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第十話 かつてのお友だち(7/7) いままでとこれからと

 戦場からの帰り道。エクセラが駆るキャンピングカーに揺られながら、小さめの車窓から見える景色をぼんやりと眺める。

 流れる景色は緑の多いド田舎で、まだまだ文明の気配は薄い。家にたどり着くにはそれなりの時間がかかるだろう。


 今日は超ドラゴンといろいろやりあったので、心も体も疲れてしまった。今そんな疲れた身体を預けているのは、ドラゴンの爪でも破れない超強化素材で作られたドラゴン向け皮張りソファである。素材の都合上、触感はあまり良くないけど、それでも寝そべって脱力できる柔らかい椅子というのはありがたい存在だ。おかげで質の良い休みが取れる。

 帰ったら妹の世話が待っているので、今のうちに疲れをとっておかなければらない。


「……そういうわけで、私はヴァラデアさんの家で働くことになったの。気をつけないとならないことが多くて意外と大変だけど、やりがいがあっておもしろいよ」

「ふうん。そうそう経験できることじゃないし、おもしろそうかも」

「でも大変じゃない? ドラゴンってさ、怒らせたりするとアレでしょ? アレ。そう、パクっと食べられるんでしょ? 命が危険。あー、そりゃ気が休まらなくて大変だわー」

「うん、そんな感じで獣扱いするとキレるから、言うことに気をつけてる。でも気をつけないといけないことなんてそれくらいだから、思った以上に自由にやれてさあ……」


 部屋の隅のほうでは、カレンとそのお友達が固まって、床上に座り込みながら陽気におしゃべりしている。行きのときには居なかった面子が増えているが、帰る先が同じなので、ついでに拾うことにしたのだ。

 その声量は抑えられていて、カレンもいつもの誉め口撃をしてこない。今は全身で休憩アピール中なので、ちゃんと空気を読んで気遣ってくれているようだった。


 頭を下げて外を見るのをやめて、四肢と尻尾も力を抜く。さらに眼も閉じて仮眠の態勢に入る。

 皆、それなりに静かにしているので、誰にも邪魔されることなく休むことができる。

 ただし、休めているのは体だけ。頭の中は今日のできごとを振り返るべく運転を続けていた。


 滅びの地の見物、超ドラゴンの闘争と出会い、妹とのケンカなどなど、いろいろあったが、気になったことはただ一つ。ヴァラデアの“第二の戦友”についてだ。

 アドナエスとの会話が終わった後、大人たちにその戦友がどういう人物だったのかについて改めて訊いてみたが、“かつてそういう人がいた”以外のことは、ふたりそろって頑として語ろうとしなかった。

 もう少し突っ込んだ話をしたかったのだが、大人たちはあいまいな言葉に終始してばかりで、結局なにひとつ教えてくれなかったのだ。

 事情は不明だが、触れて欲しくないことなのかもしれない。もしそうであれば、無理に聞き出すべきではないだろう。


 当人らが口を閉ざすのであれば、自力で情報を集めるしかない。

 想像や推測ではすぐに限界がきたので、とりあえずドラゴンについて調べていそうな人にあたってみることにする。


 前足をついて起き上がってから、おしゃべり中のカレンに呼びかける。


「ちょっとちょっと。訊きたいことがあるんだけどさ」

「喜んで!」

「なにに喜んでんの! 近いって! お座り! お座り!」


 なにかを先読みしたらしいカレンが爆速で振り向いて顔を寄せてくるのに続いて、その友人らも振り向いてこちらを見てくる。

 おもしろい話でもするとでも思っているのか、なぜか揃ってなにかを期待するような顔をしている。

 なにやら妙な空気に流されないようにこらえつつ、冷静であることを意識して質問を始める。


「うちのお母さんにはさ、エクセラさんみたいな特別な戦友がもう一人いたみたいなんだけど……なにか知らない?」


 しばしの沈黙の後、学生三人はきょとんとした顔で互いに見合わせ、それから続々と首を振った。


「うーん。きみらドラゴンについて調べてはいたけど、そういうプライベートなことは知らないね。あんたたち、なにか知ってる?」

「全然」

「いやー調べないとわかんないよー」

「そう……」


 残念ながら、彼女らはなにも知らないようだ。

 まあ、大人たちの態度から察するに、例の件に関することは誰にも話していないだろうから、部外者は知らなくて当然なのだろう。それでも残念なものは残念だった。


「いや、でもさ、それってさ、きみのお母さんについての話なんだよね? それなら本人に訊くのが早いんじゃないの?」

「訊いてみたけど教えてくれなかったんだよ。そうか、知らないかあ。うん、わかった。ありがとね」


 言適当に礼を言って、再び休みの体勢に入る。

 彼女たちはなにか言いたそうにしていたが、少しすると小声でのおしゃべりを再開した。その話題は見知らぬドラゴンの戦友に関することに切り替わっていたが。


 柔らかなソファの上で寝っ転がりながら“第二の戦友”に思いを馳せる。いったいどういう人物だったのかがどうも気になって仕方なくて、なかなか頭から離れなかった。


「くるるる……」


 と、子ドラゴンの鳴き声がしたと思ったら、妹がソファに乗り込んできた。


「しー、ねえねえ。しー、ねえねえ」

「なに?」

「人間って、なんで鱗がないの?」

「急になにを」


 何を思ったか、少女三人組をちらりと見ながら、本当にふしぎそうに問うてくる。

 そりゃ違う生き物だし当然だろと思うけど、言われてみればどうしてだろうと思えてくる。

 自分たちの鱗は、とても綺麗で頑丈な至高のお洋服である。どうして人間は、そんな素敵なものを持って生まれなかったのだろうか。その答えを考えてみて、思いついたままを言ってみる。


「あー、人間たちっていつも布を身にまとってるでしょ? あれを鱗の代わりにしてるからだよ」

「えー? 鱗でいいじゃん」

「えーと……鱗とは違って、服は自由に見た目を選べるの。赤色にもなれるし青色にもなれるし、ね?」

「んー……」


 鱗ある自分たちだって服を着れるので、理屈としてはかなり弱いと言わざるを得ない。でも、妹はとくに追及してくることなく、別の質問に移ってきた。


「人間って、なんで尻尾が無いの? 動きづらくない?」

「ああ、人間っていつも二本足で真っすぐに立ってるでしょ? 体つきも全然違うし、尻尾があると立ちづらいんじゃないかな」

「へえ」


 今度の答えはぱっとでてきたので、ちょっと助かった。妹も特に疑問は抱かなかったようだ。


 なんか唐突に人間について突っ込んだ質問してきたのだけど、いったいなんのつもりなのだろうか。

 これは人間について興味を持ち始めたということなのだろうか。人間を弱いヤツと見下してばかりいたこの子がなぜ、今になって興味を抱き始めたのだろうか。

 妹の思惑について考察する間もなく、次なる質問が飛んでくる。


「人間って、なんで指が五本もあるの?」


 自分たちドラゴンに比べて、人間たちの指は一本多い。

 生物の指というものは、その生態に適した数になるものなのだけど、そんな込み入った理論理屈を幼児に説明するとなると、どう説けばいいものか困る。

 十秒間ほど頭をひねりにひねってみても、気の利いた答えは出てこない。妹が期待するような目でお姉ちゃんの答えを待っているというのにだ。


 妹の期待は裏切れない。問いに答えられないという恥をさらすこともできない。


「さて、なんでだろうね? 今度はおまえが考えてみようか」


 というわけで、ここはごまかして妹に丸投げしてみることにした。

 妹はそれに文句を言うことなく、本気の顔で悩み始めてくれたので、ちょっとほっとする。


 妹は口元をひん曲げて、ぐるぐる唸りながら考え込む様子を見せるけど、長くは続かない。

 その大きなおめめが急速にとろんとしてくると、甘え鳴きをしながら背中に抱き着いてきつつ目を閉じた。もう疲れ果ててしまったようだ。


 いま座っているソファは、子ドラゴン二頭が寝転がるには小さいのだけど、少し詰めればなんとかなるか。


「おいおい。仕方ないな~いっしょに寝ようか」


 静かに寝息を立て始めた妹の寝顔を見る。いちいち凶暴でアブないこの子も、寝ているときは赤ちゃんらしく実にかわいらしい。その姿を見ているだけで、あれこれ悩んで疲れていた心が癒されていく。

 カレンたちもなんか癒され中のようで、喝さいの声を控えめな声量であげながら、各々の端末で撮影しまくってくる。

 余計に疲れるのであえて突っ込みは入れない。記念写真が欲しいのなら好きにすればいい。


 妹の存在を薄い鱗越しに感じながら寝転がっているうちに眠気が強くなってくる。お姉ちゃんにもおねむする時間がやってきたようだ。

 あれこれ考えたせいでいい加減に疲れたので、すぐさま欲求に身を任せることにした。頭の運動の続きは休んだ後にやれば良いのだ。


  第十話 完

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