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第二話 ドラゴンの遊び(3/3) 初姉妹喧嘩

 腹ばいになって寝転がりながら、誰ともなく言葉を放り投げる。


「妹の世話ねえ。さあて、どうしよ」


 体勢を変えずに、勝手に遊んでいる妹を観察する。

 この子は今まで、ずっと寝ては起きてを繰り返すばかりだったので、ベッドから降りてくることがなかった。まともに対面するのはこれが初めてだ。

 自らの意識の奥底に眠る記憶に手を差し込んで、使えそうな知識を掘り起こそうとしてみるが、残念ながら子どもの世話をした経験などが出てくることはなかった。


 ヴァラデアはドラゴンの子の世話のしかたを知っているだろうが、残念ながら今の彼女は、本能丸出し理性皆無のケダモノ真っ最中である。質問が通じる状態じゃない。

 妹とどう接するべきか、どうもいい方法が浮かばずに手をこまねき続けている。


 妹はほんと好き勝手に動いている。

 ときには地面に落ちている石ころを拾っては放り投げてみたり、握りつぶしてみたり、食ってみたり、地面を転げまわったり、天井をぼけっと見つめて固まったりする。

 ときには部屋の外に出ようとしてヴァラデアにつまみあげられたり、そのヴァラデアに噛みついたり、自分でベッドの上に戻ったり、間違えて姉のベッドを占拠したりもする。

 実に気まぐれで自由だ。幼い妹をどうやって世話してやろうかと思い悩んでいる姉とはえらい違いである。


 生まれつき変な記憶を持っていなければ、今頃はいっしょになってこの妹とコロコロ遊んでいたのかなと、自分の境遇が哀れなものに思えてしまう。

 いや、自分もゼロ歳児で、目の前の妹の双子の姉だ。今から遊んでも問題ないはずだ。

 妹を見ていてなんとなくそう思ったので、とりあえずふたりで遊んでみて、相手の出方を見ながら接し方を考えてみることにした。

 いつまでも独りで悩んでいるよりは、行動したほうがいい案が浮かぶことだろう。


「なにしてるのかな? お姉ちゃんもまぜてほしいなー」


 妹のほうへ軽やかに歩み寄りながら、右前足を上げてさわやかにあいさつを決めてみる。

 妹はこちらの存在に気づいて一瞬見つめ返してきたが、すぐに石いじりを再開した。

 素っ気ないが、いちおう姉に興味は持ってくれたようだ。ときどき思い出したかのように注意を向けてくるようになった。つかみはなかなか良い。


 ちょっと自信がついてきたので、更に近づいてみる。

 なにげなく足元に落ちている石ころをひとつ拾い上げると、それを見た妹がいきなり突っ込んできた。

 全体重を乗せたタックルをまともにくらってしまい、壁まで吹き飛ばされて思いっきり叩きつけられる。でも、痛みはまったくなかったのですぐに立ち上がり、妹のほうに向き直る。


 妹の前足には、先ほど手に取った石ころが収まっていた。

 四肢を踏ん張って立ち塞がり、見るからに敵意全開で唸り声をあげている。

 『近寄るな!』、『これに触るな!』、『全部私のものだ!』、そんな強い意思が全身から伝わってくるかのようだ。


 実の妹から威嚇されるというのは、なかなか心にクる。

 でも気を落としてばかりいられない。妹が守っている石ころは、自分にとっても暇つぶし用のおもちゃとして欲しいのだ。

 どうすれば石ころを奪い返すことができるか思案する。


「どうした! そら! かかってこいッ!」


 試しに挑発してみる。かかってきやがれお嬢ちゃんが、と指一本でちょいちょいと手招きしてみたが、なんの反応も得ることができなかった。


「こら! だめでしょーおもちゃを独り占めしちゃー。お姉ちゃんぷんぷんだぞー」


 今度は発想を変えて説教をかましてみたが、これも同じ結果に終わった。


 そもそも相手は生後間もない幼児だ。人間よりもはるかに優れた知能を持つドラゴンといえども、そんなジェスチャーやら説教やらを理解することなどできるはずもない。言葉でなんとかしようという発想自体がそもそもの間違いだった。


 言葉は通じそうにない。ならば力づくで奪い返すのみ。


 不意打ち気味に突っ込む。一瞬だけ反応が遅れた妹の隙を突いて、すかさず石ころを確保して即座に離脱する。

 が、失敗。妹が素早く背中に飛びついてくると、勢いよく押し倒されてしまう。

 石ころが前足から離れて白い床に散らばってしまうが、妹が石ころに興味を示すことはもうなかった。


 妹はなぜか知らんが愉しそうに笑うと、妙にかわいらしい響きの甲高い咆哮をあげてから、殴る蹴るの暴行を繰り出してきた。

 振るう拳に込める力に手加減は見られず、全身を強く打ちつけてくるが、痛みはまったく感じない。

 拳を打ちつけられる際に感じる衝撃の重さから考えて、本気の打撃であることは間違いない。ドラゴンの体はかなり頑丈なようだ。


 これなら反撃してもだいじょうぶだろう。


「どけ!」


 鋭い肘打ちを妹の顔面に直撃させると、あっさり転ばせることができたので、すかさず押さえつけて動きを封じる。

 妹が拘束から逃れるべく、自らを拘束する前足を引き剥がそうとしてもがく。

 逃すまいと抑えつける力をさらに強めると、意外にあっさりと屈服した。


 思いのほか楽に制圧できたのはちょっと驚きだったが、きっと自主的に体を動かしていた時間がこの子よりも長かったぶんだけ、体力的に勝っていたのだろう。本気を出せば負けるはずがなかった。


 それにしても、おもちゃを取っただけで暴力を振るってくるとは悪い子だ。誰かを殴ったら殴り返されるということを、しっかりと教えてやらなければならない。そう心に決めて、しつけを始めることにした。


「ほら、悪い子にはおしおきだ! ほれっ! ほれっ!」


 手加減した拳をぽかぽかと振り下ろす。

 妹は獰猛に吼えながら暴れだすが、力で勝る姉による拘束から逃れることはできない。


 これはただのしつけだ。本気で殴るつもりなど毛頭ない。

 だんだんと妹がおとなしくなってきたところで、拳が自分の意思を無視して動き続けてしまっていることに気付く。

 ひとつ打ちつけるたびに、拳に込める力も、押さえつける力も、その両方が少しずつ強くなっていく。


 心拍数が大きく上がる。血流が急激に早くなるとともに頭に血がのぼり、視界が真っ赤に染まる。強い熱を帯びた呼吸は激しく乱れて、理性が急速にとろけていく。

 自分がなにをしているのかよくわからないまま妹をにらみ付けると、妹とまったく同じ声で獣のように吠えていた。




 シルギットは全力の一撃をお見舞いするべく、両前足を硬く組みあげて振り上げる。だが、押さえつけていた前足が離れた瞬間、妹から頭突きを顔面にくらって大きくのけぞってしまう。妹はその隙に拘束から逃れた。


 体勢を立て直した二頭の子ドラゴンは、互いににらみ合いながら飛びかかるための機会をうかがう。

 一定の間合いを保ちつつ、三回転ほど円を描くステップを踏んだところで、落ちている石ころに一瞬だけ気を囚われたシルギットの隙をついて妹が飛びかかった。


 が、それは妹の油断を誘うために不注意を装っただけだ。シルギットはわずかに身をそらすだけでこれを回避。

 シルギットは隙だらけの妹の首に食らいつき、思いっきり振り回してから横に投げ飛ばした。


 妹は砲弾のような勢いで壁に激突する。その衝突音はすさまじく、尋常の生き物なら命はない威力が出ただろう。

 そんな一撃をくらっても全然こたえなかったようで、すぐ立ち上がるとシルギットへ向き直った。


 手加減無しの一撃を受けても立ち上がってくる妹の姿を見たシルギットは、狂喜に顔を歪ませて笑うと、幼く未熟な喉から天を引き裂く稲妻のごとき咆哮を放った。これは『今からおまえの息の根を止めてやる』という意味だ。

 そんな殺害予告を受けても妹はまったく臆することなく、それどころか禍々しくも攻撃的に笑うと、姉とまったく同じ響きの吠え声を放って応えてみせた。


 二頭は四足で疾走して、全身をぶつけあう。打ち負けたのは妹のほうだ。

 シルギットはよろけた妹の頭をすかさず殴りつけて床に叩き伏せると、すかさず左前足で首を締めあげる。

 上半身をひねって右前足を大きく振りかぶり、渾身の力を込めた貫手を妹の顔面に突き下ろす。その爪撃は狙いたがわず妹の目にえぐり入っていた。




「え? はっ……まずいっ!」


 頭の制御が戻ってきたのは、自らが繰り出した必殺の一撃が妹の顔面に叩きつけられた瞬間だった。強い焦燥感を覚えるとともに冷静さを取り戻した。

 全身の血の気が一気に引いて、猛々しい熱を帯びていた体が氷のごとく冷え切ってしまう。

 妹の目を潰してしまった。一生回復することのない致命傷だろう。


「くそっ、なんなんだ。なんで私はこんなことを」


 悪態をつきながら震える拳を引いて、妹の怪我を確認してみると、どういうわけか無傷だった。それどころか、手加減なしの殴打を受けてきたはずなのに、その体には鱗一枚の綻びすらなかった。


「は?」


 さすがはドラゴン、妹から思いっきり殴られても痛みを感じなかったので頑丈な体だとは思っていたが、その頑丈さの程度は想像を絶するものだったようだ。


 唖然としてきれいな体の妹を見つめているところに、今度は妹のほうからお返しの目潰し攻撃を仕掛けてきた。

 かぎ爪が的確に眼球へと突き入れられるが、金属同士がぶつかり合ったかのような硬質な音と共に一撃は弾かれた。

 粘膜も無敵レベルの硬さらしい。もう生物としていろいろおかしい。


 眼球が傷つくことはなかったが、顔面に強い衝撃を受けたことで大きくよろめいてしまう。

 妹はすかさず押し倒してから馬乗りになってくる。両方の拳を突き上げながらかわいらしく吼えると、全力の暴行を始めた。


 再び妹を跳ね除けるだけの力は充分に残っているが、あえて反撃せずに無防備に殴られ続けておく。

 ひとつ拳を打ちつけられるたびに頭に血がのぼってきて、潰れかけたろうそくの火のごとく理性が頼りなく揺らぐのだ。

 もしここで反撃をしたら、再び我を失って全力の拳を見舞ってしまうかもしれない。傷つけることは無いようだとしても、それでまたひやりとした思いをするのは二度とごめんなのだ。


 全力で貫手をくらわせても、途方もなく頑丈なドラゴンの体は傷一つつかない。その全力以上の力を持たない妹からならば、どんなに殴られても平気だろう。相手が殴り飽きるまで無心になって身をなげうつことにした。


 殴られ、引っかかれ、噛みつかれながらぼんやり思う。

 この子はまだ赤ちゃんだというのに、いきなり殺る気全開で襲いかかってくるとは思わなかった。恐ろしく凶暴である。ここまで凄まじいと、ちょっと将来が心配になってくる。

 姉としては平和的に妹と遊びたいのだ。そのためにはどうすればよいかを考えてみる。


 この子とはどう接すればいいのか。この子になにを教えればいいのか。この子からなにを学ぶべきなのか。

 教育めいた案が浮かんでは消えていくが、満足いく考えにはたどり着けない。

 どうすればよいのか。どうすればよいのか。


 ひたすら思考の海を漂っていると、いつの間にか妹が暴行をやめて、ねんねしていることに気づく。

 無防備に覆いかぶさってきて、満足そうな顔で静かに寝息を立てている。先ほどまで荒れ狂っていた猛獣と同一とは思えない、実に愛くるしい寝姿である。

 そんな姿を見ていると眠くなってきて、それからなにかを考えることもなく、そのまま寝入った。


  第二話 完


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