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赤と青で

「お姉ちゃん、お金を稼ぐ方法を教えてよ」

「なんなの、やぶから棒に」


 なにかの記念日ではなく特に予定もない、いつもの休日の良く晴れた午後。

 屋敷裏に作った畑ですくすくと育っている野菜たちに水をやっていると、どこからともなく飛来してきた妹が出し抜けに妙なことを尋ねてきて、ちょっと面食らってしまった。


 とりあえず、持っていた水入れをそこら辺に置いてから妹と向き合う。妹の表情は至って真剣だ。真面目な話らしい。


「お金の稼ぎ方って、なんでお金を稼ぎたいの?」

「買いたいものがあるからに決まってるじゃない」


 なにを当たり前のことを訊いてくるのか、と言いたげな感じの呆れ顔で答えてくる。もっともな話ではあるけど、この子がわざわざお金稼ぎなんてする必要があるのかが疑問だ。


「お母さんに買ってもらうようにお願いすればいいんじゃない?」

「それじゃだめなの! 私が自分の手で作ったお金で買いたいものがあるの! 絶対に買いたいものがあるの!」


 右前足で力強く握りこぶしを作ると、いたく真剣な顔で熱い想いを語ってくる。その決意っぷりは背後で陽炎が揺らいでいるかのように錯覚させられるほどで、本気の本気なようである。

 いったいなにがこの子の興味を引き付けたというのか、なかなか興味深い話題であった。


「そうなんだ。それで、何を買うつもりなの?」

「教えてあげなーい。買ったら教えてあげるよ」


 妹は上半身を起こして腕を組むと、なんか知らんけど勝ち誇った顔をして見おろしてきた。

 なにやら企んでいるようだが、別に悪いことをするわけじゃないだろうから、ここで口を差し挟むこともないだろう。


「そう。じゃあ買ったら見せてね」

「もちろん! 楽しみにしててよー。それで話は戻るけどさ、お金を稼ぐ方法を教えてよ。お姉ちゃんってさ、たくさんお金を稼いでるんでしょ? なにをすればいいのか知ってるんでしょ?」

「うーんと……」


 妹からの期待でいっぱいな視線を受け止めながら、しばし考えを巡らせてみる。


 成長して空を飛べるようになった頃から、人間社会の勉強を兼ねて、自分で仕事探しをして働くようになった。

 主にやっていることは短期のボディガードだ。ドラゴンが居るだけで不審者は勝手に逃げていくので需要は多く、ひとりだけではすべての依頼をさばききれないくらいに盛況だ。

 手を付けられずにいる依頼がいくつかあるので、それを妹に譲ってもいいかもしれない。


「そうだね、とりあえず私の仕事をやってみる? いくつか譲ってもいい案件があるからさ。……でも、ぜんぜん経験の無いおまえにうまくやれるかな?」

「バカにするなっ! グォルルルやり方さえわかれば、この私にできないことなんてないもん!」


 瞬時にキレた妹は、鋭い牙が並ぶ口を全開にして、抗議の咆え声をあげてきた。口まわりが神秘の力で明滅していて、今にもブレスを吐いてきそうである。


「おっと、侮辱になっちゃったか。ごめんごめん」


 誇り高いドラゴンに対して、このような言い方をしてはならなかった。すぐに謝ると、妹は普段の表情に戻って口を閉じる。失言は許してくれたようなので安心する。

 この頃はお互いに力が強くなってきたので、全力攻撃を喰らってしまうと、さすがにチクッとくるのだ。


「じゃ、私の仕事をやってみるでいいね? それで働くってことがどういうことなのか、体験してみようか」

「うん、やる」

「よし、じゃあ情報を伝えるから受け取って」


 頭の中で必要なデータをまとめあげて、それを神秘の力で妹に送る。妹も神秘の力を働かせることでデータを受け取ると、渡した情報を宙に浮かぶ小さな画面に表示してみせた。

 これは光を支配するドラゴンの能力の応用である。自力で電波を操ることで端末無しでも情報ネットワークに接続できるため、こういう形で電子情報をやり取りすることができるのだ。


「今回は私の代理として働くんだからね、頼んだよ」

「任せて! この私が最善を尽くせばうまくいくよ」


 文書に一通り目を通した妹は画面を消すと、堂々とした、そして自信に満ちた笑顔で応えてみせた。




 ――そんなことがあったのが、今から一年くらい前だ。


 妹は任せた仕事をすべて、見事にやりこなしてみせた。さらに自分用の銀行口座を開設して、資金管理を自力でこなすようになった。今では独自に仕事を見つけてきて、ひとりで活動をするほどになっている。

 やはりあの子はできる子であった。さすがは私の妹だと褒めちぎりたくなってくる。


 あの子はすでに三桁近い仕事をこなしているので、かなり稼げているはずだ。ドラゴンを頼るような依頼者は羽振りのいい人ばかりなので、一回の仕事をこなすだけで、なかなか良い額の報酬をもらえるのだ。

 ドラゴン相手にケチることを怖がるというのもあるが。


 それでも未だに、あの子はなにを買ったのかを報告してきていない。

 誓約を司るドラゴンであるあの子が『買ったら教える』と言ったので、忘れていることは絶対に無いだろう。それでもまだ音沙汰無しということは、相当に値が張るものを狙っているのかもしれない。

 実は無茶な目標を設定したりしていないか、そこだけが心配である。


 そんな思いを頭の片隅にちかつかせながら、屋敷の資料室で弁護士資格について調べていると、いきなり妹が超ご機嫌な駆け足で部屋に飛び込んできた。


「ねえ! ちょっとこっち来てよ!」


 突然の騒々しさに振り向いてみると、後光が差さんばかりにまぶしい笑顔をしている妹の姿があった。全身を小刻みに揺らし続けていて、見るからに興奮している様子である。

 で、素早く尻尾に噛みついてから引っ張ってきた。


「ほら、立って! 私といっしょに来て!」

「ちょっとちょっと、どうしたの? って、尻尾を引っ張るなっ!」


 事情を尋ねようとしても、妹はひたすら『来い』とだけ言って引っ張ってくるばかり。頭がすっかり茹で上がっているようで、なにを言っても聞き入れやしない。

 さすがに殴り倒すわけにもいかず、成す術もなく資料室から連れ出されてしまった。


 途中で尻尾を離してくれたので、この上なく浮き立った様子の妹と並走する。

 生まれたときから変わらぬ虚無な通路を通り抜けること一分程度で、妹は立ち止まった。


 そこは正面玄関脇にある荷物の集配室だった。

 妹が勢いよく部屋に駆け込んでいったので、とりあえず後についていく。


「この前に私はさ、買いたいものがあるって言ったよね?」

「ん? うん、言ったね」


 棚を漁っている妹はどこか神妙な感じで語ったあと、体ごと振り返って日向のように明るいドラゴン笑顔を作る。


「先週の依頼でやっと、それを買えるくらいのお金が溜まったから、買ってきたの!」

「ほほー、ついにか!」

「だから約束通り、私が買った物を見せてあげる!」


 こちらもちょうどその件を思い出して、気になっていたところだったのだ。これには期待させられざるを得ない。

 妹の背後にある、菓子折りくらいの大きさがある小包が例の品だと言うのか。妹は包装を爪と牙でひっぺがして、中からこれまた良い感じに重厚そうな木箱を取り出す。

 そのフタを乱暴に取り払って投げ捨てると、中にある物を掲げて見せつけてきた。


「ででーん! 最高級の首輪だよ!」


 満を持して現れたものは、紫色の首輪だった。

 その発色はため息がでそうになるほどに美しく、職人技が映える凝った意匠が全体に施されている、いかにも最高級そうな芸術品である。


 だがしかし、それは今着けている首輪の色違いだった


「これってもしかして、今持ってる首輪と同じやつ?」

「うん。でもね、確かにメーカーは同じところだけどね、これはもっといいやつなんだからね!」

「そうなんだ。首輪はたくさんあって困りはしないけどさ、せっかく買うなら別のにすればよかったのに」

「これがいいの、この色のやつがずーっとずーっと欲しかったの!」


 妹は鼻息荒く言いながら、もう一度木箱に前足を入れると、同じ首輪をもう一つ取り出してくる。それから、首輪を満面の笑みで差し出してきた。


「はい、これはお姉ちゃんのだよ」

「え……もう一つ買ってたの!?」

「うん」


 ちょっと予想を超えてきて、頭がついて行っていない。

 とりあえず何も考えずに受け取った首輪を検めてみる。今着けているものに比べるとやや大きくて、触感からしてより頑丈そうに思える。ベルト部分の色つやの良さは、今着けているものを超えている気がする。


「私たちの首輪はさ、色が違ってるじゃない。私ね、それがずっと嫌だったの」


 目の前の妹が着けている首輪の赤を見る。自分の首輪の色である青を思い出す。

 赤と青が重なったときは、どのような色彩を見せるものだったか。


 実に映えのある“紫色”の首輪だった。


「ね、着けてみて、着けてみて、ねえねえ」

「う、うん……」


 待ちきれなさそうに尻尾をふりふりしている妹が、全力全開で首輪をつけることを催促してきたので、言われるがままにベルトの金具に指をかけて、首に巻き付けてみた。着け心地は、とても良い。

 それを見た妹は、もう一つの首輪をいそいそと着けてみせる。


「私たち、これでやっと同じだね!」


 同じ姿になった妹が微笑みながら肩を寄せてくると、とても愛おしそうに横顔を擦り付けてくる。

 その屈託のない顔は、長年にわたって抱え続けてきた悩みから解放されたかのような、とてもとても満たされたものであった。


 この子は、これだけのために一年間もひとりで働き続けてきたのか。

 ひたすらお金を溜め続けて、超高額であろう首輪を二つも揃えてきたのか。

 ただ、姉とお揃いになりたかったがためだけに、ここまでやってみせたというのか。


 妹が甘え鳴きしながらすり寄ってくる姿を見ていると、なにかこう、かつてない種類の感情が芽生えてくる気がする。

 今までにない衝撃に胸が打ち震える。脳がとろけそうになってくる。


 実際とろけた。




 ふと気が遠くなり、気が付くと甘噛みからのペロペロ合戦をやっていた。

 顔中が唾液まみれになってしまっていることなど、気にもならない。

 ただ、この妹の姉になれたという運命の巡り合わせを天に感謝するばかりだった。


  終

こうしてシスコンへの第一歩を踏み出すのであった。

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