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第十話 かつてのお友だち(3/7) 野次馬たちのお祭り騒ぎ

 一般的にドラゴンという生き物は、自分の縄張りを広げるために、他のドラゴンと相争うものなのだという。

 ドラゴンは力の渇望者だ。その力は縄張りの広さで表される。広い縄張りを持つということは、それにふさわしい強い力を持つということの証明になる。ゆえにドラゴンは新たな土地の獲得を望んで、際限のない争いを繰り広げるのだ。


 だが、その戦いにも終わりがあったりする。

 これから会うドラゴン・アドナエスの縄張りは、ヴァラデアのそれと隣り合っているが、お互いに防衛以外の争いはやらなくなって久しいのだとか。

 当の縄張りの主いわく、あまりに縄張りが広くなりすぎて管理がめんどくさくなったので、これ以上を望む気は起きないとのことだ。


 ヴァラデアもアドナエスも、力の強さで言えば世界最高峰らしいので、それだけに妥協する余裕があったのだろう。だからこそ今の平和があるのだ。平和なのは良いことである。


 超ドラゴンたちは互いの縄張りを侵さないように、ゆるやかな交流をおこなっている。が、そこは生態からして札付きの凶暴生物。ときどき闘いたくなってしまう。

 しかし、いざぶつかり合うこととなれば、どちらかの縄張りを侵してしまう。そうなれば、闘いどころか殺し合いになって、無駄に消耗してしまう。それではお互いに都合が悪い。

 そこで超ドラゴンたちは一計を案じた。ケンカ専用の共有領域を定めたのだ。

 本日の目的地は、まさにその場所である。


 エクセラの駆るキャンピングカーに乗せられて、お昼時の少し前くらいに約束の地へとやってきた。

 車は小高い丘にある駐車場に停まったので、妹といっしょに降りる。そして手近な木製ガードレールに前足をかけて、さっそく景色を眺めてみる。

 ここみたいな縄張り境辺りは人里から遠く離れているので、大抵は開発が進んでいない。それゆえに、緑豊かで雄大な山岳地帯の風景を楽しむことができる。そのはずなのだが。


「なにここ……」


 約束の地の姿を見て、誰ともなくつぶやく。そこは山三つ分ほどの森がごっそりと抉り取られている、惨めな地肌をさらす不毛の谷であった。


 水面に映る山のごとく逆さにくぼんでいる土の底には雑草一本生えていない。ところどころが奇妙に融けた土や、工業用の凝縮土と思しき石で覆われていて、人の手が加わっている様子が見られる。

 傷を治すべく治療を施してみたけれど、致命傷過ぎてどうしようもない、とさじを投げる医師の姿が目に浮かぶ。


 この破壊の嵐が吹き荒れて完全壊滅したとしか思えない禿げ谷が、神話級ドラゴンたちが共有する領域だというのか。


「なんでこんなにボロボロなの……」

「ここはドラゴンたちがストレス発散で暴れるための場所でもありますからね。街の一つや二つは軽く消し飛ばせるようなのがケンカするんですよ? なにも残るはずがないですよ」


 エクセラは、なにを今さらといった澄まし顔でさらっと言ってくれる。

 破壊の理由は確かにそんなところなのだろうが、自分の縄張りをここまで無残に破壊するのはいかがなものか。

 と、微妙な気持ちにはなるが、これもやはり必要があってやったことなのだろうから突っ込めない。この破壊をもたらした力が他に向かわなかっただけマシと考えるべきだ。


「まあそうですね。ストレス発散も必要なことですよね」

「そうだよねー。ストレス発散でこんな大災害を起こせるだなんて、さすがドラゴン! きみのお母さんはほんとスゴいね!」


 背後から妙な褒め言葉が返ってきたので振り向いてみると、そこには満面の笑みを見せつけてくる女子学生・カレンの姿があった。

 今日は休日だ。学生の彼女が学校以外に現れてもおかしくはない。が、何故によりにもよってこんなところに出てくるのか。あんまりな遭遇ぶりに力なく笑ってしまう。


「なんでここにいるのあんた」

「怪獣大決戦が始まると聞いて。私の友達もいっしょに来てるんだよー。おーい、こっちこっちー!」


 カレンが大声で呼びかける方にある土の広場には、パッと見ても数百人はいそうな人混みがある。まるで大規模な祭りでも催しているかのようだ。

 その人々のうちの何人かが、呼びかけに対して手を振った。


 ヴァラデアの闘いを聞きつけてやってきたのはカレンだけではなかったらしい。準備期間はほとんどなかったはずなのに、屋台まで出しているたくましい人までいる。

 ドラゴンがケンカするだけなのに人がここまで集まってしまうとは。世の中には物好きが多いようである。


「というか、お母さん宣伝してたんだ」

「もちろんです。自分の力を見せつけるいい機会ですからね、あの超見栄っ張りが手を回さないはずがないですよ。まあ、実際に宣伝作業したのは私ですけど」

「……そうだったんですか」


 やはりエクセラは当然のことのように語る。お母さんの自己顕示欲の強さは相変わらずだった。


 お母さんがいつも通りであるところを確認したところで、カレンの友人らしき二人の女がこちらへやってくる。

 原色が目に痛い衣装で全身をキメている派手な女と、男物の上下とヘアバンドで全身を小さく固める地味な女と、妙に対照的な見た目の二人である。

 一方のカレンはごく普通のナリで、派手さは二人の中間くらいだ。この三人を足して三で割ると、ピッタリ割り切れそうだった。ある意味でバランスがとれている三人組と言えるか。


「カレンさー、なんか気軽に話してるけどー、ほんとにドラゴンと知り合いだったんだ」

「ああ、子ドラゴンだ。初めて見たよ」

「ふふん、じゃあ私の素敵な友だちを紹介するよ!」


 カレンは妙に気取った仕草で腕を組むと、友人らに向けて業界人風な顔で紹介を始めた。


「この青い首輪の子がシルギットちゃんで、赤い首輪の子が妹ちゃんだよ。今は一つ屋根の下で暮らしててね、なかなか仲良くやれてるんだよねーこれが」

「へぇーっ、やるじゃん! それにしても、この子きれいだねー、柔らかくてふんわりしてんねー。これって鱗なんだよね? 全然そう見えないや」

「足、太いね。大人になると大きくなる動物は足が太いって言うけど、やっぱりドラゴンも同じなんだ」


 出会って早々、派手女がはしゃいで背中を触り、地味女がブツブツ呟きつつ後ろ足を撫でてくる。

 せめて一言断ってから触れよと言いたくなるが、好きにやらせておくことにした。どことなくカレンと同じ空気読めない系のにおいを感じたのだ。


 せっかくなので、営業首傾げと営業甘え鳴きでもてなしていると、いきなり尻尾を引っ張られて体を引きずられた。この騒々しい場において、成人男性二人分以上の体重を持つ子ドラゴンを引っ張れる力を持つ者はただひとり。同じドラゴンである妹だけである。


「ちょ、おまえ。どうしたの? 今忙しいんだけど」

「ねーねー、あれ食べよ! きゅーっ! あれ!」


 必死にキューキュー甲高く鳴きながら指差す先には屋台がある。そこでは“鹿の丸焼きから切り出した焼肉”という、なかなか豪快なものを提供していた。

 下処理を済ませた身に極太の鉄棒を三本突き刺して、手こぎのレバーで回転させながら炭火でじっくりと熱を通す。くっきりと焦げ目がついた狐色の身からは、赤身の多い肉が焼けていく上質な香りを嗅ぎ取れる。


 見た目の焼き加減的には、できあがり寸前といったところか。ドラゴンなら今すぐ頂いても良いだろう。

 実に牙の振るいがいのある、ドラゴンが好みそうな商品である。妹が即行で目をつけたのが理解できた。


「肉食べよ! 肉食べよ!」

「お、きみはあのお肉が食べたいんだね? ここはカレンお姉ちゃんに任せて! 最近は懐が潤ってるからね、お金なくなるまでがっつりたっぷり買ってあげる!」

「買ってあげるとか言ってますけど、そのお金ってヴァラデア様からもらったお小遣いですよね?」


 被保護者カレンが胸を張っておごってあげる空気を演出すると、すかさず保護者エクセラが水を差す。それにもかかわらず、カレンはあえて突っ込みを無視して屋台へと突き進む。

 その後に妹が、嬉しそうに尻尾をふりふりしながらついていったので、自動的にカレンの提案に乗らざるを得なくなった。


 ここで強引に我を通してくるとは大したものだ。これにはエクセラも苦笑いである。


「ああもう。すぐ見栄を張るなぁ……」

「でも、そうじゃないとあの子じゃないし。あ、ちょっとカレンー、待ってったらー!」


 なにやら訳知り顔のお友達も慌ててカレンの後を追う。どうやら彼女らも、友人の人となりをよく理解しているようだった。


 で、妹が店先に着くと、半袖短パン白エプロンな店主の大男が、なにも言わずに大振りのナイフで肉をさばき始める。

 子ドラゴンの口に合う特大サイズの肉を切り出し、紙皿に乗せ、なんらかの調味料を塗ったくり刻み込んでから差し出してきた。

 今日もニコニコなカレンは、懐から取り出したマスコット型端末をかざして会計を済ませてから、差し出された皿を受け取る。

 妹はカレンが持つ皿を速攻でかっさらうと、嬉しそうに肉へとかぶりついた。


 ここまで一言も無し。なにかコミュニケーションが成立したようだが、いろいろと理解不能だ。どうすればいいのか迷ってしまう。

 そんな迷いなど知らんといった具合に笑うカレンは、肉が乗った皿をこちらへ差し出してきた。


「……どうも」


 もういろいろと諦め気分になってため息を一つついたあと、素直にお肉を受け取っておいた。

 こういう微妙な状況に陥ったときは、なにも考えないのが一番だ。ちょうどおいしそうなお肉があるので、それを愉しむことに集中した方が身のためといえる。


「せっかくだから一つお願いしまーす。アンリはどうする?」

「やめとく。太るし」


 派手女だけが流れに便乗して、元気良く手を挙げると肉を注文する。

 が、店主は肉にナイフを入れずに、あらかじめ切り分けてパックに詰めてあった肉を出した。通常のお客様に出すのはこれなのだろう。


 ドラゴンに渡したものと比べると品質に差がありすぎるが、友人らはなにも言わない。なにかを言う素振りすら見せない。

 彼が優遇している相手はドラゴンなのだ、ここで文句を言える人はいない。


「あ、おにいさんさ。この子たちにも焼きたての振舞ってあげなよ」


 文句を言える人がここにいた。

 とことん我が道を行ってくれる少女、カレン。その無駄な意志の強さは、ある意味で敬服ものである。


「いやあ、悪いね。サービスの時間はちょうど終わっちゃったんだ。もう少し早く来てればよかったんだけどな!」


 だがしかし、店主はごつい営業スマイルを浮かべながら言を左右にするだけで、要求に応えることはなかった。

 さすがは商売人か、譲歩のしどころの線引きがしっかりしている。

 カレンはやや不満げだったが、必要以上に食い下がらずにあっさりと引き下がった。


 とりあえず欲しい人に肉が行き渡ったので、さっそくかぶりついてみる。

 脂身が無く固めの身を噛みしめると、どことなく野性味の強い肉汁がじんわりと染み出てくる。

 渋みがほんのりと残っていて少々癖があるが、それが品のある旨みとなっているように思える。

 そこに柑橘系の香りを漂わせる謎のソースが突入することによって、肉の味は脳髄を歓喜させる複雑な極味に昇華する。

 じっくりと咀しゃくしてから飲み込んでみると、旨みが喉の奥に染み渡っていき、いつまでもどこまでも残り続けていた。


 見た目は安っぽそうなスライス肉で、その質もわりと普通なのだが、それに反して下処理と味付けが異様に良いので、素材の味を地力以上に引き出している。

 場末の屋台とは思えないうまさだ。間違いなくプロの仕事である。それなりに高めのレストランに出てもおかしくはない出来栄えだと自信をもって言える。


「うわあ……おいしいね、これ」

「気に入ったかい? 早朝に仕留めたばかりだからね、新鮮さは抜群さ」


 思わずつぶやいた言葉を拾った店主は、大声で男臭く笑いながら山のような力こぶを作って見せた。

 原材料を仕留めたのは彼か、それとも専門業者か。なんとなくだが、彼が自ら仕留めたのだと思う。全身が筋肉の鎧で覆われた体つきや力強い仕草からして、素手で獲物を仕留めていそうだ。


「ドラゴンが来るって聞いたから、つい張り切って三頭も仕留めちまったんだ。まだまだあるから欲しかったら言ってくれよっ!」


 本当にそうみたいだった。


「ちなみにこの方はマイトさんです。自分で仕留めた獲物を使った新鮮料理に定評があるんですよ」

「知ってんの!?」


 で、なんかエクセラがごく自然に店主の紹介を始めてくれたので、反射的に突っ込んでしまう。


「ええ。マイトさんは前に、ヴァラデア様の屋敷で料理長をやっていた人なんですよ。数年前に独立しまして、今はフリーで仕事をしてるんです。お久しぶりですね」

「お変わりないようですね。……本当にお変わりないようですね、エクセラさん」


 そして良く知れた仲のようで、大人たちはがっしりと握手を交わしていた。

 こんなところで旧友の再会が起きるなんて、偶然にしてはできすぎではないかと思える。が、今日のこの場にはドラゴン目当ての人が集まってきているのだ。かつてドラゴンと縁があった人が現れても、特別に驚くべきことではないかもしれない。

 この後、もし二度目三度目の再開に遭遇したとしても、よくあることとして受け流す心の準備だけはしておくことにした。


「んふはははは! きみたちのお母さんにはよくお世話になったもんだよ。よろしくな!」


 思った以上に大ベテランだった店主は高らかに笑ったあと、さっと身をひるがえして仕事場に戻ると、丸焼き肉にナイフを入れて焼き肉を大量に切り出し始めた。

 そういえばと真横を見てみれば、知らぬ間に食事を終えていた妹が、店主に熱い視線を送っていることに気づく。おかわりをご所望のようだ。


「へえー、お兄さんってヴァラデアさんの家で働いてた人だったんだ。じゃあ先輩ってことですね。実は私も今、あそこで働いてるんですよー。しかも住み込みで!」

「ほほう、エクセラさんらといっしょに居るのはそういうことかい。ところで住み込みで働いてるって? 見たところだと、まだ学生さんじゃないか?」


 店主はカレンと雑談をしつつも料理と会計をこなす。

 器用に並列作業をこなすものである。これがヴァラデアの屋敷で料理長をやっていた男の実力か。


「いやあ、いろいろあって、家族みんなで移り住んで働くことになったんです。思った以上に自由にやれるし、とっても楽しいですよ」

「ほおー、大変なんだなあ。よし、決めた! 特別サービスだ、焼きたての一つ、プレゼントしてやるよ! あそこの仕事は大変だからなあ、しっかり食って体力付けな!」

「イエー! さすが大先輩、太っ腹! いや、ぜんぜん太ってないですけど? ハイ! 太っ腹ぁーっ!」

「まったくよぉー、調子のいいやつだな!」


 人間たちが騒々しく歓談する姿を横目で眺めながら、残りの肉を口の中に放り込む。

 しゃべっているうちに少しだけ冷えてしまったようだが、それでもまだ味は落ちていない。何度も何度も噛んで旨みを堪能したあと、時間をかけて飲み込んで胃に落とした。

 ぺろりと口周りをひと舐めしてから一言。


「うん、おいしかった」


 うまいものを食べたあとの感想は、これ以外にあり得ない。大満足のひと時だった。


 食の余韻に浸っていると、いつの間にもらったのか、二皿目の肉に食らいついている妹の姿が目に入る。

 幸せにとろける顔で、くるくる鳴きながら肉をかみかみしている妹の顔を見ていると、おかわりしたくなってくる。

 カレンは『お金なくなるまでがっつりたっぷり買ってあげる』とか言っていたので、遠慮なく注文しても問題ないだろう。彼女の小遣いは元々ヴァラデアの金らしいから、自腹で買うのと大差ない。

 さっそく店主にいい感じに分厚い肉を一枚頼もうかと思ったそのとき、ドラゴンの感覚が強大なドラゴンの気配の接近を捉えた。


「シルギット様、そろそろヴァラデア様が来ますよ」


 今まで静かに様子を見ていたエクセラも一報入れてくる。

 妹も気配に気づいたようで、口を動かしながらも闘いの舞台となる不毛の谷を見つめ始める。周囲の人間たちの騒ぎも、少しだけ静まってきた気もする。

 いよいよ怪獣大決戦が始まるようだ。


「そうですか。すいません、お肉もうひとつください」

「オラッ! たんと食いな!」


 だが今この瞬間は、おかわりのほうが優先だ。無視して店主に次の肉を求める。

 新しい肉が乗った皿をもらったときに見えたエクセラの顔は、ちょっぴり呆れ交じりながらも暖かな笑みだった。

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