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不変の絆

 二十年目の誕生日を迎えた年のある日。今まで過ごしてきた屋敷を離れて、新たな地へと旅立った。


 引っ越し先は隣国の首都だ。摩天楼が立ち並ぶ大都市のど真ん中を占めている、岩や土を盛って作ったという人工の山にある屋敷へ移り住んだ。

 これから何十年かを、この地で過ごすことになるのだ。


 白い弁当箱みたいな見た目をしている新しい屋敷は、前の屋敷とほぼ同じ外観である。

 外観どころか中の間取りもほとんど同じだったりする。住み心地がほとんど変わらないので、あんまり引っ越したという実感が湧かないのが残念なところだ。


 ただ一つだけ、大きく変わったことがある。ついに個室をもらえたのだ。

 今まではずっと妹と相部屋だったので、嬉しいことだった。


 割り当てられた部屋に私物を運び込むと、まずは部屋の模様替えを行うことにした。

 出入り口の扉一枚以外には、家具どころか窓も柱も無い。虚無としか言いようがない、洞窟のごとき白一色の空間が広がっている。

 こんなところでは快適に過ごすことなど不可能なのだ。第一に、まともな生活空間に改造するのが急務である。


 事前に注文しておいた木目調の壁紙を貼る。ローラーと糊を手にシワができないよう丁寧に貼り付けていって、余分なところを爪で切り取っていく。

 飛べるドラゴンの身なら、天井の処理も楽勝だ。


 次に量販品の絨毯を敷く。見た目の自然さを意識して、適切な場所に一枚一枚配置していく。

 鱗あるドラゴンにとっては石の床も柔らかい絨毯も大差は無いのだけど、こういうのは見た目が大事なのだ。


 たったこれだけで部屋の印象が劇的に暖かくなる。


 次は仕事用の空間づくりだ。仕事机や本棚を配置したあと、必要なところに必要なものを収めていく。


 次は趣味用の空間づくりだ。ドラゴン用の電子本やゲーム機やおもちゃなど、くつろぐための道具を配置していく。


 最後は寝床づくりだ。絨毯の上にドラゴン用の硬めなマットレスを敷く。その脇にナイトテーブルを置いて、芳香剤やら時計やら替えの首輪やらの小物を仕込んでいく。


 一時間くらいの作業の末に、とりあえずの完成を見た。

 誰もが初見ではドラゴンの部屋だとはわからないであろう、文化的な居住空間がここにできあがった。

 まだ細かいところが物足りない気がするけど、そこは実際に暮らす日々の中で補完していけばいいだろう。


 これで手が空いたが、これから何をするかは決めていない。

 やるとしたら、新しいお家の観察か、新しい国の観光か、新しい狩場での狩りか、新しい仕事の発掘か。

 あれやこれやと思い浮かべていると、妹の部屋がどうなったのかが気になってきたので、さっそく様子を見に行くことにした。


 妹の部屋は自室の目の前だ。廊下に出ると、ちょうどヴァラデアが妹の部屋から出てきた。


「シルギット、片付けは終わったのか?」

「うん」

「ほう、早かったな」

「荷物はそんなに多くなかったからね」

「ああ、そうか」


 目が合うと声をかけてくる。今日も微妙にテンションが低い。

 ちょっと前にいろいろ(・・・・)あったので傷心中のためか、ここしばらく意気消沈している。


「おまえの部屋も見てみようか」

「えーと、それは私の用事が終わったあとでいい? 今からあの子の様子を見に行くところだから」

「そうか、わかった」


 真っすぐ進んでヴァラデアの脇を通り過ぎると、妹の部屋の扉を開けて中を覗き見てみる。


「おーい、どんな感じよすーちゃん」


 まだ片付けが終わっていないようだ。資料やら作りかけの機械やらが床に散らばっていて雑然としている。

 他はどうなっているのかを確認しようと部屋に踏み入ってみたら、いきなり妹が猛烈な体当たりを喰らわせてきて邪魔された。


「姉さんっ! 勝手に私の部屋に入ってこないでよ!」


 勢いそのままに押してきて、廊下へと叩き出されてしまう。妹はぱっと飛び退いて離れると、ここから先へは通さんとでも言いたげに飛びかかる体勢をとりながら、扉の前に立ちふさがった。


「ちょっと、なんで入っちゃダメなの?」

「ここは私だけの巣なのっ! 私がいいって言わなきゃ入っちゃダメだよっ!」


 妹は口の端をぴっちり閉じたむくれ顔で、むーっと不満げに唸る。

 前の屋敷ではずっと同じ部屋で暮らしてきた仲なのだ。今さらなんでそんなことを言ってくるのか、少々理解しがたい。


「はあ? 見物くらいいいじゃん。私たち、ずっといっしょの部屋で過ごしてきたってのに、何を今さら」

「それは子どもの頃の話でしょ? もう子どもじゃないんだから、私の私生活を尊重してよね」

「いや、私たちってまだ子どもでしょ」


 なんか背伸び発言してきたので普通に突っ込んでみると、妹は苛立たしげに抗弁してくる。


「いつまでも子ども扱いしないでよっ! もう二十歳だよ? いい大人だよ? 大人同士でベタベタしてたら恥ずかしいでしょ!」

「たった二十? 私たちドラゴンにとっては幼稚園児くらいの歳頃なんだけど、それのどこがいい歳なの?」


 即座に論破してみると妹は押し黙り、いかにも不服そうな顔で唸りながら上目遣いで見つめてくる。

 そこでいきなり口を開いて光のブレスを繰り出してきた。

 不意打ちだったため顔面に直撃をもらってしまうけど、全力ではないようで痛くはなかった。


「姉さんのバカ! グルルルッ! あっち行けっ!」

「おいコラ! ここでブレスはやめんかい!」

「うるさいうるさい! どっか行けー!」


 家の中で殺人光線を乱射なんてされたらたまらないと、すかさず自分の部屋へと逃げ込む。さすがに追いかけてくることは無かった。

 まったく、ちょっと発言の隙を突いてイジってみただけで暴力を振るってくるとは、けしからん子である。それもかわいくはあるのだけど。


 少し間をおいて、ヴァラデアが扉を開けて入室してくる。『ねえどんな気持ち?』とか言ってきそうな半笑いなのが微妙にムカつく。


「まったくもう。最近、あの子が冷たいんだよね」


 妹は十歳を過ぎた頃から、ちょくちょく反抗するようになってきた。その頻度は年を経るごとに増えてきている。

 今年に入ってからは、あの子がやることに口出しをしようとすると怒るようになってしまったので、少し窮屈な思いをしている。


「人間でいうところの反抗期というやつだろう。ああやって自立心を身につけていくんだから、根気よく見守ってあげなさい」

「わかっちゃいるけどさ。……いや待てよ、さっきお母さんは普通に部屋に入れてたな……どういうことだ?」


 妹の部屋を覗き見る前、ヴァラデアは特にもめ事を起こさずに妹の部屋から出てこれていた。

 なんで姉にだけ反発して、母親は普通に受け入れているのか。納得がいかない。


「ふふん、大人と子どもとでは格が違うということさ。あの子に認められたければ、この偉大な大人である私を見習うんだな」

「……お母さんがそう思うなら、それでいいんじゃないの」


 ヴァラデアは得意顔をして鼻を鳴らすと、誇らしげにふんぞり返ってみせる。

 なんか違うだろソレ、という感想しか湧かなかった。


「なにこれ? 人間の部屋みたい。やっぱり姉さんの感性って、普通のドラゴンとは全然違うんだなあ……」


 本日もおごり高ぶっているヴァラデアを生暖かい気持ちで見ていると、横から感心したような印象の声がする。

 見ればいつの間にか妹が部屋に入ってきていて、とても興味深そうに観察して周っていた。


「おい、すーちゃんさあ」

「なに?」

「私をおまえの部屋から追い払っておいて、おまえは勝手に私の部屋に入ってくるんだ。どういう了見なのかな?」


 妹はハッと目を見開いてこちらを向いてくると、一歩後ずさりしてからソワソワし始める。


「ね、姉さんが勝手に入ってきたから、勝手に入り返しただけだし。正しいのは私だし」


 それから恥ずかしそうに目を泳がせると、ぶつぶつと言い訳を垂れながら強引に観察を続行してくるので、思わず苦笑してしまった。

 なんともまあ自分勝手なものだが、お姉ちゃんの部屋を見たいというのなら拒む理由はない。これ以上の突っ込みはやめておいて、好きにやらせてあげることにした。


「あ、姉さんもこのマットレスを持ってきてたんだね」

「うん。寝心地いいしね、それ」


 妹が寝床に置いてあるマットレスに気付くと、なにを思ったかその上に飛び乗り、尻尾をくるんと丸めて寝そべる。


「んー、姉さんの匂いがする」


 鼻先をマットレスに押し付けて匂いを嗅ぐと、クルクルと心地良さそうに地鳴きをしつつ、ごろんごろんと転がり始めた。


 脳髄がびりびりと痺れる。気が狂いそうだ。獲物を引き裂く鋭利な爪牙も、美しくきらめく蒼白の鱗も、力強くうねる長い尾も、部品の一つ一つが愛おしすぎて死にそうになる。

 この子のすべてを独占するべく襲いたくてたまらないけど、今度こそ死闘が始まりそうなので自重した。


 この子はそれなりに歳をとってから反抗的になってしまったけど、根っこはこの通りゼロ歳児の頃から変わっていない、お姉ちゃん大好きっ娘のままだ。


 これから立派な大人のドラゴンに成長しても、こういう子どもらしい純真さは持ち続けていて欲しい。そして何百何千年経っても仲良くあり続けていたい。

 そう思う今日この頃だった。


「そんな古びたマットレスよりも、お母さんの懐の方がいいだろう? ほら、遠慮せずに飛び込んできなさい」

「なにを張り合ってんの」


 同時に、隣の大人はもうちょっと変わるべきだとも思った。


  終

幸せな時期は、いつまで経っても続くと良い。

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