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第五話 狩場へ遊びに行こう(4/8) 別荘での休憩

 ドラゴンに連れられての空の旅は、快適とはほど遠いものだった。お母さんに抱えられて、ろくな身動きも会話もできないなか、ただ暴風にさらされ続けたのだ。地味に苦しい道中だった。

 ただ、苦しみの見返りはあったようで、一時間も待たずに目的地の“狩場”へとたどり着けた。


 ヴァラデアの抱擁の籠から身を乗り出して、今日という一日を過ごす地を眺める。

 どこまでも開けた草原では走鳥のペアが駆けてゆく。

 澄み切った水をたたえる池では獣が口をつけていて、点在する林ではさまざまな姿かたちの虫が飛び交っている。

 奥のほうには雲に届きそうなほどの大きな山々が雄大にそびえ立っている。ふもとまで覆い尽くす広大な森林が、晴天の陽に照らされて黄金の輝きを放っていた。


 まさに獲物であふれる大自然といった様相だが、振り返ってみれば、打って変わって灰色のビルが立ち並ぶ人間の領域が広がる。

 二つの領域を分けるものは、道路沿いに立てられている長大な格子網のみ。

 まるで別種の世界が隣り合っているような、どこか奇妙な境界線がそこにあった。


 この“狩場”は自然公園でもあるらしいので、ふだんは人間たちが境界をまたいでやって来て、気ままに散歩しながら自然と触れ合っているのだろう。

 今日は貸し切りらしいので、そういった人間との出会いは望むべくもないが。

 それだけが残念である。


 進む先には、他の木々の数倍の大きさを誇る巨木がぽつんと立っている。その木を目印に飛ぶのかと思っていたら、そのすぐ側にある小さな建物の姿を見つける。

 それは原木で組み立てられた一階建てのログハウスだ。目立った装飾のない質素な外観が自然にあふれる景色と見事に同化していた。


 ヴァラデアが建物に向けて極細の光線を放つと、屋根の一部が開いた。

 そこへ一直線に向かっていき、建物の真上にたどり着くと、垂直に降下して屋根の入り口から中へと入る。着地はとても緩やかで、木板の床の上に立っても物音一つしていなかった。


 ヴァラデアはふっと一息つくと前足を離してくれたので、すぐに床へと降りる。

 それから、凝り固まった気がする体をほぐすために、首から尻尾の先までぐっと伸ばす。

 ニ十分程度の短いフライトだったのというのに、妹と三時間ほどケンカをしたときくらいの疲れがある。妹などは長い舌を垂らしてだらしなく寝転がっていた。道中は気持ちよさそうに眠っていたくせに、いつ疲れたのかが謎である。


「お疲れ様。ああ、やっぱり少し疲れてるみたいですね。ちょっとだけ休憩しましょうか」

「そうだな。私たちは居間に行ってるから」

「わかりました。じゃ、着替えてきますね」


 重装甲のエクセラがサドルから飛び降りるが、装備が重すぎるためか着地時によろけて手をついた。彼女にもちゃんと肉体的限界というものがあることがわかったので、なぜかほっとする。

 彼女は速やかに立ち上がると、木造住宅には似つかわしくない巨大な金属扉を開けて去っていった。


 ヴァラデアが無造作に光線を放つと、開け放たれていた天井がぱたりと閉じる。続いて、身に着けていたサドルを脱ぎ捨てる。最後にすぐ側で寝転がっていた妹の首根っこをくわえて持ちあげた。


「ほら、行くぞ。ついてきなさい」


 そう一声かけてきてからエクセラが出ていった扉をくぐったので、早足でそのあとに付いていく。

 ヴァラデアの巨体がぎりぎり収まる程度という、ドラゴン的には狭い木造の廊下を少しだけ歩くと、目的の居間に着いた。


 そこは草色の絨毯が敷かれた板張りの小部屋だ。

 部屋のど真ん中にはドラゴンサイズのテーブルとソファがどっしりと占めている。花瓶が置かれた棚や、壁に埋め込まれたコルクボードなどが、無骨な丸太の壁を飾りつけている。

 壁一面に備えられた窓はドラゴンの体高ほどもある。見上げれば天窓も複数ついているので採光は十分だ。

 その天窓がヴァラデアの光によって触れることなく解放されると、濃い草の匂いを乗せた穏やかな風が吹き込んできた。


 小部屋に満ちていく心地よい空気に快感を覚えて顔が自然と綻ぶ。自然洞窟とどっこいどっこいな屋敷とはまるで違う、実に過ごしやすいところだ。

 巨大なソファの上で腰を落ち着けたヴァラデアも、ご満悦そうに軽快なリズムで尻尾を揺らしている。やはり快適なのだろう。

 この過ごしやすい部屋で一日中ごろごろして過ごしてみるのも一興かもしれない。

 が、真のお楽しみは外にある。ここでごろごろするのは外出のときがやってくるまでだ。


 くつろぐのに手ごろそうな場所を探していると、妹の姿が消えていることに気づく。

 軽く辺りを見回してみても妹の姿が見つからない。

 もしや着替え中のエクセラを襲撃しにでも行ったのかと思って、少し焦り気味に入ってきた扉を見る。

 着替えの襲撃……思春期の少年が喜びそうなシチュエーションだろうが、襲撃者がメスのうえに命の危険度が深刻な点で台無しだ。


 エクセラが妹に捕食される様を想像してしまい背筋が寒くなるが、慌てる様子を見せずにふてぶてしい面で寝転がっているヴァラデアの姿を見て、それは絶対にないと思い直す。

 これはこれで抜け目がないので、妹が不穏な動きを見せたらすぐさま止めてくれるはずだ。前にエクセラが妹に大怪我させられてからは、ことさら気を付けているみたいなのだから。

 そう思いながらヴァラデアを見ていると、その背中に妹がしがみついて眠っている姿を見つける。実はこんなに近くにいたのだ。自分の目の節穴さがちょっぴり恥ずかしかった。


 安堵の息を吐きつつおねむの妹を観察してみる。

 なにやらむにゃむにゃ寝言を言いながら尻尾を揺らしている。実にかわいらしい寝姿である。なんか思いっきり抱きしめて頬ずりしてやりたくなる衝動にかられる。


 しかしだ。

 こうしておとなしくしている分にはいいのだが、実態は隙あらば首筋に牙を突き立ててこようとする凶暴な生物だ。少しでも油断すると速攻で寝首をかいてくる捕食者だ。見た目に騙されてはいけない。


 といっても、最近は教育の甲斐あってか、もっぱらの悩みの種だった凶暴な獣ぶりはなりを潜めてきている。物覚え自体は非常に良いので、ちゃんと良し悪しを教え込めば理解してくれるのだ。

 ふだんもこの愛らしさを発揮できるようになるかどうかは今後の教育次第だろう。


「来ないのか」

「は?」


 黙って寝転がっていたヴァラデアが長い首をもたげると、不意に謎の一言をぶつけてくる。

 要領を得ない言葉に、思わず抜けた声を漏らしてしまった。


「おまえの妹が私に乗っかってねんねしてるだろうが。なあ、疲れてるんだろう? いっしょに寝たいんじゃあないのか? いいや、寝たいねッ! 親子三段重ねの図、初“狩場”来訪記念の絵としては最高だと思うぞ。

 ほら、私の背中は広いからまだ乗れるぞ。おまえはお姉ちゃんだろう? さあ、姉としての義務を果たせッ! 妹をあまり寂しがらせるな……!」

「なにをわけのわからないことを」


 ヴァラデアが迫真の勢いで妙なことを口走り始めてくれる。

 一瞬で理解力のしきい値を突破されたので、今の異世界語は聞かなかったことにして、天窓の先に広がる空の青さを見て気を紛らわす。


「ヴァラデア様、無理強いしないで。シルギット様がすごく遠い目してますよー」


 そこで着替えを終えたエクセラが、軽やかなステップを踏みながら姿を現した。

 分厚そうな長袖の上下を着こんでいる、飛行用装甲服とは別種類の重装備だ。四肢には軍手にスパイクブーツという、いかにも『これから狩りに行きます』といった印象の出で立ちである。

 ヴァラデアは、そんな完全装備の姿を見て少し驚いたようで、目をぱちくりさせている。


「おいおい、もうフル装備か。まだしばらくは……この子たちの疲れがとれるまでは休んでいくんだぞ? 普段着で良かっただろう」

「これが普段着ですけど? 軍服とかあればもっとよかったんですけど」

「んなもんあるか。ここは戦場じゃあないぞ」

「そうですか」


 ヴァラデアからの突っ込みを適当な感じで流したエクセラは、窓際に置いてある木の椅子に腰かけると、おもむろに手首の万能ブレスレットを取り外して親子の写真を一枚撮る。

 それからガラス窓に寄りかかって、微笑を浮かべながら親子がまどろむ姿を眺めていた。


 その慈しみに溢れた黒い瞳を見ていると、ふと『この人はどうして私たちに優しくするんだろう』という思いが唐突に浮かび上がる。

 エクセラは、実の親であるヴァラデアと変わらない愛情をもって接してくる。危険なドラゴンの子どもが相手でも臆することなく、ひどく傷つけられてもこりずに触れ合いを続ける。戦友の子どもが相手というのもあるだろうが、それでも少しばかり入れ込み過ぎではないかと思える。

 彼女は、なにを思ってドラゴン一家と緊密に付き合っているのか、その真意は想像し難い。


「ん? どうしました? シルギット様」


 エクセラを見つめながらあれこれ考えていると、彼女はなにかを察した様子で話しかけてくる。

 疑問が顔に出ていたらしい。個人的事情に突っ込むつもりもないので適当にごまかそうとしてみるが、妙に焦ってしまって変なことを口走ってしまう。


「エクセラさんって、よく私たちの写真を撮ってますよね」

「ええ。いくら撮っても撮り足りませんねえ」

「いつも思うんですけど、なんでそんなたくさん撮ってるんですか?」

「それはもちろん、思い出をたくさん残したいからですよ。シルギット様たちは、私たちの大切なお宝ですから、思い出がたくさんあるほど嬉しくなっちゃいます」


 ぱぱっと端末を操作して、今まで撮ってきた数々の写真を見せてくる。

 なにげに画像の加工も施されており、ずいぶんと手間暇をかけているようだ。


「思い出作りですか」

「思い出作りですね」

「うーん、確かにそういうのって大切だと思いますけど、でも身は持つんですか? このまえ、妹のせいで大怪我したし」


 ドラゴンは人間を瞬殺してしまえる。ドラゴンにその気が無くとも、あまり近くにいると事故が起きるかもしれない。というか実際に何度か起きた。

 そうやってあんまりベタベタしていると、うっかり爪で大動脈を切り裂かれたり、尻尾で骨を叩き折られたりして、思い出作りの前に思い出の彼方に旅立っていってしまいかねない。それが心配だ。


「事故事故。若い頃はあれ以上のケガは何度もしてきましたし、いまさらどうってことないですよ」

「ソレいまさらで済む話でもないと思うんですがね」

「あはは、心配してくれてありがとうございます、シルギット様」


 懸念に対して返ってくるのは、予想の範囲内の答えといつもの笑顔である。

 なにを考えているのかわからない得体の知れない反応だ。


 その様を見ていると、なぜか急激に不安感が膨れ上がってくる。心の大地が静かに干上がり、音もなくひび割れが広がっていく。


 彼女はいったいなんなのか、よくわからない。


「なんでそこまでやるんですか、自分の子どもでもないのに……って、いや、なんでもないです。なんでもないです」

「え? ええ。かわいいですよ、とにかく、うん」


 余計なことを言ってしまったか、と思ったときにはすでに遅かった。

 穏やかな空気に不純物が混ざる。異臭を放つ小さな煙が立ちのぼり、じわりじわりと空気をむしばんでいく。


「いや、本当ですって。シルギット様たちはね、私の戦友がすっごく苦労して産んだ子どもなんですから、かわいいと思って当たり前じゃないですか。……本当にね」


 彼女は軽い仕草で手をひらひらと振る。一見普段と変わらない調子ながらも、その声は今までにない震えをはらんでいる。あからさまに衝撃を受けているのだ。

 なにか触れてはいけない部分に触れでもしたというのか。普段の凛とした姿からは考えられない有様に、なぜか胸が痛くなってくる。


 それ以上は会話が続かずに嫌な沈黙が落ちる。


 悪いことを言ってしまったようだ。気まずい思いで頭をぽりぽりとかいていたら、ヴァラデアが急に大きな前足を伸ばして首根っこを捉えてきた。


「あーもうっ。変なことを言うんじゃない」


 苛立っている様子のヴァラデアは、その背中へ放り投げてきた。勢いが強くて転げ落ちそうになったので慌ててしがみつく。

 すぐ側には就寝中の妹がいたので、とりあえずその横に腰を下ろした。


「いいからさっさと昼寝しなさい。子どもがいちいち余計なことを考えるな」


 ヴァラデアはそれだけ吐き捨てて、これ以上話すことはないと言わんばかりに素早く体を丸めて目を閉じた。

 なにか話そうとしても、恐ろしげな唸り声をあげて威嚇してくるばかりで、もはや聞く耳をもってくれそうになかった。


 エクセラのほうは、その長い髪の先を握りしめながら無言で窓の外を見ている。その顔は前髪に隠れて見えず、雰囲気的に声をかけづらかった。


 こうなればもう余計なことを言わない方がいいと思って、言われたとおりに大人しく横になる。柔軟で温かな鱗の布団のお蔭で寝心地は良く、それほど時間をかけずに熟睡できることだろう。


 彼女たちは、なにを考えてあんな反応をしたのかはわからない。

 でも、それを追求するべきでもない。

 今日はみんなで楽しく遊ぶための日なのだから、藪をつついて蛇を出すような真似は控えておこう、と思った。

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