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 結婚という制度はその始まりから形だけが完成していて、詳しい契約内容、手続き内容などはあとから定められたものだった。


 かの大王アレクサンダーが定めた形式にのっとって『指輪を交換する』『式を挙げる』などの形式は残っているが、書類上ではおどろくほど整備されておらず、いろんな箇所がふわふわしている。


 それは戸籍関係も同様であり、この世界は『見做(みな)し親』『見做(みな)し子』『見做(みな)し兄弟』などの関係が多かった。


 それゆえに『血縁者』をことさら『血縁』と強調し、血縁がある者との婚姻は重大なタブーとされている。


「私の父と私に血縁がないことが証明できればすべての事態は解決するのだが、その証明が難しい。家を漁っていたら私の血筋のものっぽい血統証明書が出てきたので、それを頼りにオルブライト様に私と父との血縁がないことを証言していただこうと、そういう次第で王都まで来たのだ」


「でも、それってあなたとお父様のあいだに血縁がないことを証明するものではないですよね?」


「それがなにか?」


「問題はないですね」


 銀の狐亭の客室は防音がしっかりしているようで、部屋に通されてドアが閉められると、外の騒がしさが遠くなったような心地になる。


 内部は机と衣装掛け、それからベッドのある『新区画』の宿にしてはやたらと豪勢なもので、壁の中にあるらしい本店はよほどグレードの高い宿屋なのではないかとニキータに予想させた。


 二人は長年の友人のようにベッドに隣り合って腰掛け、とっておきの秘密を打ち明けるように顔を見合わせて、笑い合った。


 まるで魂の姉妹とでも言えばいいのか、育ての父と結婚したいと漏らしてからの宿屋受付少女はやけに親身に話を聞いてくれて、ニキータもこんな話をしているというのに、やたらと心地よい気持ちでいられた。


「そういえば、あなたの名前をまだ聞いていなかったな」


 自分は宿帳に名を記したけれど、受付の少女の名はまだ知らなかった。


 年齢は十六、七歳ぐらいで自分と同じようなものだとわかるのだが、詳しいパーソナリティについての情報がなにもないのだ。


「申し遅れました。私は『ブラン』という名前です」


「そういえば姓はないのか? 王都民には今、全員に姓が与えられているという話だが……」


「同じ姓を名乗りたくない事情ある人がいまして」


「なるほど」


 まだニキータのいるあたりの村には『姓』が行き渡っておらず、姓がつくことによるいろいろなメリット・デメリットもふわふわとしか聞こえてきていないが……


 ニキータの耳が鋭敏に捉えたのは、『現在親子、兄弟である者には同じ姓がつく』『同じ姓がつくと見做(みな)し関係であっても血縁と同じ扱いになる』ということだった。

 ここに『血縁者とは結婚できない』が加わると最悪の破滅コンボになる。ニキータには許せるものではないし、奇妙に親しい空気をまとうようになったブランもきっと、その手の問題を抱えているのだろうと思った。


「……私たちの前に立ち塞がる社会というものは、あまりにも冷たく、厳しいものだ。『お父さんと結婚する』というのは、最初『微笑ましい』と思われるが、年齢を重ねるごとに『いい加減にしなさい』『やめなさい』『やめろ』『気色悪い』『怖っ……』と周囲の目が変わっていく……」


 隣でブランが超うなずいている。


「しかし私と父はほんの十二歳差だし、たぶん本当に血縁者じゃないと思うんだ」


「そうですね」


 ちなみに十二歳の父、母というのも、王都から離れた場所にはいないではない。


 初代大王の故郷たる村などは、十二歳で村人同士を婚姻関係にする風習がまだ続いているとかいう話も聞いたことがある。

 現代の風潮はせいぜい『結婚するなら早くても十五歳以上』みたいな感じだが、結婚に下限年齢が設定されていないので、違法ではない。


 まあそういう事情もあって『十二歳差の親子はありえない』とは決して言えないのだけれど、そんな現実は自分たちを救わないので、ここでいちいち持ち出す者はいなかった。


「なので私は……利用できるものはすべて利用することにしたんだ。このまま『かもしれない血縁』のせいであきらめることはできない。……たしかに、私がオルブライト様の血筋だったとして、それが父と血縁がないことの証明にはならないだろう。けれど……オルブライト様が『ない』と一言言ってくだされば、そのへんはたぶん、どうでもよくなる。なんせ有力貴族だからな」


「そうですね」


「私は……無理を通して道理を引っ込めるために、王都まで来たんだ」


「素晴らしい」


「よせ、褒めないでくれ。照れてしまう。……こんなふうに祝福されることはなかったので、どう受け止めていいかわからなくなってしまう」


「……ちなみに、あなたのお母様は?」


「これが故人なのだ。だからこそ血縁なし証明にここまで手こずっているというのもあるのだが……しかも、我ら親子は流れ者でな。父母はもともと冒険者で、母はその、なんというか……性に奔放だったらしく、父は当時関係のあった中でもっとも責任感が強く、押されると弱かったようで」


「なるほど……」


「……そういえば私の母も、あなたのように白い獣人だったな。いや、白というか、銀色というか……幼いころの記憶なのであいまいだが」


「オルブライト様の血縁に白い獣人がいたのでしょう。白い獣人自体は……今だと全然いないらしいですけど。変な集団にさらわれたりもするし……けれど、少なくともその血はあなたのお母様に継承されていたのですね」


「そうだな。私は母に全然似なかったらしいが……種族自体は父母どちらかのものになるが、髪や目の色は隔世で特徴が現れるらしいからな。この赤毛がオルブライト様との縁をつないでくれるなら、父母どちらにも似なかった容姿に感謝したい思いだ。いや血縁上の父は顔も知らないが」


「なににせよ、父がいて母がいないというのは、いい状況です。父と結婚したい時、たいていもっとも大きな障害が母になりますからね……」


「それは確かにそうだな。先に生まれて先に出会っていただけで、なんという不公平なことか……」


「その通りだと思います」


「……ところで話し込んでしまったが店番は大丈夫かな?」


「たぶん妹が察してやってると思います」


「店は姉妹でやっているのか」


「姉妹でやっているというか、母と妹に連れ去られて押し込まれたというか……まあパパの店ではあるので、真面目に働きはしますけれど」


「そうか。お互い大変だな。……この道には数多(あまた)の困難があることだろう。私の成功が少しでも君の希望になれたなら幸いだ」


「ええ。ではオルブライト様との面会はいつごろになさいます?」


「ん? いや、それは早い方がいいが……望んだところで会ってくれるわけでもなかろう」


 ここでブランはじっとニキータを見ていた。


 ニキータはいたってノーマルに十二歳歳上のずっと一緒に過ごしてきた異性を恋愛対象にする少女だったが、ブランの温度を感じない美貌でじっと見つめられると、やっぱりどきっとしてしまう。

 もしかしたら歳上の男性の他にもかわいらしい少女のことも好きなのかもしれない……と自分の中に未開拓の領域がある可能性に思いを馳せていると、ブランが顔を近づけ、声をひそめるように述べる。


「実は、コネがあります」


「なんと」


「普段は頼ることはないんですけど……というかまあ、ぶっちゃけてしまうと、あの人はちょっと苦手なので……かわいがりが過ぎるというか」


「なんと」


「……けれどあなたの恋を私は応援します。普段であれば使わない手段も使いましょう。つなぎはつけます。『銀の狐』の名にかけて」


「なんと、屋号にかけてまで……!」


 ブランがぎゅっとニキータの手を握る。


 自分よりずいぶんほっそりしていて綺麗な指だと思った。


 ニキータは血筋的に貴族のはずなのだが、育ちが田舎村なもので、野良仕事も多く、手はごつごつしていて、荒れていた。

 肌も日焼けしているし、くすみやシミも気になる……なにせ好きな人がすぐそこにいるのだから、なるべく綺麗でいたいのだ。


 それに対してブランは『王都育ち』というだけでは説明がつかないほどに綺麗だ。華奢で、柔らかく、女の子らしく、いいにおいがする。


(彼女は恩人だが、絶対にお父様には近付けないでおこう)


 お互いに違う相手を追い求めているのでブランが父になびく可能性は皆無だが、父は気が弱く押しに弱く、あと小さくてかわいいものが好きだ。父の方が目移りするかもしれない。

 母も年齢にしては小柄で幼い見た目をしていたらしい。自分はどちらかといえば老けているので、そのへんも気にしていた。


「応援しています。どうか、愚かな戸籍制度の整備が始まる前に、あなたは逃げ切って幸せになってください」


 ブランの瞳には尋常ではない熱量がこもっている。


 普通の者ならばひるみ、怯え、ドン引きしそうだったが、ニキータはその熱を受け止めるだけの芯があった。


「必ず、幸せになる」


 二人の少女は手をとって見つめ合い、うなずきあった。


 世界で同志など一人もいない、家族でさえも味方してくれないと思っていた二人は、互いに同じ夢を追える同志を見つけたのだった。

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