夢を見る
夢を見る。婚約者である王太子に殺される夢。毒殺、絞殺、斬首…色々な手段で殺された。そんな夢の中、いつも彼の隣には平民の少女がいる。聖女として彼の側に侍る彼女は、彼から深く愛されていた。華奢な身体、可愛らしい顔立ち。その裏の顔など、私以外には誰も知らない。彼女は私をいつも嵌める。『平民である自分が聖女に選ばれたことを妬み、陰湿なイジメを繰り返した悪女』として。しかし夢の中の私は一度もそんなことはしていなかった。だけれども、みんな彼女を信じる。聖女だからと。家族さえ私を見放した。まあ、実は家族になんて最初から期待していなかったけれど。家族に見放されたことよりも…大切な婚約者に疎まれ殺される方が辛かった。この夢も今日で百回目。もういい加減に終わりにして欲しい。そして私は、王太子殿下に首を斬られて殺された。
眼が覚めると、三歳の誕生日の朝だった。この歳にしてこんな夢に悩まされる私って一体…。両親も兄も普段はまともに構ってくれないが、さすがに誕生日のお祝いくらいはしてくれる。誕生日パーティーという形で。まあ、ようは見栄のためである。
さて、誕生日パーティーの席。お父様は言った。なんでも一つ願い事を叶えてあげようと。もちろん叶えられる範囲で、という条件付きだが。いつもの夢では、私はぬいぐるみを強請っていた。宝石があしらわれた高級なテディーベア。しかし、私はふと思いついた。夢と違うことをしてみたらどうなるんだろう、と。私は強請った。
「お父様。来年は小麦が不作になります。私の誕生日プレゼントとして、小麦の出来る限りの備蓄をお願い致します」
大人達は目をまん丸にした。だが、幼い子供の聖女様ごっこだろうと考えたのだろう。頷いて、それを叶えてくれた。それ以降はあの夢を見る頻度はがくんと減った。そして、あの夢にも私の行動の結果が反映されていた。翌年、本当に小麦が不作になり、我が公爵家の備蓄によって僅かでも国が救われたことで私は予言の聖女として持て囃されることとなった。あの夢では私は、『一度きりの聖女様』と呼ばれるようになっていた。それでも結末は変わらなかった。
次の誕生日、私は誕生日のお願い事に『とある日に豪雨災害が起きるので、領民達とその家畜やペット、それと持って来られるだけの全財産を我が公爵家に避難させてやって欲しい』とお願いした。見事に予言は的中し、領民達の命と財産は守られて、私はまたも予言の聖女と持て囃される。あの夢を見るペースは更に落ちたし、行動の結末も更に反映されて『二度の奇跡の聖女様』と呼ばれるようになっていたが、結末は一緒だった。こうなると中央教会が私を放っておくはずもなく、私は出家を求められた。両親も兄も、私を王太子殿下…今は第一王子殿下か。彼の婚約者にするつもりでいたので私の出家を拒んだ。だが、それでは夢と同じ結末になる。私は私付きのメイドの協力を得て、こっそりと中央教会に逃げ出し出家。そのまま中央教会に引き取られた。
その後中央教会と実家のいざこざはあったようだが、私は無事幼き聖女となった。これで王太子殿下の婚約者になることもないし、破滅の未来も避けられた…わけはなく。夢をまた頻繁に見るようになってしまった。今度は王太子殿下の婚約者としてではなく、偽物の聖女として断罪される夢。またも王太子殿下に殺されまくった。
そこで私は誕生日の日に聖王猊下にお願いをした。
「ある日から、スラム街から少しずつ流行病が広まります。中央教会から治療魔法を使える者たちを送り込んで未然に防ぐべきです。お願いします」
その日からまた夢を見るペースはがくんと減った。しかしそれでも、たまに夢を見る。『予言の聖女』と呼ばれる私は、またもあの平民の聖女に偽物だと断罪され、王太子殿下に殺される。もうやだよ…。
ある日、まだ王太子になっていない第一王子殿下が私に面会したいとやってきた。そこで第一王子殿下は信じられない話をした。
…なんと、第一王子殿下も同じ夢を見るらしい。そして、更に第一王子殿下は夢の中でいつも、私を殺した後に平民の聖女が私を嵌めたのだと気付くのだとか。そのあとその平民の聖女を断罪するそうだが、死んでしまった私には関係ない話だ。
王太子殿下も私の動きと夢の連動を見て、もしかしてあれは予知夢ではないか?ならばもっと積極的に変えるべきではないか?と思い面会しに来たとのこと。だから私は第一王子殿下に頼んだ。
「あの平民の聖女を調べてください。何か出るかも知れません」
ー…
第一王子殿下にお願いして数ヶ月。第一王子殿下が面会にやってきた。満面の笑みで。
「ではあの平民の聖女は、聖女ではなく魔女だったのですね」
第一王子殿下曰く、あの聖女こそ偽物で、あの魔女が周りの人を魅了魔法で洗脳していたのだとか。彼女の魅了魔法の力の弱い今のうちに魅了封じの首輪を嵌めたので、もう悪さは出来ないらしい。また、今の時点で既に魅了魔法を悪用していたので身分も奴隷に落とされて、過酷な労働環境でこき使われているらしい。
それからというもの、私も第一王子殿下ももう夢を見なくなった。だが、何百回と同じ夢を見たので記憶は鮮明だ。私も第一王子殿下も夢で見た出来事を、良い出来事はもっと盛り上がるように、悪い出来事は被害をなるべく防ぐように動いた。そうして私達は国を共に盛り上げて、いつのまにか夢の年齢…十八歳になっていた。
「王太子殿下、そろそろ婚約者を決めなくてはいけないのでは…?」
「そうだね。私もそろそろ覚悟を決める時のようだ」
「応援していますね」
「ああ、ありがとう。…ナタリア」
「はい、王太子殿下」
「どうか還俗し、僕の婚約者となって欲しい」
私に跪き、王家に伝わる指輪を差し出す王太子殿下。
「…でも、私は」
「わかっている。私は夢で何度も君を殺した。君は…何度も夢で私に殺された。受け入れてもらえなくて当然だと思う。それでも、私は君が好きだ。伝えなくては次に進めない。…身勝手ですまない」
「王太子殿下…私、私は…私も、それでも王太子殿下が好きです」
「…え?」
何度も夢を見た。何度も貴方を好きになった。例え魅了魔法で操られていたとしても、貴方の所業は許せない。けれど…貴方を心から嫌いになることも出来ない。どうしても、貴方に惹かれてしまうのです。
「ナタリア…もし、もし望んでもいいなら、私をリカルドと呼んで欲しい」
「…リカルド様」
「この指輪を、君に…」
私の左手の薬指に指輪をはめるリカルド様の手は震えていた。それが歓喜からなのか、それとも別の感情からなのかは私にはわからない。わかることといえば、私にはリカルド様が必要で、リカルド様には私が必要だということくらい。何度も見た夢は、ここから先は示していない。私達はこれから、自分の力で国を守る必要がある。それでも、リカルド様となら頑張れる。私は、これからリカルド様のために出来る限りのことをしよう。
ー…
国王リカルドと王妃ナタリア。二人はおしどり夫婦で有名である。予言の聖女だったナタリア妃は、お世継ぎを産んだことで予言の力を無くされた。だが、リカルド王を良く支え、民を導くその姿はまさに聖女そのもの。お世継ぎである王子達も立派に成長している。この国の将来はこれからも明るいだろう。