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最終話 遠い日の想い(2/10) 歴史の紐解き作業

 現代における本といえば、電子媒体なのが普通だ。

 一般向けの雑誌や漫画だけでなく、企業や研究所などで使う資料なども、広い業界の資料が電子化された状態で日々利用されている。


 電子化が選ばれる理由は、第一に場所を取らないこと。紙の束はとにかくかさばるので、その問題が一挙に解決するのは大きい。

 もうひとつは管理しやすいこと。分類や題名などで整理できるのは朝飯前。鍵となる言葉をひとつひっかけるだけで、すぐに望みの本を見つけ出すことができる。本は往々にして散らかる物、仕組み自体が整理の助けになってくれる。

 他にも紙じゃないから汚れにくいし、コストも低いと様々な恩恵がある。


 しかし良いことばかりではない。

 例えば可用性。閲覧には情報端末が必須なので、端末を無くすと何も読めなくなる。また、端末があっても、何らかの障害が起きてデータに接続できなくなったら、すべての本が一斉に読めなくなってしまう。

 ほかには劣化。本のデータを保管する記憶媒体の寿命が尽きると、すべてが消えてしまう。寿命自体は紙よりはずっと長いけど、本のようにわかりやすく劣化せず、環境によっては一気にダメになることもあるので、気付いた頃には予備も取れないまま全滅ということがありうる。

 その他諸々、紙が抱える問題よりはマシだけど、また違った気遣いが必要になるのだ。


 もちろん、ヴァラデア屋敷の資料室ではその手の対策はしっかり充実していて、電子化の良いところだけを享受することができる。

 一番助かっているのは、簡単に予備を量産できることだ。おかげで妹が間違って電子本の記憶チップを喰ってしまったりしても、すぐに代わりを用意できるので、安心して読書することができる。

 最初はひどかったけど、そんなことは最近になってなくなった。おかげでより安心して読書に専念できる。


「三十年くらい前、隣国の戦争、あー、ほんっとないんだな……世界史の教科書にも載ってなかったし。外国の出来事について詳しく語ってる本なんてないってこと? それともわざと置いてないか……いや」


 ひとり愚痴を吐きながら、据え付け型の端末を操って書物一覧に目を通す。

 エクセラやヴァラデアの過去について調べるため、数十年前に隣国で起きた内戦について調べてみているのだが、欲しい情報がさっぱり手に入らない。

 あらまし程度ならいくらでも出てくるのだ。しかし、エクセラが属していた傭兵部隊といった細々としたことは記録がない。ヴァラデアが内戦の泥沼化のために暗躍していたことなんて影も形もなかった。


 大人たちの過去の活躍について詳しく知れば、この身が抱える記憶についても明らかになるのではと何となく思ったので調べてみてはいるが、成果は全然あがらない。募るのは徒労感ばかり。


 だいたい検索機能がいまいちなのだ。条件付けできるのが表題と分類といくつかのキーワードだけで、欲しいものを狙いうちできない。おかげで候補に挙がってきた本の内容を一つ一つ調べるという非効率的な作業を強いられている。

 本の中身も検索できないのかと思うけど、あいにくそこまで親切な仕組みはなかった。


 これが歴史を紐解くということなのか。こうして細々とした紐解きをやり通さなければ、過去にうずもれた真実にたどり着けないのか。

 世の考古学者さんたちは皆、こんな感じの発掘作業をしているのか。一つまみの玉を探し当てるために、九割九分の石をかき分けているのか。無駄に大変なものである。

 リュートあたりにお願いすると良い仕事をしてくれそうだが、これは自分の手でやらなければならないことなので却下だ。


 なんだか考えが脱線してきたので、ため息をついて端末の電源を落とす。

 根を詰めても効率が悪い。いろいろ発散してきたときは休憩するのが一番だ。


 休みの隙を狙って、妹がドラゴン専用の電子本をくわえてトコトコやってきた。


「しー、この本っておもしろい?」

「んー、なになに」


 妹が本をぱっと開いて中を見せてくる。紙面全体が字で埋め尽くされている。文字と数字が列ごとに整理されて並んでいるので、なんらかの表に見えるが、なにがなんだかわからない。

 ぱらぱらと頁をめくって他を見てみると、アニメ然とした顔写真の横に名前やら経歴やらが書いてあり、そこに力やら知力やらの能力が書き連ねられている。

 そこで、この本がなんなのかのあたりがついた。


 他の頁には文字情報が書き込まれた地図や、ゲームらしき画像がある。表示頁には“攻略王国・ファイナルドラゴンズサーガ・エピソード9・覇者の血脈”とあった。ゲームの攻略本のようだ。

 この図書館のごとき資料室になぜゲームの攻略本があるのかと思うけど、当の資料室の持ち主がゲームを嗜んでいるらしいので、おかしくはなかったか。


 ヴァラデアもビデオゲームで遊ぶことがあるそうだ。

 本人から聞いた話によると、三百年くらい前に出た対戦格闘ゲームにドハマリして、一か月間も不眠不休で遊びまくったという。しかし、肝心の対戦相手が弱すぎて張り合いがなかったために、一か月を過ぎるとやることが無くなって飽きてしまったらしい。そういうとっさの判断力や反応速度がものを言う類のゲームでは、ドラゴンが有利にも程があるのだから当然の結末だろう。


 熱が引いた今では、ドラゴンの能力にあまり依存しない戦略や物語を重視する作品を選んでちょくちょく遊んでみているが、かつての格闘ゲームを超える感動には出会えずにいるらしい。

 遊んでいる姿を見たことはないが。あるいは子どもに隠れてやっているかだ。


「ちょっとしー、聞いてる?」

「あ、うん」


 妹から呼びかけられて我に返る。攻略本について思いを馳せていたら、考え込んでしまっていたようだ。

 慌ててかぶりを振って雑多な考えを払い落としてから妹の質問に答える。


「んー、そうだねえ、これはおまえが読んでもおもしろくないと思うから、他の本を持ってきた方がいいと思うよ」

「これ、おもしろくないの? しーはなんでそう思うの?」


 妹が知的好奇心で目を輝かせながら質問を投げかけてくる。勤勉なようでなによりである。


「これはね、“ファイナルドラゴンズサーガ”っていうゲームをやったことがないと、何が書いてあるのかわからないやつなの。私もわからないよ。知らない言葉の本を読んでも、ちんぷんかんぷんで全然おもしろくないでしょ? それと同じだよ」


 楽しむには事前知識が必要な本もあるのだ。こういった解析情報は、作品世界にある程度浸かったあとでないと面白さを味わえない。


「ふーん。そのゲームってどこにあるの?」


 妹ってゲームを理解できるのだろうかと思いを隅に除けて、とりあえず思ったことを答えておく。


「知らないよ。お母さんなら知ってるんだろうけど、お母さんってゲームは『三年早い』とか言ってやらせてくれないし、教えてくれないよ」

「そうなんだ。じゃあ仕方ないね」


 妹はやれやれといった感じの仕草をして諦めてくれる。この子もお母さんがそういう性質(タチ)だということは熟知しているのだ。


「じゃあ、この本はどう?」


 妹は本から記憶チップを抜いて、懐から新しいものを取り出すと挿入する。おまえ今どこから取り出したんだという突っ込みが出る前に、本の内容が表示される。

 本の真ん中あたりを開くと、開幕からゲーム画面らしき画像が多数張り付けられている紙面が出てくる。ただ、さっきの攻略本とは雰囲気がだいぶ違っていて、特に色遣いが豊富で賑やかな見た目だ。


 他の頁を開くと、“聖拳伝説~拳の彼方に~”という作品についての紹介が載っている。他は“スペースファンタジア”の特集があって、同じ見開きに四コマ漫画がある。ゲーム系の雑誌のようだ。


「どっから見つけてきたんだコレ。これも同じだよ」


 ぱらぱらとめくっていく途中で、『史実を忠実に再現』という言葉が目に入ってきて前足の指が止まる。

 “世界大戦”というシリーズ物の戦略シミュレーションゲームが、大々的に特集されている。世界中で実際に起きた戦いを再現していて、今作は隣国で起きた内戦をお題にしているらしい。戦争経験者の証言をもとに、生の戦争を描いたと書いてある。


 もっとよく読んでみれば、民兵やら傭兵やら、果てはアドナエスっぽい赤いドラゴンまで登場していて、再現度も期待できる。

 歴史関係の本を狙って調べても空振りばかりだったが、こういうところにも情報が転がっていたのだ。ゲーム開発者さんすごい。

 そんなことを思いながら妹に本を返す。妹は残念そうな顔をしながら引っ込むと、別の本を探し始めた。


 それにしても良い情報をもらえた。過去の戦争について調べるなら、もっといろんな分野に手を伸ばしたほうが良いのかもしれない。

 どうやって情報を絞り込むかが大きな課題だけど、それはおいおいやるとして、今は休憩しておく。


 そこらの床に伏せて、目を閉じて脱力する。五分くらいこうしていれば回復するだろう。

 その半ばで資料室に誰かが入ってくる。リュートだった。


「あ、いいところに」

「ん? しーちゃんたちがここに居るなんて珍しいね」


 すぐ起き上がってリュートを出迎える。彼はゲームなどに詳しいはず。今後の調査のためにも、ひとつ意見を聞いてみてもいいだろう。


「ちょっと調べものをしててね。というか、きみもなにか本を探しに?」

「そりゃあ、ここでやることといったら本を読むことくらいでしょ」

「それもそうだ」


 あいさつ代わりの突っ込みには軽く返しておく。彼の突っ込みは今日もキレが良い、調子は良さそうだ。


「漫画を読みに来たんだよ。ここに来れば新作が見れるからさ」

「あー、漫画まであるのか」


 彼は手近な席に着いて、懐から取り出した端末をいじりながら目的を答える。

 ここは資料室というより、ヴァラデアの趣味の蔵書庫と呼んだほうが良さそうだ。娯楽関係の本を探してみると、いろいろと楽しめるものがあるかもしれない。今度来たら漁ってみようと思う。

 と、そんなことよりも質問を済ませるのが先決だ。


「そうそう、ちょっと訊いてみたいことがあったんだ」

「どうしかした?」


 端末上に表示された漫画はそのままで、彼は面を上げて目を合わせてくる。が、茶髪がひと房目に被ったので目を忙しくぱちぱちせる。

 見れば髪が伸びっぱなしになっている。だらしないので床屋に行けと言いたかった。


「戦争を題材にしてるゲームでさ、史実を再現してる作品とか知らない? 特に隣の国で三十年くらい前に起きた内戦をネタにしてるのがいいんだけど」

「なんでそんなこと調べてんの? あー、んー、戦争ゲーはたくさんあるけど、当てはまりそうなやつって“世界大戦”っていう有名なやつくらいしか思い当たらないよ」

「そうかい」


 腕組みして疑問符を浮かべながらも、彼はとりあえず答えてくれる。

 それはさっき見た雑誌に載っていたやつなので既出の情報だ。さすがにちょっと無茶振りが過ぎたか、手ごたえはかんばしくなかった。


「ゲームよりも漫画のほうをあたったほうがいいんじゃない? 僕はあまり知らないけど、漫画で読む歴史本とかあったりするから」

「ふうん、そういうのにも手を付けてみたほうがいいのかなあ」


 リュートは端末を操作すると、歴史漫画とやらを見せてくれる。古風な全身鎧の戦士たちが、よくわからん造形の怪物と剣で斬り結んでいる。どこか遠い国の物語のようで、欲しい情報ではなさそうだ。


 それにしても、こうして他人と話してみると、いろいろなことに気付かされる。自分自身の考えの浅さや視野の狭さを改めて思い知らされる次第だ。


「一番手っ取り早いのは、戦いを経験した人に直接訊くことだけど……って、話がそれてきたかな」

「まーでも、確かにそれができれば早いよねー」


 当事者であるヴァラデアやエクセラに訊ければ終わるのだが、黙して語らないことはわかりきっている。

 次点で内戦の元凶のアドナエス、訊きに行くと闘わされそうで死ねるのでだめ。

 現地の内戦に参加した人を探して質問するのも現実的ではない。どこを探せばいいというのか。


 いい感じの知識人はいないだろうかと考えて、ひとつ思い当たる。ヴァラデアやアドナエスと同等の知識人がもう一頭いた。ヴァラデア一味との付き合いもあったはずなので、昔のことをいろいろと知っているはずだ。

 どうせ、いつかは会いに行かなければならなかったのだ。せっかくだから話を聞きだしてみてもいいかもしれない。でも行くのはちょっと怖いし、本当に行くべきかも微妙なので迷いどころだが。


「ま、私の調べ物はもういいや。ありがと。ところで、なにかおもしろいのがあったら教えてくれない? 私、漫画とか読んだこと無いんだよね」


 首を伸ばしてリュートの端末上に出ている漫画を覗き見る。髪の毛が逆立っている筋肉男たちが殴り合っていて、ドラゴン的にはちょっと楽しそうに感じる。

 リュートはなぜかびくりと肩を震わせて焦りを見せるけど、すぐに落ち着きを取り戻した。


「えっとそうだなあ。ドラゴンが好きそうなのってなんだろ。主人公が敵を惨殺しまくってあざ笑ってる系がいいのかな? ドラゴンだし」

「おまえは私を何だと思ってるんだ」

「ドラゴンでしょ」


 素で悩まれ、突っ込んでも素で返される。これには真顔にならざるを得ない。

 彼の答えは決して間違ってはいない生物学的常識である。確かにそうなのだが、常識を当てはめて欲しくないというかなんというか。


「そういうのでおもしろいのは結構いろいろあるよ。例えばこの“鬼畜英雄伝説”ってのがいろいろひどくてさあ」


 で、ダメ押しと言わんばかりに、この男の子は素面で提案してくるのである。

 なんか自分がドラゴンに生まれついたことを後悔してしまう瞬間だった。


「ひどいと思うもんを紹介してんじゃあねえっていうか……あのね、私がドラゴンなのとか抜きに考えてくれないかな」

「ん、なにかいい本見つけた?」


 良いところで妹が割り込んでくる。さっきまでひとりで本を漁っていたのだが、良いものが見つからなかったのか、単に構ってほしいのか。

 たぶんどっちもだろう。


「いや、まだ。おもしろいのがないか、リュートくんに紹介してもらってるところでね」

「へー。あ、これおもしろそうじゃない? えーと、そこ」

「あー、どこ?」


 妹は鼻をせわしなく鳴らしながら本を指さす。グルグルと唸り声を出しつつ牙を見せていて、なんか知らんが盛り上がっているご様子だ。


「そこー、一番右下、それ! “鮮血の館~恐怖の殺人鬼~”っていうの」

「真っ先にそういうのに反応してんじゃあない」


 実にドラゴンらしく血の香りがたっぷりそうなものを挙げられてしまって、変に頭痛がしてくる。

 この頃はおとなしく知的になってきたけど、やっぱりこの子は暴力大好きっ娘だ、依然変わりなく。


「ほら、妹ちゃん興味津々じゃない」

「私はそうじゃねえからな! この野郎!」

「あー、ごめんごめん、冗談だよ、ちゃんと紹介するから」


 なんかリュートが調子に乗って煽ってきやがったので、人間基準の力で強めの裏張り手を喰らわせる突っ込みを入れたら、彼はすみやかに両手を挙げて降参した。

 今まで殺戮系の本を引き出してきたのは冗談だったらしい。臆病者の彼がドラゴン相手に冗談をかますとは、精神的に成長したものである。


 妹を落ち着かせてから、改めて本を探す。

 漫画はおもしろい。初めの数頁を流し読みするだけでも、なかなか楽しめる。妹が暴力描写のときにばかり喜ぶのが気にかかるけど。

 今日はこれで一日を楽しく過ごせそうだった。

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