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第十二話 初めてのお買い物(7/7) 試写会

「リンゴが十個あります。そしてキイチゴが入っている箱が六個あります。リンゴとキイチゴの数は、全部合わせて三十四個でした。それぞれの箱の中に入っているキイチゴは全部同じ数とした場合、キイチゴはひとつの箱に何個入っているでしょうか?」

「肉がいい!」

「ああ、うん……なんかの肉が十個あります。そして……魚肉が入っている箱が六個あります。謎肉と魚肉の数は全部合わせて三十四個でした。六つの箱に入っている魚肉の数が全部同じである場合、ひとつの箱の中に魚肉は何個入っているでしょうか?」


 数学の本に載っている問題にアレンジを加えて読み上げて、背筋をぴんと立ててお座りしている妹に回答を求める。

 一瞬のち、妹は前足を勢いよく挙げ、元気いっぱいに回答した。


「四つ!」

「正解だね……」


 安定の結果である。引っ掛け問題でない限り、この子は確実に正解を導き出す。


 妹に勉強を教え始めてから、しばらく経った。

 この子は順調に知識を身につけてきている。いや、順調にもほどがある。教本を簡単なものから順に選び、じっくりゆっくり教えていたら、いつの間にか中学生レベルに到達してしまった。

 この子は教えられ次第、物凄い早さで知識をものにしてしまうので、教えるペースが自然と早くなってしまったのかもしれない。


 これは由々しき事態である。年齢不相応に頭が良くなると、同年代の子どもとウマが合わなくなるという“弊害”が出てくるというのは身をもって体験したことだ。妹の健やかな幼児生活のため、今後は勉強を制限するか、教える内容を変えたほうがいいかもしれない。

 だが妹は、お姉ちゃんと同レベルに達するまでは勉強をやめはしないだろう。そうやって張り合ってくるのがドラゴンという生き物なのだから。


 これからどうするべきなのか、実に頭が痛くなってくる話といえる。

 ふと、ヴァラデアが『その歳でその勉強をするには早すぎる』とよく愚痴ってきたことが脳裏をよぎる。なんだかお母さんの気持ちがわかるような気がした。


「シルギット、例のやつができたよ。勉強なんてしてないで来なさい」


 いつの間にか背後に現れていたヴァラデアが、首根っこを優しくくわえようとしてくる。それを前転で回避して、お母さんの甘噛みは空を切る。

 素早く体勢を立て直すと、ささっとお母さんの側に寄った。


「例のやつね、わかったよ。……あのね、自分で歩けるからね?」


 いちいちくわえられたり抱きかかえられたりしなくても自分で歩けるのだ。

 対するお母さんは、口を思いっきりしゃくれさせてむくれる。まるっきり子どもの仕草である。

 と、生暖かく思っていたところに、お母さんが力強い踏み込みからの神速噛みつきで首を捉えてきて、成すすべもなく体を持ち上げられた。


 大人ドラゴンの本気の噛みつきには、ドラゴンの反射神経をもってしても反応できなかった。

 さすがは超強化合金とかを普通に噛み砕ける牙を持っているだけのことはある。この一撃を避けることのできる獲物はこの世に存在しないだろう。


「小娘ごときがこの私に勝てると思ったか! さあ行くよ、シルギット」


 鼻息をフンフン鳴らして粋がるこの千五百歳である。幼児相手にムキになるなと言いたくなるけど、文句を言ったところで聞いてくれるわけがないので、黙って好きにさせるしかなかった。

 ドラゴンとは“こういうもの”なのだ。矯正しようとしても、それは魚に泳ぐことを、鳥に飛ぶことを禁ずるようなことであるので、もはや無条件に受け入れるしかない。


「用があるのはお姉ちゃんだから、おまえはちょっとここで待っててね」


 本にかじりついている妹を置いて部屋の外に出る。


 本日の要件、それは前にやった“子ドラゴンのお買い物”の件である。必死の思いで撮りきった映像の編集作業が終わったので、これから作品のお披露目会をするのだ。


 撮影した日から結構な日にちが経っている。よほど気合を入れて丁寧に仕事をしたのだろう。うん千年にも及ぶドラゴン生にとっての貴重な記録となるので、気合の入れっぷりは天井を突破して宇宙の彼方へサヨナラしているに違いない。

 このお母さんは毎度のように予想の斜め上の行動をとるので、どうせろくでもない事をやらかすんだろうという嫌な予感がものすごくするのだけど、それでも期待をしておく。


 少し歩いてから目的地の会議室に入る。先に来ていたエクセラが、親子の入室と同時に手を振ってくる。


「連れてきたぞ。さっそく試写を始めようか」

「はい。じゃあ、適当なところに座ってください」


 ヴァラデアは、まっすぐにエクセラの隣に行くと腰を下ろし、そこでそっと口を離してくる。

 親子と戦友の三人で並んで座ると、正面の巨大ディスプレイに映像が流れ始めた。


 交響曲系の壮大な音楽が鳴り響くと、星明りがきらめく宇宙空間を背景に黄金の文字がでかでかと浮かび上がってくる。表題は“はじめてのお買い物~かわいい子ドラゴンは普通に買い物をしに行くだけでも神秘的なできごとに遭遇してしまう件について~”だ。

 なんか映画みたいな演出で無駄に豪華である。とりあえずヴァラデアの気合の入れようはわかった。


 場面は地上に移り変わり、落ち着いた紳士風の声によるナレーションが入る。


『……その大都市のど真ん中にあるのが、光と誓約を司るというドラゴンの大邸宅。その広い敷地は一部が一般に解放されていて、運動場、私立学校、大企業のオフィスと工場、大庭園、独自ブランドの商品を扱うお店などなど、様々な施設が並んでいます。

 たまにドラゴンと人間の触れ合いといった特別なイベントが開催されることもあるので、人の足が絶えることのない有数の観光名所として広く知られていますよ。

 そんなお家の経営に頭を悩ませているのは、最近ママになったばかりのヴァラデアさん』


 屋敷周囲の街並みやドラゴン直営店を紹介した後、ヴァラデア一家の紹介に移る。


『お姉ちゃんのシルギットちゃんと、その妹ちゃんの姉妹です』


 姉妹で絵本を読んでいる姿が映し出されるが、こんな場面を撮られた覚えはない。

 どうやら隠し撮りされていたらしい。映像の視点の高さからして、恐らくヴァラデアの仕業だろう。


『お母さんはこの可愛い姉妹に旅をさせることにしました』


 場面が移り変わってヴァラデアが出てくると、娘たちに買い物をさせるにあたっての心境を説明し始めた。が、なぜか声がまったく聞こえず、すべて字幕表示されている。


「あれ? 声が聞こえないよ? 編集ミス?」


 画面内のヴァラデアは、人間のように身振り手振りをして語っている素振りを見せているが、声がまったく流れてこない。しかし音楽や環境音は正常に流れているので、音声が抜けているというわけではないようだ。


「この私がそんなくだらないミスをすると思うか。私たちの“声”は録音できないからね、こうするしかないんだよ」

「え?」


 こぼれた疑問をヴァラデアがすかさず拾いあげ、淡々と理由を語り始める。


「私たちの会話は、人間のように“音”を使うものじゃあないだろう?」

「ああ、そういえばそうだったね……」

「今の技術でも、それはまだ“録音”できないんだよ。長いこと研究してるんだけどねえ」


 そう言われて、ドラゴンが言葉を交わすときは口を使っていないことを思い出す。

 神秘の力により発せられるドラゴン特有の“音なき声”は、文字通り音を発さない。音ではないがゆえに録音できないのだ。生まれて以来、当たり前のこととして能力を使っていたので、すっかり失念していた。

 とりあえず疑問は解消されたので、映像観賞を再開する。


 巨大ディスプレイに門前での出発の場面が映し出される。撮影は出発してからだったはずだが、出発前も知らぬ間に撮られていたらしい。


『んー、くぅー』

『それがないと買った物を持って帰れませんよー。シルギット様は同じものをつけても平気なんですから、妹様もすぐに慣れますって』


 体に装備を付けられてわずらわしそうに体をよじる妹を、エクセラが優しい手つきで背中を撫でてなだめている。

 妹の声は地の鳴き声しか聞こえず、『これ動きづらいよー』という字幕だけが表示される。

 ヴァラデアもカメラ目線で登場。こちらも『買い物する間だけだから我慢してね』という字幕が表示されるだけで声が入っていない。

 そしてシルギットも登場する。


『ねえ、お母さーん。ひとりでだいじょうぶなのかなぁ。う~心配だよう~』

『お姉ちゃんもいっしょにきてくれるの?』


 妹はくりっと首を傾げて姉を見つめる。次に、よく似た瞳を向けてのお姉ちゃんの字幕。


『うーん、ついていきたいんだけど! ついていきたいんだけどーっ! お母さーん、私もついていっちゃだめえ?』

「誰だこいつは」


 画面内で自分の顔をした別の生き物が活躍しているのを見て、喉もと辺りから染み広がってくる気持ち悪さを覚える。目元と口元がピククと引きつるのを直に感じる。

 『う~心配だよう~』とか言った覚えはない。というか根本的にキャラが違う。果たしてこの字幕はなんなのか。


「誰って、おまえに決まっているだろう」


 そこで差し込まれてくる、ヴァラデアのからかいの一言。見ればその顔はあからさまにニヤついていて、見ていると腹が立ってくる。


「いや、私あんなこと言った憶えないんだけど」

「さてねえ、細かいことは覚えてないからなー。なにせ声が残ってないしねえ」


 わかりやすくすっとぼけたその態度で、この母親は当時の会話内容をしっかりと覚えていて、その上で妙な字幕をつけたのだということを確信する。

 憤然たる思いに胸焼けがしてくるが、映像のほうはなにも関せずに進行する。


 今の場面は妹が出発して、姉が尾行を始めるところだ。

 ここから苦心して撮った映像が流れ始める。始まってはいるのだが、それはなぜか隅のワイプ映像として追いやられて、代わりにシルギットを狙って映す謎映像が画面を占める。

 ナレーションも『果たしてお姉ちゃんは、無事に妹ちゃんを守り切ることはできるのだろうか』と無駄に迫真の声で語っており、主役は完全にシルギットとなっていた。


 苦心して撮ったものが脇役扱いされている事態に思わず目を見開いて、つい牙を剥く。抗議の唸り声をあげてヴァラデアを睨み付けるが、まったく気づかれなかった。

 その目は画面に釘付けで、画面内の娘たちの活躍に夢中のご様子だ。

 漏れ出るうなり声を抑えて、仕方なく画面に視線を戻した。ここまで来たら最後まで見届けるしかないだろう。


 買い物の道中では、謎カメラがシルギットを追っている。どうやって気づかれずにいるのかは不明だが、ぴったりと後を尾けている。

 ときには建物内からの隠し撮りと思しき角度からの映像も出てくるが、ほとんどは間近からの視点である。

 妹を尾行してるつもりが尾行されていたのか、それともなにか特別な技術でも用いたのか。いずれにせよ、関知外のところで監視されていたようなので実に気味悪い。


 見えざる存在に身震いしているのに構わず映像は進んでゆく。場面は妹がリュートにからむところに差し掛かる。


『私ねーお買い物してるの。お母さんに頼まれてねー、お肉を買ってきて言われたの! 初めてお買い物するの! ひとりで! すごいでしょー!』

『うん! すごい!』

『えへへーーじゃあねーー』


 妹は満ち足りた顔で尻尾をふりふりしながら画面から消える。褒められなくてキレた場面はしっかりと消されているようだ。

 妹が去った後に、シルギットも画面入りしてリュートに歩み寄る。


『あのー、お兄ちゃん。わたしの妹がここに来たと思うんですけどー、どこに行ったか知ってませんか?』

『えっと、妹ちゃんはあっとの角を曲がっていたよ』

『あっち? ありがとう! お兄ちゃん!』


 字幕は相変わらずのひどさで吐き気が止まらない。リュートのことを『お兄ちゃん』呼びだとか、天地がひっくり返っても絶対に言わないだろう。


 次は肉屋入りの章だ。この場面では無数に仕掛けられた定点カメラで、やはり妹ではなく姉をあらゆる角度から映してくる。


『あのお肉おいしそうだな~! でも、お店のものは食べちゃだめ! 我慢我慢!』


 シルギットの姿を映しながら表示される謎字幕に、もう口元当たりの筋肉がピクピクしまくって耐えるのが難しい。

 ナレーションの声も段々とうっとうしくなっくるが、そう思ったところで話をやめてくれるわけでもなく、場面は無情にも転換していく。


 カレンが妹をほめそやすところと妹が生肉を喰らうところはバッサリとカット。せっかくの活躍が無かったことにされていて、カレンがちょっぴりかわいそうだ。

 店主とのやり取りはさすがに入っている。


『おじちゃーん、お肉くださいなーっ!』

『へっ! 待ってな、今特上の肉をもってきてやるぜ!』

『さすがは妹ちゃん、ちゃんと頼まれたことを伝えることができたね!』

『ありがと! おじちゃん! 今度お母さんといっしょに来るからね、今度もっとおいしいお肉を買うんだから!』

『へっ、言いやがる。まいどあり!』


 だが、妹が店主に対してキレた緊迫の場面もきれいに削除だ。とってもほのぼのしたやり取りになってしまった。


 会話の流れを根っこから変えることによって、妹の愛らしい面だけを打ち出してきている。

 編集の力は偉大を通り越して恐ろしいものだ。いちいち殺しをしたがる超凶暴な生き物も、映像にひと手間加えればアラこの通り、人畜無害の愛らしいマスコットと化してしまうことに戦慄する。


 そんなマスコットが人間相手に大暴れするはずがないと判断したのか、アリサに連れられて地下バトルクラブで大暴れしたところはゴッソリと無かったことされていた。

 知ってる人が観たら恣意的な編集が入ってることに気づかれるのではないかと思うが、まあ初動で売り抜けばたぶん問題なのいだろう。


 で、帰りは一切の寄り道をすることなく順調に帰れたことになった。その代わりに、シルギットがいかにも心配してそうに妹を見守るシーンが山盛りで出される。

 ナレーターは『妹が元気過ぎて、お姉ちゃんはもう大変』、『とっても心配そう……』、『がんばれ! お姉ちゃん』、などと応援のメッセージを送っている。

 大変で心配でがんばってるのは、こちらの神経のほうである。


 最後は何事もなく屋敷に辿り着いて、妹がお母さんに飛びついて褒められているところで、事の終わりっぽい音楽と共にエンドロールが流れ始める。


『初めてのお買い物は大成功でした! シルギットちゃん、妹ちゃん、お疲れ様』


 最終盤でシルギットも登場して、お母さんが頬ずりした瞬間をとらえた静止画と共にドラマは終了だ。終了に合わせて音楽も終わり、“完”の文字が画面いっぱいに表示されたあと、映像は完全に途切れた。


 大きく息を吐いて、ゆっくりと吐く。それを三度繰り返す。

 ヴァラデアがニヤニヤとした顔で様子を見てくるなか、ゆっくりと腰を上げて、手近にある長机をつかむ。


「ハァーッ!」


 そして力いっぱい机をひっくり返した。が、ひっくり返るだけでは済まず、勢い余って机を吹っ飛ばして天井にぶつけてしまった。

 ドラゴン向けの強度を持つ机ではなかったようで見事に圧壊する。それを見たヴァラデアは、すかさず叱り飛ばしてきた。


「こら! 備品を壊すんじゃない!」

「ごめん、つい」


 圧倒的な力をもつお母さんに叱られると本能的に腰が引けてしまい、燃え上がっていた怒りが吹き消されかける。だがしかし、一介のドラゴンとして圧力に屈するのはよろしくない。腰を据えて、勇気を振り絞って、強大な相手に面と向かいあう。


「うん、私はいけないことをしたよ、気をつける……でもね、お母さん聞いてよ! 私がこんなことをした理由はね、お母さんにあるんだからね! なんだったのコレ? 私が撮影した意味ほとんどなかったし、それにねつ造だらけじゃあねーかッ!」

「ねつ造? これはあの日の出来事を見やすくまとめただけじゃないか。字幕だけは私が思い出しながら打ち込んだものだがね」

「どういうまとめ方したら、私があんな人畜無害系お姉ちゃんキャラになるのかなぁー?」

「おまえは元々ああだろう。おまえが人間の子どもたちで遊ぶときの振る舞いを参考にしたからね」

「ああ……ねえ? 世の中には外ヅラという言葉があってだね……」


 幼稚園で子どもらしく振る舞ってみて滑った記憶が蘇って恥ずかしくなる。


「それにさ、地下バトルクラブに行ったところも完全に無くなって」

「そんなものを入れる尺はないよ。限られた時間の中で受け手が望む情報が過不足なく仕込まれている、そういうものが良い映像作品と呼ばれるんだからな」


 ヴァラデアのとぼけた表情、わざとらしい声色、変にナナメな姿勢、挑発的に吐く息、すべてから徹底的にしらばっくれて終わる流れを感じる。


「完成してから言うのもなんだけど、私の意見とか取り入れる気は無かったのかな?」

「売れる映像作品とはこういうものだ」


 ヴァラデアは淡白に、そして聞き入れる余地なしといった拒絶の意思だけを伝えてきた。

 これ以上問答しても無意味だ。ただ堂々巡りとなるだけだろう。


 実にイライラしてくる。牙でなにかに食らいつきたくなる。爪でなにかを引き裂きたくなる。でも、そういった獣の衝動に負けたりはせず、深沈たる気分を維持して対処するのがシルギット流だ。

 発想を変えることにする。このお母さんを正面から打ち破ることは不可能なら、邪道な方法で弱点を突くのみ。その仕込みはすでにできている。


 ここで意識するべきは“呼吸”だ。息を胸いっぱいに吸う、意識してゆっくりゆっくり、胸に溜まった空気を残さずに吐き出しきる。この呼吸を維持することによって、精神を研ぎ澄ませる。

 そう、最強ドラゴンであるお母さんすらも切り裂くことができるほど鋭利に研ぐのだ。


「そう、わかったよ。そういえばお母さんさ、ええと、私が『ドラマが完成したら“オモチャ”を買ってもらおうか』と言って、お母さんはそれでうなずいたよね?」

「もちろん覚えているとも。私は約束を守るドラゴンだ、おまえの好きなオモチャを買ってあげよう」


 ヴァラデアは相変わらずの余裕面で鷹揚と答えた。

 笑いが止まらない。『かかったなドアホ、赤ちゃん相手だと思って油断したな』と、最強ドラゴンさんを内心で罵りまくる。そうやって相手を侮って余裕こいてばかりいるから、ドラゴンは人間に出し抜かれるのだ。


「じゃ、私たちが頑張ったおかげでドラマができあがったわけだし、買ってもらおうか、私向けのオモチャとして“この国で一番大きな大学の一年生用教材セット”をね! うん、私はそういうのが好きなんだよね。暇つぶしとして最適なオモチャだ」


 そう言ってやった瞬間、ヴァラデアは電撃で打たれたかのように体を震わせると、かっと目を見開いた。

 このお母さんが今一番嫌がることは、自分の娘が年齢に不相応すぎる成長をしようとすることだ。それを拒否する逃げ道を潰されたためか、わかりやすく動揺を見せている。


私が好きな(・・・・・)オモチャを買ってくれるって言ったよね? オモチャがどういうものか(・・・・・・)を決めずに、自分でそう約束したよね?」


 自らのうかつな発言を後悔していることが丸わかりな変顔でわなわなと震えて、牙をかちかちと噛み鳴らす。握り拳をわななかせながら荒く息をついたあと、精一杯な感じで返答を絞り出す。


「そそそ、そうだね……私は約そぉぉぉ~くを守る、ドラゴンだから、ね!

 しょ、しょしょうがないなぁ~、厳せっ……厳せ……げんッッ厳ッッ選した教材を、買ってやるともなぁッッ! クソおっ!」


 思いっきり嫌々ながらも了承してくれた。強権を発さずに約束を果たそうとするところは律儀といえる。

 さすがは“誓い”を司るドラゴンさんだねぇと皮肉いっぱいに煽ってやりたくなるが、そこまで追い打ちをかける必要はあるまい。刺激しすぎてキレられたらことだ。


 最後の返事で気力が尽き果てたのか、ヴァラデアは机を潰しながら倒れ伏せてしまう。戦友エクセラは苦笑するだけで、ただ友の鼻面を優しく撫でてやるだけだった。


 いろいろと屈辱を味わされたが、とりあえずコレで痛み分けとなったので許容できる結果か。

 エクセラと苦笑いを交わしたあと、オモチャの到着を心待ちにして、さっさと部屋から退出した。


 教材効果で自分の教育レベルだけが上がると、妹がよりしつこく突っかかってきそうだが、その対策は置いておく。

 まずは自分が充実した気持ちにならなければ、他者を気にする余裕などできないのだから。


  第十二話 完

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