第十四話 世にも奇妙な小旅行(2/6) ドラゴンの走る家
お泊り会の朝、陽が上ったことを感じ取って目を覚ます。
部屋には窓も天井も無いが、感覚だけで時間がだいたいわかるので、目覚まし時計いらずである。
同時に妹も目を覚ます。寝ぼけ顔でふらふらと起き上がると、鼻先をすりつけておはようのあいさつをしてきたので、首を撫でて返事する。
ドラゴン用のベッドロールの上で伸びをして、大口あけてあくびをしてから部屋の中を見回してみると、ヴァラデアの姿が見えないことに気づく。寝ている間にどこかへ行ったらしい。
お泊り会には朝一番から出発すると言っていたので、その準備をしているのだろう。
子どもが準備をすることは、ほとんど無い。荷物は大人たちが全部用意するらしいので、できることはせいぜい身なりを整えることくらいだ。
置き鏡の前で全身をチェックする。鱗に綻びはないか、良し。爪や牙は欠けたり汚れたりしていないか、良し。首輪は曲がってないか、良し。
以上。確認は三十秒もかからない。
ついでに妹もチェックする。首輪がちょっとだけ斜めになっていたので、優しく直しておいた。
「ねえ、しー。今日って“お泊り会”なんでしょ? いつ行くのかなー」
「今から行くよ。ほら来た」
言った先からエクセラがさっそうと入室してきた。
彼女はお泊り会に参加しないので、動きづらそうな背広姿のままだ。参加する場合でも服装は変わらないか、野戦服あたりを着てきそうだが。
彼女の普段着を目にしたことはいまだに無い。彼女の部屋を見せてもらったこともない。そのプライベートはいまだ謎に包まれている。
「おはようございます。ちゃんと時間通りに起きてますね。じゃあ、行きましょうか。ついてきてください」
「はーい。さ、行くよ」
上機嫌そうに尻尾をふりふりする妹を伴い、エクセラのあとについて部屋を出る。
行き先は屋敷の車庫だ。離れにあるので少しばかり長く歩くことになる。
「今日のお泊り会、何に乗って行くんですか? この前の遠足と同じでキャンピングカーで行くんですか?」
「いえ、今日は新しい車を用意しましたので、それで行きます」
エクセラは肩越しに振り返りつつ、はきはきと答える。
「今日みたいな団体さんの旅行向けに作った特別製で、十数人は余裕を持って乗れるくらいに大きい子なんですよ。幼稚園のみんなとワイワイ楽しみながら過ごせますよ」
「へえ……でも、なんで今になってそんな車を作ったんだろう? あのお母さんなら、最初っから用意してそうなのに」
前にも幼稚園の行事でお出かけしたことがあったが、そのときは姉妹だけが専用キャンピングカーに乗って、他の人々は普通のバスを使うという別行動だった。
その理由は、ドラゴンも乗れるバスが無かったからだ。車なんて姉妹とそのお友達が一人か二人程度乗れれば充分、人間をたくさん乗れられる車なんてわざわざ用意する必要がない、とヴァラデアが判断したために、そうなったらしい。
それがなぜ、今回になって新車を持ってきたのか。エクセラはその疑問の答えをすぐに教えてくれた。
「シルギット様の幼稚園での活躍を見てたら気が変わったらしくて、それでみんなで乗り込める車を作ったんですよ」
「な~る」
正確には娘に配慮してのことなのだろうが、わかりきったことは口に出さない。
必要と判断した基準は謎だが、まあ、これでみんな仲良く長い道中を過ごせるようになるのだから良いだろう。
「食べ物は二日分積んであるので、みんなでおなか一杯ご飯を食べることができるでしょう」
「肉はあるよね? 肉はあるよね?」
妹がご飯という単語に反応して、ハーハー熱い息を吐きながらお口を半開きにする。いつもながら食いしん坊さんだ。
「もちろん、妹様が食べきれないくらいにありますからね」
「やったー!」
エクセラは上品に笑いかけてながらのうなずきに、妹は後ろ足で立ち上がってから両前足をふらふら動かす喜びの舞を披露した。ほんと喜びのトリガーが引かれる条件が単純すぎだ。
「おまえはさあ、肉以外に気にすることないの?」
「ないよ」
「うん、そうだね。おまえはそういうやつだよねえ」
横から水を差してみると、妹はとっても澄んだ目を向けて素直に答えてくれる。欲望に忠実すぎる純心ぶりに、乾いた笑いしか出てこなかった。
「ほかにもいろいろと仕掛けがあるんですが、とにかく実際に見てみましょうか」
そうこうしているうちに目的地の車庫へとたどり着く。
そこは屋内なのだが、大型トラックが十数台は停められそうなほどに広いうえに天井も高い。対面側には車用の出入り口であろう壁一面のシャッターがある。
隅のほうに数台の車が停められていて、そこには以前乗ったことがあった家族旅行用のキャンピングカーの姿もある。
だが、件の新車と思しきものは見当たらかった。
「エクセラさん、さっき言ってた車ってどこにあるんですか?」
「今出しますよ」
エクセラが手首のスナップを利かせて指を鳴らすと、部屋全体を微震させる機械の駆動音が鳴り響き始める。
まず、車庫のシャッターが地面へ収まる形で開いていく。次に、天井が開いて部屋が大空のもとにさらされる。さらにその次は、部屋の中央の床がゆっくりと割れて、大きな穴が現れる。最後に、穴の底から一台の巨大な車と、それに並んで立つヴァラデアがせり上がってきた。
足を踏ん張って、辛うじてこけずに済む。お母さんはわざわざ気配を消して待ち伏せていたらしい。
「その謎演出はなにかな? お母さん」
「これが今日おまえたちが乗る車だよ」
ヴァラデアは質問を完全無視して説明を始めてくれる。
いったい何を狙っての行動だったのだろうか。お母さんの考えていることは、いつもながらわかりづらい。
「この私が夜なべして作りあげた特製トレーラーハウスだ。キッチンに収納、寝室、人間用トイレ、風呂と、生活な必要な設備は一通りそろえてある。インフラと繋げなくても一週間は独立稼働できる極上品だぞ」
ヴァラデアは最上の得意顔で作品をばしばし叩く。
トレーラーハウスの大きさと言えば、一般的にはバスくらいを想像するだろうが、目の前にある物体はそれとは比べ物にならないほど大きい。
幅も高さも長さもタイヤも、大型トラックの倍くらいはある。木目調の外壁は二階建てぶんの高さがあって、階段付きの玄関扉やら窓やらがついている。二階には小さなベランダ付きの窓がくっついていて、天井には腰折れ屋根が被っている。もはや車ではなく、車輪がついた家だ。
「でかい、でかすぎる……というかコレ、まともに外を走れるの? 普通に二車線とか占めそうなんだけど。内輪差とか悲惨なことになるよね」
「問題ないよ。これが通れないほど狭い道はそうそう無いしね」
「いや、ね? 通れるとかどうとかの前にね、こんなのが道を塞いだら他の車に迷惑がかかるでしょ?」
「ん? だいじょうぶだって。人間たちに私たちの邪魔はさせないから」
話が通じたようで見事にすれ違う。
なんか知らんが、お母さんの頭の中で“迷惑がかかる”という言葉が“邪魔される”に変換されたらしい。なんともまあドラゴンらしい自分勝手な答えだった。
「いやあ、これを作るのは苦労したよ。空き時間を使ってコツコツ設計図を書いて、それから技術者を雇ってフレームを手作りし……」
「おはようございまーす!」
ヴァラデアがなにやら苦労話を始めようとすると、トラベルバッグを肩にかけたアウトドアウェア姿のアリサが、張りのある大声であいさつしながら駐車場に入ってきた。
エクセラと共に普通のあいさつを返す。妹は一声鳴くだけ。話の出鼻をくじかれたヴァラデアは変な顔でむくれて黙る。
「今日から二日の間、よろしくお願いしますね。もう用意はできたので出発できますよ」
「わかりました」
エクセラに出発を促されたアリサは少々淡白に返すと、駐車場の隅にある車のほうへ駆けて行った。牽引用の車を持ってくるのだろう。
その間、さっそく妹といっしょに車に乗り込んで内装を検めてみることにする。
「うわあ……」
「肉はあるかなー?」
玄関ホールがある。廊下がある。オープンキッチン付きの食堂がある。食堂とは独立した居間がある。寝室がある。二階まである。
若干狭いが間取りが家だ。飾り付けが簡素だがとにかく家だ。車の中とはとても思えない広大さに少し引く。
だが、確かにこれならば皆で快適に道中を過ごすことができるだろう。頑張って用意してくれたお母さんに感謝である。
「気に入ったようだな? おまえたち」
「ああ、うん。こんなドえらい車用意してくれてありがとね」
「ふふん、これが私の実力だ。さあ、子分……じゃなくて仲間といっしょに思いっきり楽しんできなさい」
満足そうなヴァラデアの答えと同時に車がわずかに揺れると、天井にあるスピーカーからアリサからの言葉の弾幕が室内に響く。
「よし! まずは幼稚園へ他の子たちを迎えに行くからね。行くよー」
牽引車との接続が済んだので、さっそく出発するようだ。
ご機嫌なエンジン音が奏でられるのと同時に景色が動き出したので、窓から外を見てみる。大人たちが笑顔で手を振る姿が、瞬く間に遠ざかっていく。
とりあえず窓を開けて身を乗り出して、前足を振り返しておいた。