはネット注文して。これ、いま履いてるんですけど。ブラとかサイズわかんないし、いいかな~って」
いいかな~って、良くないだろ。
いや元男であるという情報さえ排除すれば、俺にとっては眼福だし、実際そういう目で見てしまうところはあるけれど。
――そもそも、見た目だけは可愛いんだよな。こいつ
しかし、俺も女性ものの服に詳しいわけでも、そのサイズ感もわからんし。
お店で見繕ってもらうにも、外出するための服がないんじゃ仕方ない。
唯に助け舟を求めるしかない、か……。
俺は、取り急ぎ同じ都内に住む妹へLINEを打つ。
あまり、この状況を説明できるものではないけどなー。
見渡した先では、いつきが湯上りの身体を冷ますため、棒アイスを食べながらソファーに座っている。
白色のシャツがいかに男性もので丈が長いとはいえ、白いパンツと、そこから真っ白な生足を露わにした状態。
……どう説明したらいいんだよ。
――訳ありの女の子拾ったから……とりあえず服を着せたい。
変態かよ。
そもそも、1DKの間取り上、完全に二人の生活を分けることはできないし、プライバシーなどないに等しいのだが……。
以前から、キッチンが併設された6帖ほどのこのスペースをリビングがわりにしている。
簡易的な食事ができるように用意したソファーとローテーブル、そして家電としてはテレビと家庭用ゲーム機程度を置いている。
その奥にある唯一の8帖部屋が俺の寝室兼書斎で、そこから小さな階段を使ってのぼったところにロフトスペースがある。
このロフトのスペース、日当たりのために開けられた天窓からやけに眩しくなる。閉め切ればそれはそれで真っ暗で、寝ること以外には使いづらいスペースで、俺はいままで物置にしていた。
いつきは遮光カーテンと間接照明を持ち込んで狭いなりのプライベートスペースを作り上げていた。
趣味はもっぱら文庫を読み漁ることだったようだ。
ずっと買ってから使っていなかったタブレットを渡したところ、電子書籍を読むようになった。
服装が服装だから、ロフトへのぼる階段をいつきが使うたびに、どきどきさせられるわけだ。
「こーへー、ありがとね!」
「ん、なにがだ?」
アイスを齧りながら、急にいつきが俺への感謝を口にした。
「お部屋! 僕のためにロフト使わせてくれて。あとタブレット端末も……。僕生活費のためにパソコンもテレビもぜーんぶ売っちゃってたから――」
「いいよ、ロフトもタブレットも使ってなかったものだし」
「……ん、それでも。だよ」
問題は山積みだけど、素直な気持ちを口にするいつきの性格と、その笑顔を見ると。どうにかしようって思ってしまうんだよな。
「こっちこそ、まだ三日目だけど、だいぶ部屋も台所も片付けてくれてるし、助かってるよ。あと、今日作ってくれた料理もおいしかった」
「そう? クックパッドのレシピ通りにやってみたんだけど……、まさか、上京したときは『しゅふ』するなんて思わなかったけど、あ、えっと。『夫』のほうのしゅふですかね、この場合」
定番っていえば定番だけど、いつきの作る肉じゃがは美味しかった。
仕事から帰ると、「こーへー! おかえり!!」から始まって、料理がもう用意されていて、服は洗濯されてる。
俺のほうが、いつきに依存しそうになる気すらする。
妹からLINEの返事がきた。
<え? アニキに彼女ができたの? それとも、ついにラブドールでも買った?>
どっちも違う!
そうつっこみを入れようとしたら、もう一通届いた。
<とりあえず、見に行くから、あと30分後くらいに>
行動力だけはある、ガサツな妹がどうやらこの1DKに乗り込んでくるらしい。
この狭い空間に3人入るのは、入居以来はじめてのことになりそうだ。