第八話 ドラゴンの闘争(3/8) 戦闘機、その脅威の性能
ヴァラデアに絡まれるというちょっとした危機を乗り越えて、思考のスイッチを警戒モードから通常モードに切り替える。
元気よく遊んでいる最中の妹を見てみると、知らぬ間に戦闘機の上へ昇っていた。
磨きぬかれた操縦室部分の装甲を興味深そうにぺたぺたと触っていて、ときおり鼻先を押し付けて匂いを嗅いだりしている。
ひとまず噂の新型戦闘機がどんなものか観察してみるために、妹が乗っかっていないほうの戦闘機に近寄ってみるが、唐突に鳴り響き始めた打撃音により思わず歩みを止めてしまう。
ゴツゴツと硬く鈍い音が等間隔で鳴り続ける。なんの音かと思えば、それは妹が戦闘機の装甲を殴りつける音だった。
なにを思ったか、両前足を固く握りしめ、一心不乱に拳を振り下ろし続けているのだ。
陽だまりのなかで黙々と乱打を繰り出すその姿は地味に怖かった。
でも怖がってばかりいられない。
今のところは砕けたりひしゃげたりはしていないが、このままでは機体を大きく傷つけられる、最悪壊されてしまうかもしれない。
下手な家よりも高額であろう設備を弁償させられる展開は嫌なので、速やかに止めなければならない。それ以前に、おいたをしている妹を止めるのは姉の務めだ。
「こらっ! なにをやってるんだ! 壊そうとするんじゃあないっ!」
慌てて妹に呼びかけるが、案の定反応はない。ただ黙々と拳を振るい続けている。
こうなったら実力行使で止めるしかない。一発飛び蹴りを食らわせてやろうと間合いを詰めて、一気に飛びかかるべく身を深く沈めると、背後にいた男が制止してきた。
「あ、止めなくてもだいじょうぶ、だいじょうぶ」
予想外の言葉が男の口から飛び出したので、思わずつんのめって顔から地面に突っ込んでしまった。
「どの辺りがだいじょうぶなんですかね、アンタ!」
すぐに立ち上がり、尻尾を振り回しつつ男に詰め寄って、今の発言の意図を尋ねてみる。
髪が乱れっぱなしで太目な体系のだらしなさそうな男は、頭をポリポリ掻きつつノンビリとした口調で答えてくれた。
「あれくらいなら壊れないよ。あれはドラゴンと空中格闘戦をやるためのものでね、ドラゴンに殴られても平気なようにできてるんだ。というか、頑丈さをテストしたいから、もっと力強く殴って欲しいかな、他でもないきみたちドラゴンにね」
「えぇー、なにそれ……」
むしろ推奨するらしい。予想が斜め上からジェット噴射で大気圏外にすっ飛んで行ったので、さすがに言葉が出ない。
常識が息をしていない。息どころか心停止している。必死に呼びかけながら心肺蘇生法を試みても、息を吹き返す気配すらなかった。
「お? おおー! 先輩、全然傷ついてませんよ! あれならヴァラデアさんのタックルも防げんじゃないですか?」
「どうだろうなあ。今のデータだと理論上はいけるはずなんだけどな。あのひと本気を見せてくれないから、ん~む~チッ、わからないなあ」
妹の殴打ショーを眺めている人々が、なんとものんきにそれぞれの見解を述べている。本気で問題なさそうだった。
と、さっき男が妙なことを言っていたのに気づいたので、その件で突っ込みを入れるために手近な男へ問いかけてみる。
「あのーちょっと待ってください。ドラゴンと、空中格闘戦? アレって私たちと、ドラゴンと戦うためのものなんですか?」
「ん? ああ、うん。きみに言うのもアレだけど、いちおうそうなんだよ、実は」
「そう、なんですか。いいのかそれ」
問いかけに反応してくれた顔色の悪い痩せぎすの男が、やや言いにくそうに隈のある目元をひくひくさせながら答えてくれる。
今この国では、ドラゴンは人間と相利共生の関係にあるが、そうではない時代も過去にはあったそうだ。歴史上では二種族がいろいろなものを巡って、血みどろの争いを繰り広げたことも少なくなかったという。
人間社会に深く食い込んでいるヴァラデアでさえもキレたら何をするかもわからないので、ドラゴンが敵に回ったときのために戦力を追及するのは自然なことといえる。
その力を振るわれる対象であるドラゴンの身としては複雑な思いである。
話は痩せた男の傍らにいる理屈屋っぽいメガネ男に引き継がれる。
「あ、心配しなくてだいじょうぶだぞ、ヴァラデアさんと本気で殺りあうことなんてないから。もっぱらきみらとは別のドラゴンを相手にするために使われてるんだ、こういったやつは」
根暗そうな面なのに、意外にさわやかな笑顔を見せてくる男が、掌に収まる程度の大きさのタブレット型端末を胸ポケットから取り出す。
苦労を知らなそうな白く細い指一本で手際よく操作すると、大判の本ほどはある地図が空中に映し出された。
それは全部で十五ある都を一目で見ることができる全国版地図だ。画面が妙にちらついていて少し見づらいが、地図として使う分には問題ない。
メガネ男は、国境を意味する黒く太い枠線のうち、赤線部分を細い指でなぞりながら、張りのある声で元気よく説明してくれる。
「ほら、ここ見て。この赤い線の部分が、きみのお母さんの縄張りの端っこだ。そこまで行けば野良ドラゴンがそれなりにいるみたいなんだ」
「野良って……」
「ヴァラデアさんみたいな力が無いから広い縄張りを持てずに、山や森で暮らしてるドラゴンたちがいるんだよ。そいつらは街にやってきて人を襲うことが稀にだけどあってね、そのときに戦車とか戦闘機とかを使って追い払うんだよ」
メガネ男はなぜか得意顔で語ってくれる。思わぬ情報に感嘆の声が出た。
「そうか、そんなドラゴンもいたんですね。そりゃそうだよね」
「そりゃあいるよ、ハハ。うちは本でしか見たことないけどね、けっこういろんな種類がいるらしいぞー」
「へえー。一度見てみたいなあー」
家族以外のドラゴンを見たことは、生まれてこのかた一度も無かった。
それも当然のこと。ヴァラデアが治めるこの地で、自分たち以外のドラゴンと遭遇することなどあり得ない。
ドラゴンにとっての最大の脅威は同じドラゴンである。そんな脅威は排除されて然るべきなのだ。
今まで読んできた本では、自分たちと同格の力を持つ有名なドラゴンについての説明しかなかったので、一般ドラゴンについての認識が抜け落ちていた。
一度知ってしまうと、かなり強い興味がわく。いったいどんな姿なのか、どんな能力を持っているのか、なにを食べて生きているのか、話し合いは通じるのか、ヴァラデアや妹と比べてどっちがアブない性格なのか、あれやこれや。
しばらく思考潮流で漂っていたら、何者かに勢いよく尻尾を引っ張られることで現実に引き戻された。不測の出来事に仰天して悲鳴をあげかけたが、なんとか息を呑み込みきる。
尻尾の先を見てみると、知らぬ間に拳の弾幕祭りを開催し終えていた妹が、なにか物欲しげな眼差しを向けてきながら尻尾をくわえてきていた。
「ねーねー、おまえもやってー、ほらー!」
「え、なに? どうした」
つぶらな青い瞳を美しくも妖しく輝かせた妹が、なにかをおねだりしながら強い力で引っ張ってくる。
「ねー、やってー! やってー!」
「やって? やってってなにを? ちょっとコラ。ひとの尻尾を引っ張るんじゃない」
引きずられる先は、妹がマウントパンチをかましていた戦闘機さんのもとだ。ドラゴンの力で殴られても傷つかないという、ステキな頑丈ボディを持つ御仁である。
「くるるる、がつんってがつんーー壊すの! おまえも壊すの! がつんがつんやってー!」
「壊すって何を? いや、もしかしてコレを?」
「やってー! 早くやれー!」
尻尾を離した妹が、『さあやれ!』『進め!』と言わんばかりにぐいぐいと尻を押してくる。どうやら『お姉ちゃんも殴打祭りに参加しろ』と言いたいようだ。
さっきまで話していた男たちに目配せすると、そろって力強く頷いてくれた。『うん』じゃねえよと言いたくなる。
黙って見守り続けているエクセラに視線を送ると、にやりと笑いつつ力強く親指を立ててくれた。この人も同類だった。
「はぁー……まったく……」
まわりはもうパンチ力測定開始の空気で満たされている。もはや言葉の風を吹き込もうとも換気はできそうにないと、諦めを込めて溜め息をひとつ吐く。
こうなれば仕方ない。開き直って一発重いのを装甲さんへプレゼントしてやることにした。
「なんだあの子、あの悟りきった顔」
「いつものことです。あの子は特別に賢いですから」
戦闘機の巨体を見上げる。傷一つない鏡の装甲が自分の姿を映し出している。青白い鱗をもつ子ドラゴンが、まん丸できれいだけど微妙にスレたお目々で見つめ返してくる。拳の行き先はそれだ。
思い浮かべるイメージは妹との“ケンカごっこ”だ。自分と瓜二つの姿の相手に力をぶつける日常のひとときだ。
これまでは、妹との“遊び”のなかで新たな技を開発することで妹を喜ばせてきた。背後できゅーきゅーと騒がしく鳴きながら応援する妹もそれを期待しているはず。
いつも通りにやろう、目前の自分によく似た青白い姿に拳をぶつけて喜ばせてやると、そう思うことにした。
「スゥーッ、フゥー……グルルルルッ」
雑念を捨てて、呼吸を整えて、身を低く沈めて、狩りの態勢をとる。
瞳孔が縦に細く引き絞られて鋭くなった獣の目で、鏡写しの自分自身という獲物とにらみ合う。
手始めに、いつも妹に食らわせている正拳を一発繰り出してみる。鈍い衝撃音とともに拳が炸裂するが、まるで手ごたえがない。
もう一発強めに殴ってみても、やはりだめ。表面にすり傷がつくくらいで、壊すには程遠い。殴る感覚、打撃音ともに、まるで分厚い岩盤を殴りつけてるかのようだ。さすがの頑丈さである。
打撃が駄目なら爪で切り裂いてみようとするが、案の定こちらも通用しない。引っかき傷はちょっとだけつくが、この程度では壊したうちに入らないだろう。
全体重を乗せた体当たりも、飛び蹴りも、空中回転尻尾アタックも、なにもかもが通用しない。
ドラゴンを相手に戦う機械なだけあって実に頑丈である。子ドラゴンの力でこの装甲を貫くのは無理のようだ。
だが、それは認められない。このまま諦めるという選択肢などあり得ない。
自分の力がまったく通用しないという現実が闘争心に火をつけて、殺意じみた興奮を呼び起こす。
ドラゴンが生来持つ破壊欲求が、最強の戦闘生物としての誇りが、眼前の装甲を打ち砕いてやれと狂い叫ぶ。
湧き上がる暴力的衝動を冷静に受け入れて、全力の攻撃を叩き込んでやるべく大きく息を吸い込み、後ろ足で立ち上がって構えをとった。
「むうっ、あの構えはまさか……」
「知ってるのかシゲン!?」
意識を集中して周囲の雑音を完全遮断。
限界まで強く握りしめた右前足を持ち上げ、上半身をひねりながら振りかぶって、全神経を拳に集中させる。
息をひとつ短く吸い、続けて思いきり吸い込む。
牙を食いしばる。
ドラゴンがもつ異形の筋肉が、溜まった力を際限なく受け入れて膨張。血流の増大とともに体温が急激に上昇して、牙の間から炎のような吐息が漏れ出る。
集中、解放、爆発。
溜めていた力をすべて解き放ち、右後足と尻尾で地面を蹴る。
破壊力のみを追求した大振りのパンチが、全身のバネを総動員することで生み出した遠心力によって加速、より加速、さらに加速。
「グアッッッッ!」
広大な飛行場の空気を揺らす咆哮とともに一閃。全身全霊の力を込めた拳が装甲に炸裂すると、低く乾いた打撃音を立てた。今までで一番重そうな音色である。
しばしの間。
冷え冷えとしたそよ風が広場を吹き抜ける。
全身の熱が急速に引いていく。力を発散する先を求めて荒ぶっていた炎が、またたく間に静まっていく。すべてを焼き尽くす溶岩が豪雨にさらされて、冷えて固まると、音もなく崩れ去っていく。
静かに拳を引いて結果を見てみると、装甲が少しだけへこんでいる。これだけ。
次の瞬間には力尽きて、無意識のうちに五体を地面に投げ出していた。
完敗だ。全身全霊の力でもって拳を繰り出したというのに、相手の装甲を突き破るどころか、小さくへこませることしかできなかった。
それでも、悔しさはそれほど感じなかった。
ここまでやっても破壊できなかったとあれば、いっそ清々しい。それに、妹とのケンカごっこでも出したことのない力を初めて出すことができて、なんだかとてもスッキリしてしまった。
もはや戦意は無い。
今回は負けを認めよう。もっと大きくなって力をつけたら再挑戦して、そのときは必ず撃破してやろう。
勝利を未来に預けることを堅く心に誓って、名機を作った男たちに降参を宣言するために立ち上がる。
「寝るなー、本気だせーっ」
「うるせえーーーー! 今のが本気なんだよ! どこをどう見たら手を抜いたように見えたんだ! 私をバカにしてんのか! ボケッ!」
スッキリ決着がついたと思ったところで、妹が空気を読まずにさらなる打撃を煽ってくれる。むかつきが一秒で限界突破して、ついつい口汚く罵ってしまった。
「うおお、いいパンチじゃないか! 諦めるなよー!」
「シルギット様ー、だいじょうぶです。ヴァラデア様が戻るまでまだまだ時間ありますよー」
で、周りの大人たちは、歓声をあげながら応援を始めてくれる始末だ。
そんなに戦闘機を殴るドラゴンの姿を見たいのか。なにが楽しくてそんなことを言うのかさっぱりわからない。
「おい、そろそろ普通に“見学”したがってる私がいるぞ。もう殴るのはいいんですけどぉーッ!?」
「あ、そうなんですか? わかりました」
だが、一言突っ込みを入れるだけで、大人たちはあっさりと見学モードに切り替えてくれた。訴えてみれば案外すんなり通じるものである。
それからヴァラデアが戻ってくるまで、機体のスペックや開発秘話などを聞いていた。
その間、妹は飽きずに戦闘機を殴り続けていて、その構えはさっき繰り出した本気のパンチとよく似ていた。




