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第2話 3か月ぶりに人と話すのたのしーですっ

――あの、助けてください


 ひとまず俺の部屋、501号室に連れ込み詳しい話を聞くことにした。


 入ってすぐに「わー、ぜんぜん内装違う~!」「え? 僕のところコンロ一口だったのに、なんで二口あるの?」「わ、トイレきたなっ……あ、ごめんなさい」と、好き放題に内覧をしていたので、無理やりに話題を戻す。


「まぁ、なんだ。なにがあった? 話だけは聞いてやる」

「あの……うーん。……こんな恰好だから、どこにも行けなくて、どうすればいいか、わかんなくて」


 そりゃそうだろな。

 免許はもってるかわからないが、まずその手の身分証はつかえないだろうし。

 そうなると、保険証もダメなわけか。


 そもそも、職場にも入れないだろうし……ああ、家賃滞納の理由はそれか。


「要するに、この3か月職場にも行けなかったわけだな」

「……はぃ。ぅぅ……留守電いっぱいはいってまして……昨日ポストに書類はいってまして、クビみたいです……がんばって就活したのに、やっと決まった内定だったのに……」

「いや……泣くところそこか? もっとあっただろう、色々」

「だって……僕、50社受けて、やっと受かったのが今の会社で――!」


 鬼気迫る感じに訴えてくる女の子。

 見た目には、女子高生と言われても信じるくらいの見た目で、だぼついたシャツを着ているのは、おそらく彼女が男だったときの私物そのままを着ているからだろう。

 下は……ああ、履いてるか、一応。

 ちらっとシャツの合間からショートパンツの紺色が見えた。


――もとは男とはいえ……こんなん、どきっとするだろ


「あー、まぁ……それは運が悪かったと思うしかないよなぁ……3か月無断欠勤じゃ、クビになるのは当然だし」

「無断じゃないです!! 何度も訴えたんですよ、電話で!」

「……その声で?」

「はい! この声で!」

「その可愛らしい女声で?」

「えっと……僕そんな、可愛い声してますか?」


 人は自分のほんとの声をわからないもので、だからこそ録音された音声のあまりのひどさに悶絶するものなのだけど。

 さすがに、分かれよ! その声じゃ会社も悪戯電話としか思わんだろうに。


「いや、あのさ。どうせ相手にされなかっただろう?」

「最初は一応聞いてくれてました……、で一通り聞いたうえで、加藤を出してくれるかなって」

「で、自分が加藤だと訴えたわけだ」

「はい、だって加藤ですもん。加藤いつき本人ですからっ! ほかに、なんて、言えと?」

「あー……そういうときはさ、妹とか言って、兄が寝込んでるとか、休職願いの出し方だとか……いや、さすがに本人じゃないと無理か、すまん、いまの自体に陥ってる時点で詰んでるわ」

「……ですよね~……まいった。なんとか食い扶持探さなきゃって思って……アフィとかUberとか手をだそうと思ったけど、ぜんぶ身分証でエラーになっちゃうんです!!」


 ご愁傷様。


 この日ノ本で生まれて、まさか齢20やそこらで難民になるとは思わなかっただろうな、この子。

 しかも、理由がTSって。アニメか漫画かよって感じだが。

 アニメとかだと、なんだかんだでうまく生活してんだよなぁ、身分証偽造してんのか、または魔法か?


「あー、性別なんで変わったんだ? もしかして、魔法かなんかで、身分証も修正できるんじゃね?」

「それができるなら、元の性別に戻って会社行ってますって」


 とりあえず会話するために座らせたベッドに二人腰かけながら隣同士会話をする。

 見た目は女子だが、話してみると会社の後輩の男の子と会話してる感覚で喋れるから、意外と緊張はしないもので――。


 まぁ、あまりその体つきを見なければ、だが。


「ちなみに、変わった理由は仕事さぼりたいな―って思って寝て起きたら。こうなってました」

「夏休みの最後の日によく思う妄想がかなったみたいな理由だな」

「はい! おかげで3か月ニートしたうえで、無事、解雇通知が届きました」

「よかったな」

「良くないですよ~~~!! どうするんです、ニートですよ! 実家に置いてきた家族が泣いちゃいますよ!!!」

「クビになったことより、急に性別がかわったことを嘆くと思うぞ」

「……そんなッ! こげんこつで実家帰れんくなると!!?」


 彼女が勢いよく重心をかけて喋るため、ギシギシと安物の折り畳みベッドが軋む。たぶん、俺が隣の部屋で聞いていたらそういうことを始めたとしか思わないだろう。実際、女の子を連れ込んでるわけだし。


 まぁ、隣は辛うじてこの加藤の賃貸契約となっているが……時間の問題だな。


「君の実家が福岡だということは今のでわかったけど、まぁ……そのうち戻るといいな」


 そう言って俺は軽くあしらって立とうとした。

 すると彼女は俺の腕をがっしりと掴む。


「……へ?」


 ぶかぶかの大きさのシャツから伸びた細い手首。

 小さくて綺麗な腕とその華奢な身体の全体重でもって俺にしがみつく。

 胸だけは、小さくないみたいだ。


「……ちょっと、なんだよ」

「助けて、くれなさそうだったから」

「――どう、助けろと?」

「わかんないけど……あの、お金はいつか、なんとかします……だから」

「――滞納分、払ってくれと? 俺みたいな素寒貧に8万はでかいぞ」


 さっき野次馬ついでに計算した金額からざっくりとそう伝える。

 貯金から崩せなくもないが、それをする義理はないわけだし。


「あの……違うんです。もう追い出されるのは良いんですけど……ここに匿ってほしくて。男に戻れるまででいいので」

「……は?」


 上目遣いの瞳に涙を溜めた女の子(に見える隣人)が、そう訴える。

 だから、言ってるだろう。


 そんな義理は――


       ***


「男同士、遠慮はなしだ。ビールでも飲むか? あーわりぃ発泡酒しかねーわ」

「あはは! 僕もビールなんて飲み会で上司と乾杯するときくらいしか飲まないので! 発泡酒さいこーですよ~」

「おう、それなら良かった。今後は二人分だから、余計節約することになるし、安物で勘弁しろよな」


 義理はない……。と思っていたはずなんだけど。

 どしてこうなった?


 俺はこの子の腕を振りほどくことができなかった。

 その結果、加藤いつきは大家に内緒で居候として匿う約束を取り付けてしまった。


 キンキンに冷やしておいた6缶まとめ買いした発泡酒(以後これをビールと呼ぶ)のうち2缶を冷蔵庫から取り出して、いつきに手渡す。


 二人ほぼ同時にプルタブを開け、軽快な音を聞いたら。その時点で喉が欲しがっているのがわかる。こうなると、犬みたいなもんだな。

 社畜だし、間違えはないか。

 

「まぁ、なんだ? 気を落とさず、これからの生活を楽しもーぜ、いつき」

「こーへー、ほんとありがとうござ……、えっと、ありがと!」


「「乾杯!」」 


 生ビールじゃないからグラスのかち合う音もないし、どこかアルミ缶のどよんとした感触がするだけの乾杯でも、俺はひさびさに楽しい気分を味わえていると感じた。


――学生の頃みたいで、悪くねーかも。

 

 俺たちは、お互いの今後の生活についていくつかルールを作った。


 ① お互いを敬語を使わずに貴賤なく呼び合うこと。俺のことは『公平』、彼女のことは『いつき』と互いに呼ぶ。

(タメ口について、いつきはムリですムリですムリです! と言っていたけど)

 ② 見た目は女の子だが、いつきのことは男として扱う。

 ③ (なんとなく格好いいから選んだが、物置と化している)ロフトに、いつきが寝ること。

(さすがに男とわかっていても、一緒のベッドで寝るわけにはいかんしな……色々な面でも)

 

「はい! あの、自炊とか……生活まわりくらいなら僕やるので。あとそのうち、《《この体でもできる仕事》》さがしますし」


 ちびちびと開けたばかりのビールを呑みながら少し上機嫌な様子で、いつきがそう言葉にする。


「それはダメだろ!」

「……え?」

「いや、そりゃ。そういう仕事だったら、身分証とかいらないかもしれないけどな、自分の身体大事にしろよ!」

「えっとー……もしかして風俗とかと勘違いしてません?」

「へ? 違うのか」


 盛大に勘違いしてしまったかもしれない。

 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「さすがに無理ですって~。こーへーは、急に女になったからって男の人とキスとか、その先とかできます?」

「絶対! 無理!」

「ですよねー、なので、無理です。ふつーに、仕事さがすだけですよ……内職的なのでも……。ずっとは、こーへーに迷惑かけられないし。大家さんに滞納分返さなきゃだし」


 話をしてみると、家賃滞納とは縁遠いくらいしっかりした子で、まじめな社会人だった。もう社会人じゃねーけど。

 

 俺はこのとき、もう一つ追加するべきルールがあったことに気づくべきだった。

 

 ④ 恋愛禁止


 それを思いつかなかったのか、口にすることをあえてしなかったのかは俺自身わからないことだったが……。


 缶ビールの500mlの缶をその袖の隠れた小さな両の手で挟むようにして持ち。ちびちびと小さな唇をつけながら飲み干していく、そんな小動物的ないつきの姿を見て、俺はもうすでに、可愛いと思い始めていた。


「……んー? こーへー、どうしたんですか? もう酔っちゃったんですか~? 顔赤いですよ~?」

「お前だって、もう十分赤いだろ」


 どうやら、普段は3缶くらいじゃ顔に出ない俺が、1缶の途中で酔い始めているらしい。


「ふふふ……3か月ぶりに人と話すのたのしーですっ」

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