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第二話 ドラゴンの遊び(1/3) 育児部屋での過ごし方

 生まれて初めての目覚めを迎えてから、どれほどの時が過ぎただろうか。

 寝起きを十回以上繰り返してきたので、それなりの時間が経ったのだろう。時計がなければ窓一つない閉鎖空間では、正確な時間など把握しようがない。

 ただ、衰弱しきっていた体を回復させるには充分な時間だったようだ。


 初めに目覚めた頃は、常に激しいめまいに襲われて、指一本動かすことすらおっくうだった。今では不自由なく歩き回ることができるようになっている。

 これがドラゴン特有の超回復力というものか。思い通りに動けるというのは実に喜ばしいことだ。


 それは良いのだが、実際に動ける範囲はひどく狭かった。今居る部屋から出ようとすると、母親のヴァラデアがすかさず首をくわえ上げて、部屋の中に引き戻してくるのだ。

 部屋にこもっていれば問題ないのだが、肝心の部屋のなかにはろくなものがない。子ども用のベッド以外の家具が無く、子ども用のおもちゃすら見当たらないという退屈な場所だ。

 唯一の楽しみは、たまーに部屋の外から差し入れられてくる骨付き肉をいただく時間のみ。こんな環境では、せっかくの元気さを持て余してしまう。


 このままでは退屈に殺されてしまうと思ったので、何度かヴァラデアに『なにか欲しい』とお願いしてみたが、ほとんどが無視されて終わった。

 彼女は殺意に満ちた目つきで付近を警戒するばかりで、呼んでも反応すらしてくれないことが多かったのだ。

 それでもめげずに根気よく話しかけ続けていたら応えてくれたので、暇つぶし用の道具を調達してもらうことはできた。

 諦めずに頑張ればなんとかなるものである。



  第二話 ドラゴンの遊び



 暇つぶし用道具の“様々な素材の石ころ”を横一列に並べて、端から順番に取り上げては握り潰す。

 半分ほど潰したところで、知らぬ間に落ち着いていたヴァラデアが、なんか不審そうに声をかけてきた。


「シルギット。なにを並べてるんだい?」

「お、話しかけてきた……。あんたが手に入れてくれたんでしょ。いろんな素材の石ころだよ。石ころというか玉だけど。右から硬い順に並べてる」


 鉄球を握る拳に力を込めて、湿った破砕音をたてて潰しながら問いに答える。

 それを見るヴァラデアは、わかりやすく戸惑いながら目を細めた。


「……で、なんで握り潰してるのかな」

「どれくらい力があるのか測ってみたくて」


 鉄球の隣に置いてあったガラス玉を手に取って、渾身の力を込めて握りしめると砕け割れて、無数の破片が拳の隙間からこぼれ落ちた。

 生後間もない幼児の身だというのに凄まじい力である。これで成長したらどれほどのものになるのか、今の時点では想像することもできない。

 娘の遊びを見守るヴァラデアは、無理して笑おうとして引きつったような変顔をする。


「あー、うん。そ、そうか。遊び方新しいね。……あ、ところで、『あんた』じゃあなくてちゃんとお母さんと呼びなさい」

「あ、それもそうだね。ごめん、お母さん」


 確かに親に対して“あんた”はなかった。素直に頭を下げて謝ると、ヴァラデアはよりいっそう微妙な顔をしてくれた。なんとなく気持ちは察せられるが、どう対応すればいいというのか。親心は複雑である。


「ええと……それで? 他にはなにをやってたんだい?」


 母親からの妙な質問に首をひねる。彼女は、子どもたちから片時も離れずにいたのだから、今までやっていたことは全て把握しているはずだ。


「なんで今さらそんなこと訊くの? ずっと側で見てたのに」

「いや、全然覚えてないよ。そのときは理性が吹き飛んでたから」


 理性が吹き飛ぶとはどういうことなのか。言っていることをよく理解できなかったので、腕組みして考えてみる。

 考え始めたのを見てか、ヴァラデアは改めて説明しだした。


「私たちドラゴンはね、子どもを産んでからしばらくの間は凶暴になるんだ。おまえたちのことが心配すぎて、ちょくちょく本能に負けちゃうんだよね。その間のことは、なにも覚えてないよ。

 このごろ記憶が歯抜けになってるから、知らないうちに誰か殺してそうで、ちょっと怖いんだよねえ」


 話しかけても反応がなかったときのヴァラデアの姿を思い出す。

 少し前の彼女は、血走った目をぎょろぎょろと動かしながら忙しく部屋中を見回しているばかりで、まったく落ち着きが見られなかった。

 今の彼女は平静そのもので、その瞳には強い理性の光が灯っている。

 記憶の中で比較してみると、確かに様子が異なりまくっていた。


「ドラゴンの本能ってのは融通がきかなくて厄介なものだよ。自分のことなのに自分の思うように動けないんだから。もう少しすれば落ち着いて、本能なんかに負けることなんか無くなるはずなんだけど……」


 握り拳をわななかせて悔やむように語るその様は、自らのことを恥じらっているかのようだ。

 猛悪な本能に身を任せることは、彼女にとってまったく許容できないことらしい。許容できないどころか、呪っているようにさえ見える。

 彼女はドラゴン、一般的に縛られることを嫌うとされる生き物だ。そんなのがなぜ、ここまで必死になって生得的な性質を抑え込もうとしているのか。

 獣にしては変わった考え方をしていると思う。


「まあ、今それは置いといてだ。さあ、おまえの話をお母さんに聞かせてくれ」


 今はたまたま気持ちが落ち着いているのか、普通に会話が成り立っている。ヴァラデアに理性がある今のうちに、これまでやってきたことを報告することにした。

 軽く天井を仰ぎ見ながら、少し前のことを思い出してみる。


「動きまわることができるようになってから部屋をウロウロしてたんだけど、すぐに暇になってね。暇つぶしに身体測定でもしてみることにしたんだ。で、手始めに全力で走ってみたんだけど……」

「結果は?」

「すぐにすっ転んだ」


 説明しつつ再実演してみるが、十歩程度で足がもつれて転んでしまう。

 起き上がったところで、なぜかヴァラデアが今まで見せたことのない優しい笑顔をしていることに気づく。とりあえず見なかったことにして話を続ける。


「これでもマシになったんだよ? 最初は三歩が精一杯だったからね。歩いて体を慣らして、やっと今くらい走れるようになったんだよ。思ったよりバランスがとれないもんなんだね」

「おお、そうかそうか。がんばったんだねえ」


 軽く伏せをして目線を合わせてきているヴァラデアが、前足で腕組みしながら大きく大きくあいづちを打つ。


「ほかにもやってみたけど、全部いまいちだったよ。ジャンプするとうまく踏ん張れなくて思ったより跳べないし、後ろ足で立ってみたらすぐにコケるし、逆立ちに至っちゃ一瞬すらできないし。ドラゴンなんだからスゴい結果がでるんじゃないかと思ってんだけどね、期待外れもいいとこだったよ」

「そりゃあそうだ。おまえは体がちょっと……いや、体がまだできてないんだから当然だよ、仕方ないさ。でもね、もうしばらくすればちゃんと動けるようになるはずだから、あまり気にしちゃいけないぞ」

「まあ、それもそうだね」

「で、もちろんそこで終わるおまえじゃあないよね? それからどうした?」


 ヴァラデアは間を置かせずに、有無を言わさぬ態度で話の続きを要求してきた。

 わずかに見開かれたその目は蒼玉のきらめきを放っていて、強い好奇心に満ちていることが見て取れる。娘の活躍に対して興味がおありのご様子だが、そんな興味深い話題なのだろうか。


「なんかえらく興味ある?」

「親が子どもに関心持ってなにか悪いか」

「いや、別に……」


 微妙に不服そうに口元をひん曲げている母親は置いておいて、とりあえず話を続ける。


「ええと、そうそう。大きな動きをするのは難しそうだったから、もうちょっと手ごろなやり方は無いかと思って、身体測定とか用の道具を使ってみようと思ったんだよ」

「ほう、さっそく道具を使うことに思い至ったか」

「で、使えそうなものを外へ探しに行こうと思ったんだけどさ、部屋から出ようとするとお母さんに連れ戻されるから探しにいけなかったんだよねー」

「はっはっは、そりゃ災難だったね」


 今までよくも部屋に閉じ込めてくれたなと、恨みを込めた視線を向けてみるが、ヴァラデアは軽薄に笑って受け流すだけだ。

 この程度で母親が揺るぐことは無いだろうと思っていたので、さっさと話を続ける。


「外に出してくれないなら、代わりになにかいい感じのものを持ってきてってお母さんに頼んだのに、なかなか反応してくれなくてさあ。

 そっちが無視するなら無視できなくしてやるって思って、お母さんのわき腹をくすぐってみたり、尻尾持って変なポーズさせたり、角を引っ張ってみたり、首にぶら下がってみたり、目ん玉舐めてみたりしてみた……んだ、った」

「おまえ、そんな子どもっぽいことをしてくれちゃったのかい? そんな子どもがやるようないたずらを?」


 ヴァラデアが目をむきながら前のめりの体勢で問うと、満ち満ちた歓喜を全身で表現し始めた。

 “子ども”を特に強調してくるが、精神だけが異常なほど成熟しているために子どもらしさに欠ける我が子が、少しは子どもっぽい行動をとっていたことがよほど嬉しかったのか。

 当方としては複雑な気分になるばかりだ。


「……で、それから何度もお願いしてたらやっと話が通じたから、この石ころセットを調達してもらったんだけど……うん、ほんとなにしてたんだろう、私は……」


 床に落ちている合金球を拾いあげて、前足の甲の上で転がしながら考える。

 こうして口に出して自分の行動を振り返ってると、かなり妙なことをしていたことがわかった。相当暇だったのだろう。

 なんだか気恥ずかしさに耐えきれなくなると、思わず自分の尻尾を抱えてうずくまってしまった。

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