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第十五話 ドラゴン屋敷の謎(3/4) 深淵の底へ

 がしゃりがしゃりと重く金属的な足音がする。太い五本足を操るそいつは、侵入者を見つけ出すべく通路を徘徊する。

 人間の身長を越える巨体は、素材不明な装甲で覆われている。円錐の身には多彩な武器が取り付けられていて、攻撃的なこと極まりない。

 赤い光を放つ無機質な単眼からは、ひとかけらの慈悲も容赦も感じさせない、冷徹無情な鋼の狩人。


 そう、ヴァラデアの宝物を外敵から守る警備ロボットさんである。

 一体だけではなく、迷路のあちこちに配置されている。彼らの目をかいくぐり、罠にも細心の注意を払いながら、密やかに通路を駆け抜ける。


 彼らはなかなか性能が良い。神秘で姿を消した状態でこっそり側を通ろうとしたら、普通に見つかってしまった。熱源か何かを視たのか、視覚以外の感知方法も備えているようだ。

 見つかったとたんに虫のような小型ロボットも大量に出てきて物量攻撃を仕掛けられて、逃げ切るのになん十分もかかったのは苦い失敗である。

 神秘によるごり押しが通用しないために、敵一体をやり過ごすたびに無駄な苦労と時間の浪費を強いられている。


 力によるごり押しはしない。ぶん殴って壊してやったほうか手っ取り早かったりするが、あんな高価そうな家具を壊してしまうのは、精神衛生上良くなさすぎる。

 すでに残骸がいくつか転がってるいのは見なかったことにする。誰がやったのかは言うまでもない。

 あの子は自由だ。宝物庫を荒らして楽しむ自由があれば、最強お母さんに叱られて絶望する自由もある。お姉ちゃんにはとても真似ができない。


 いろんな方面での前途多難さにひとつため息を吐き、今は集中しなければと将来への懸念を強引に封じ込めて、黙々と前へ進む。

 前に進めてはいる。同じ場所を行ったり来たりはしていない。居場所感を狂わせてくる類いの罠に引っ掛かりさえしなければ、そのうち探索し尽くして踏破できるはず。


 そんな希望的観測を嘲笑うかのように否定してくるのが、この迷路の嫌らしいところだ。

 なにげなく壁に触れると正解のチャイムが鳴り、白い壁に四角い切れ目が入って横滑りに開いた。


「隠し扉……? クソっ、こんなもんまで」


 もしや、こういうのを見つけないと先に進めないのか、今までは間違った道を右往左往していただけではないかと思って、やや気が遠くなる。

 ちょっぴりひん曲がりかけたやる気に、威勢良くひと鳴きして活を入れる。嘆いたところでどうにもならない。立ち止まっても活路は勝手に開けることはないのだから、気を強くもって面を上げた。


 無心で少し歩くと登り階段を見つけたので、とりあえず上がる。

 その先は地下三階。この階層には複雑な構造の迷路があるだけで、ドラゴンにとって面倒な罠も敵も無いとわかっている。そのぶんだけ、少し気楽にやっていける。


 複数階層ぶん溜めてきた、頭の中にある地図を頼りに突き進む。探索済みの場所は避けて、ときおり吹き付けてくる毒であろうガスを無視しながら、しらみつぶしに地図を埋めてゆく。

 あと隠し扉も見つけるために、歩くついでに尻尾を振って壁を打つ。こういうときに尻尾は便利だ。


 ひたすら打ち続けていると、やがて反応があらわれる。またチャイムが鳴って、見た目は何もないはずの壁が割れた。

 開いたところを覗き込んでみる。あるのは通路ではなくて部屋。迷路の続きじゃなくて、部屋だ。


「っ、部屋だ!」


 久方ぶりの変化につい喜び勇んでしまって、安全確認を怠ったまま突入してしまう。幸い、罠はなかった。


「ここ、美術館?」


 静かな部屋の中ををざっと見回してみて、受けた第一印象がぽろりと口からこぼれる。

 育児部屋を三割増ししたくらいの広めの空間に、ガラスケース付きの台座や額縁が整然と並べられている。照明は常夜灯程度の強さで薄暗いのだが、ケース周りにのみ控えめスポットライトがあてられている。貴重な品々を見栄え良く展示する、博物館のような雰囲気であった。


 ここが件の宝物庫か。しかしエクセラが言っていたような金銀財宝の姿は無く、あるのは大した価値のなさそうな小物ばかりだ。

 財宝のほかには骨とう品やら思い出の品やらも保管しているとも聞いていたので、この部屋は後者を収める倉庫なのかもしれない。

 外れか、とは思わない。これはこれでおもしろい物があるかもしれないのだから、さっそく鑑賞してみることにした。


 第一の品、薄明かりに照らされるケースの中に、汚れた布切れがきれいに畳まれて置いてある。


「うーん……」


 素材は安っぽい木綿あたりのように見える。経年劣化のためか色あせていることに加えて、全体的にほころびだらけの染みだらけのクタクタなので、正直言って汚いゴミにしか見えない。

 こうして丁寧に保管されているのだから、ヴァラデアにとっては大切な物ではあるのだろう。それがわかっていても、説明書きも何もないのでは、どう頭をひねって考えてみようとも価値を見出せそうになかった。

 由来を解説してもらえば、その貴重さを理解することができるのだろうけど、残念ながら今は所有者がおねむだ。真相解明は別の機会を待つことにして、次へ移ることにした。


 第二の品、これまた薄汚い紙の本が、小ぎれいな台座上に鎮座している。

 かなり古い時代のものらしく表紙がすり切れまくりで、紙が劣化してまっ黄色になっている。

 いったいなにが書かれているのか、手に取って開いてみたくなるが、どれだけ慎重に触っても爪でズタズタになりそうなのでやめておいた。

 今は許しなく宝物庫へ侵入している立場だ。そのうえで大切な宝物を傷つけたりしたら、持ち主はきっと怒る。子どもを叱る(・・)とかの生温いものではなく、真剣に怒る(・・)。見えている竜の尾を踏むことなど愚か者のすることである。


 第三の品、細長いケースに錆びついた幅広の両刃剣が収められている。全体が錆で覆われていているので、ちょっと振っただけでポッキリと逝きそうだ。全盛期はどんな姿だったのか、どれくらいの威力があったのか、使い手は何者だったのか。想像だけではなにもわかりはしない。


 第四の品、壁に油絵がかけられている。白地の背景にヴァラデアが描かれている、上手でも下手でもない普通の肖像画だ。どことなく柔らかい筆触に色使いで、作者のモデルに対する親愛の情を感じられるような気がする。枠に取り付けられている銘板から、題名が“我が友”であることと、今から八百年ほど前に描かれたものとだけわかった。


 第五の品、茶色の大きな酒瓶が四本の金属ワイヤーでがっちりと固定されている。ひどく色あせてしわくちゃになったラベルからは、辛うじて“竜殺し”という銘を読み取れた。

 中にはなにか液体が入っている。それは酒か、ただの水かはわからない。まあ、匂いを嗅ぐ気も口にする気も起きないので、どうでもいいだろう。


 その他もろもろが数十点。分類わけなどはされておらず、雑多な品々が秩序なく陳列されている。本当にヴァラデアの個人的な品をテキトーに並べているという感じだ。

 考察の楽しみがあるにはあるが、物の大半が出自不明のガラクタでは、興味を維持するのも限度があった。


「なにかいいの無いかなあ……ん? あそこにあるのは」


 もう一度辺りを見回してみて、ひときわ仰々しく飾られた展示物があることに気付く。他の品々を壁にするように、簡単な個室的空間が形作られている。これこそが本命の品なのだという、いかにもな雰囲気をかもし出している。

 他のボロは無視して、真っすぐにそれの確認へ向かった。


 厳かな光を放つスポットライトの下、ひときわ豪華そうなガラスケースが三つ設置されている。それらに収められている物は、ひとつは古びた銃が一丁、ひとつは黄金色のチェーンが二つ、ひとつは勲章らしきバッヂが十数個だ。どれも比較的新しいもののようで、目に見える劣化は少ない。

 銃は隣国で生産されている古きよき実弾銃。チェーンは友情の証として交わされる装飾品。十種二つずつある勲章は、隣国で功績を挙げた兵士に授与されるもの。


 どういうわけか、生まれて初めて見る物のはずなのに、どんなものかを説明することができてしまう。これは例の記憶からくるものだろう。

 なぜこの品々はここで大切そうに保管されているのか。手に取ってじっくりと観察してみたくなる衝動に駆られるも、ここは我慢する。

 へたに触ったら、たぶん罠が発動する。しかも、ドラゴンでもタダでは済まないようなヤバい罠がありそうな気がする。さすがにここまでわかりやすい危険に突っ込む勇気はなかった。


 後ろ角引く気持ちを抑えて、ケースからそっと離れる。

 詳しいことを知っているのは、持ち主のヴァラデアくらいだろう。また来る機会があったら、あれらの由来について質問してみようと思う。ここに“また”来るには、まず宝物庫から出なければならないが。


 今は迷宮に閉じ込められて迷い果てている最中であることを思い出して、一気にげんなりしてしまう。現実はいつだって非情である。

 そろそろ探索を再開するかと部屋から出ようとするが、脚が凍り付いたかのように動かない。もう疲れたから休ませてくれと、全身が長時間労働に抗議して座り込みを始めたようだ。

 その抗議には大賛成で、受け入れない手はなかった。


 その場でぺたんと寝っ転がって、就寝の体勢に入る。

 なにをするにも、まずは疲れをとってからだ。やる気を速やかに回復するため、過去や未来の悩みをすべて放り投げて眠りに入った。

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