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第二十一話 我が身に課した誓い(6/6) 信じるべきこと

 屋敷の片隅にある会議室に、ドラゴン一家だけが集う。

 肩が触れ合うほどのすぐ近くでは、妹がぴしっと姿勢を正して座っている。正面には、ヴァラデアが壁一面を丸ごと使う巨大電光掲示板の前に立っている。


 ヴァラデアの首元には、一本の青いネクタイが下がっている。教師として仕事をする時にだけ、雰囲気を出すために着けることにしているのだとか。

 獣の鳴き声で咳払いをすると、露骨に演技臭い態度であいさつを始めた。


「さて、時間だな。特別授業を始めるとしよう。私はこの度の講義を担当するヴァラデアだ、よろしくな」

「よろしく!」


 妹が元気よく鳴きながら返事をする。尻尾も景気良く揺れる。

 こちらはまったくやる気が出ない。尻尾は不景気に垂れたまま。


 この謎の授業は、妹がお母さんに頭を下げてまで頼み込んで開かせたものだ。ヴァラデアはこれを良い機会とでも思ったのか、会議室に大型掲示板を新設してまで舞台を整えるという意気込みを見せてくれた。

 本当は授業に参加するつもりはなかった。それなのに親子ふたりがかりで無理やり連れ込んできたものだから、意欲がわくはずもない。


 白紙状態の板に、手書きの文字がひとりでに描かれる。ヴァラデアから電光掲示板へと向かう力の流れを感じる。神秘で機械を操作しているのだ。

 速すぎも遅すぎもしない、絶妙な速度で文を書いていく。お手本のように整った美しい字で、『我々の力の根源について』と書かれた。


「今日のお題はこれだ。さて、さっそくだがおまえたちに確認しようか。私たちはなにを司るドラゴンと呼ばれているかな?」

「はーい! “光”と“誓い”です!」

「うむ、その通りだ。さすがはこの私の娘だ、よくわかっているね」


 妹が元気よく前足を挙げて問いに答える。にこやかにほほ笑むヴァラデアが鷹揚とうなずくと、今の問いが掲示板に追記される。


「まず“光”についてだが、本質は光ではなく、光を成す“波動”だ。私たちは無意識に波動を様々な形に変化させて、いろいろな種類の光を作り出している」


 波動と結び付けられて、可視光線、短長波、放射線、ブレス、そのほか多様な形の光が書き連ねられる。


「もうひとつの“誓い”のほうは、正しくは“誓約”という。一度やると誓ったことは、どんな犠牲を払おうとも果たす。その絶対的な有りかたが私たちの心と体を力強いものとして支えている。

 以上、この二つの要素が、私たちの偉大な力の源になっているんだ」


 意思力や自信や精神的強度といった文字が書かれる途中で、ヴァラデアがふと神秘を止めて妹に目をやる。


「……難しい言葉を使ったが、言ったことは理解できたか?」

「だいじょうぶだよ! 続けてー」


 お母さんの問いかけに対して、妹は胸を張って問題ないと答える。

 この子はいろいろ勉強してきたとはいえ、まだ幼児である。本当に理解できているかは怪しいところだ。

 なにか言いたげに曖昧な顔をしているヴァラデアは、なんかぎこちない手つきでネクタイを締めなおすと、掲示板を前足の甲で軽く叩いた。


「この通り、私たちが司るものは二つあるわけだが……ここで問題だ。どっちのほうが大切だと思う?」

「はーい、“誓約”でーす!」

「うむ、その通りだ。さすがにこれくらいはわかるよね」


 この親子は当たり前のことのように言ってくれるが、こっちはさっぱりわからなかった。それなのに今の話を聞くと、なぜか感覚的に納得いってしまった。

 恐らくこれは本能寄りの話だろうから、深く考えても無駄だろう。数学の公式とかのように、そういうものとして覚えるしかない。


「実を言うとね、私たちが真に司るものは“誓約”のほうだけなんだよ。波動は副産物に過ぎない」


 誓いの群から光の群に向けて赤矢印が太く引かれる。さらに誓いの群が太丸で囲われて、傍に“力の根源”という文字がでがでかと書かれる。


「誓約が私たちの存在を確たるものとして、大いなる力をもたらしている。その力が誓約に近い性質をもつ波動という形で発現されるわけだ」


 誓約と波動は似たものとのことだけど、いまいち繋がらなくてピンと来ない。二つの要素がどうして結びついたのかは神秘である。


「この性質を正しく理解すれば、おまえたちはより効率よく強くなれるだろう。とっても重要なことだよ、しっかりと覚えておきなさい」

「はーい質問!」


 妹が再び元気のよい掛け声とともに前足を挙げる。


「最近しーがすごく弱くなってます。どういうことなんでしょう!」

「この子は今言った、己の力の根源を否定してしまったからさ」


 ふたりが同時に顔を向けてくると空気が変わる。

 射抜くような視線が集中する。生枠の狩人たちが獲物を逃がさないように挟撃してきて、逃げ場がなくなる。


「このまえシルギットがね、私たちが飼ってる人間たちを教育したやったときにね、自分で掲げた『優勝させる』という誓いを破ってしまったんだよ。それは己の存在の否定に等しい。当然、力が出せなくなるし辛くもなるだろうさ」


 ヴァラデアはわざとらしい仕草でため息をつく。だか、そこに呆れや嘲りといった暗いものは感じられず、ただただ純粋な悩ましさがある。

 ヴァラデアは顔を引き締める。感情がまったくない、至って冷静かつ真剣な顔を向けてくる。


「“誓い”は私たちにとって大きな意味を持つ。人間たちがよく交わしている、後からいくらでも取り返しの利く約束事ごときとは全く重みが違うのだ。たとえ気軽な口約束だろうとも、安易に“誓い”を結ぶべきではないぞ。

 今度同じようなことがあったら、免責の条件くらいは考えるようにしなさい。私は重めの誓いを結ぶときは、予防線を百通りくらい張るようにしているぞ」

「だって! 今の聞いた? 今の聞いた?」


 妹が殴りかかる勢いでばしばしと背中を叩いてくる。その顔に浮かぶ感情は、純粋な怒りだ。

 今まで良く見せてきたかんしゃくによるものではない。胸を痛める憂慮をまとう理性ある怒気が、その眼の内にたぎっている。


「ね、しーはずっとイライラしてたけど、なんでかわかった? 私たちにとってねー、“誓い”はとても大切なことなの。軽い気持ちでしちゃいけないことなの。人間のために無理なんかしちゃメッだからねっ! わかった!?」

「……わかった……今度は気をつけるから」


 生まれて初めて妹に説教されて、何も反論できない。己の種族についての無知っぷりが家族一であることを認めざるを得ず、うなずくことしかできない。

 一方的にやりこめられたまま特別授業は終わり、そのまま解散することになった。




 “リュートを優勝させることができなかった”。その結果は心へ重くのしかかり、激しいストレスになった。

 まるで自分自身の存在意義を否定したかのような、とてつもない後悔と嫌悪感が荒波のごとく押し寄せてきて、成す術もなく飲み込まれてしまった。

 そのせいでイライラして妹にあたり散らしてしまったし、自らの首や腹を引き裂こうとしてしまうこともあった。爪でめいっぱい引っ掻いても傷一つつかなかったけど。


 どうしてそんなことになってしまったのかは、家族が用意した茶番のおかげでよくわかった。


『よーし、誓ってきみを優勝させてやるぞー』


 要は自分のうかつな宣言に問題があったということだ。


 だがしかし、あれが間違いだったとは思っていない。ひどく苦しむハメにはなったけど、苦しんだ甲斐はあったと思っている。

 “誓い”がなんだというのだ。良い方向へ向かうために貫いた思いは否定させない。


 吐き気をもよおす嫌な疲労感を抱えて、ひとりでトボトボと正面玄関へ行く。

 玄関扉に前足をかけて開けると、むわっとした湿気が流れ込んでくる。空を見上げると灰色の雲で覆われて、ぽつぽつと小雨が降り注いでいた。

 せっかく気分転換をしに来たのに、こんな悪い天気だとは間が悪い。でも鱗あるドラゴンにとっては雨が降ってようと関係ないので、そのまま外の空気を吸うことにする。


 玄関前の芝生に座り込み、しばらく雨に打たれていると、人間用居住区のほうからカレン姉弟が駆け足でやってくる。

 カレンが手を大きく振りながら、声高く呼びかけてきた。


「あ、シルギットちゃん、こんなところに。ってちょっと、雨降ってるよ、そのままでだいじょうぶ?」

「私はドラゴンだよ、濡れてもなんともないよ。で、どうしたの? なにか用事でもあるの?」

「前の賞状のことなんだけど……リュート」


 カレンに促されて、後ろにいたリュートが前に出た。


 この前、偽賞状を用意して彼に渡した。それからどうなっていたかは聞いていなかった。訊く余裕が無かったから。

 リュートは相変わらず気弱そうな顔をしているけど、暗さは微塵もない。ちゃんと面を上げて前を見ている。彼を胸に手を当てると、小さく息を吸ってから語り出した。


「僕のお母さんにさ、優勝したって賞状見せたらすごく満足した顔して、ほんと久しぶりに落ちついてさ。やっとまともに話ができたよ」


 何を話したのかは訊かない。詳しく尋ねる必要もないだろう。


「話はしたけどさ、やっぱりアイツは嫌いだった。大っ嫌いだ。ふざけんな。自分のこと棚に上げて一方的に押し付けてきてばっかりだしよ。もううんざりだ……早くくたばれ! さっさとくたばれ! ……でもさ」


 にわかに檄して一気呵成に猛毒を吐ききると、表情がやや緩む。横の姉は思いっきり唇を噛んで気まずそうにしてるけど。


「それがわかってよかったと思う。ちゃんと話をして、アイツがどういうヤツなのかを知ることができて、すごくスッキリした。

 きみが言った通り目を背けたままだったら、僕にとってアイツってなんだったのかを理解する機会をなくしちゃって、ずっと後悔してたんじゃないかって思うよ……」


 結局彼は、実の親と和解することを諦めて、絶縁の道を選んだらしい。彼の口をついて出る言葉は超絶に刺々しく、聞いていて地味に辛い。

 彼を焚きつけた身としては、正直言って気まずいってもんじゃない。申し訳なさすぎて死にたくなってくる。

 でも、彼の顔はとても晴れやかだった。


「きみのおかげなんだよね、僕の心を救ってくれてありがとう。僕はきみにしてもらったことを忘れないよ。一生きみについて行くから」

「は? いきなり何言い出すのキミ」


 唐突にとんでもないことを宣言されて、さすがに面食らう。いくら人間でも、その“誓い”は重すぎるだろう。

 どう答えてやるべきか迷っていると、リュートが急にしかめっ面を崩して含み笑いをし始めた。引っ込み思案な彼にしては珍しい、イタズラ小僧的な笑みだ。


「……こう言えってカレンに言われたんだよね。なんかわからないけど、コイツすっごい感動して泣いちゃって」

「ちょ、黙ってろっ」


 カレンが慌てて肘打ちを喰らわせようとするが、リュートは見てから余裕で避ける。弟に笑われる姉は珍しく頬を染めて、腕を組みながら恥ずかしそうにそっぽを向いていた。


 彼らの言葉を聞くと、今まで木枯らしが吹きずさんで冷え切っていた心に暖季のそよ風が吹き込んできて、急速に暖かくなっていく。心の重しが取り払われて、力の張りが戻ってくる。自分で交わした誓いを破ってしまって久しくないのにだ。


 それをおかしいとは思わない。誓約を司るドラゴンの心身を満たす方法は、お母さんや妹が言っていたように誓約を遵守することだけではない、ということなのだろう。

 彼らの屈託のない笑顔にほんわかしながら、そう思って笑った。


  第二十一話 完

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