第二十一話 我が身に課した誓い(5/6) コンテストの結果
リュートの訓練を始めてからひと月が過ぎた。
彼の成長ぶりは目を見張るものがある。プロであるカレンが出したお題をこなしきり、ハンターコンテストで使うであろう技術をすべて極めてみせた。
ついでにドラゴンが出したお題も見事にこなした。射撃訓練で的役をやってみたら、それなりに動いたのに的確に当ててきた。並の人間では捉えられない程度の速さで動いたのに、安定して当ててきたのだ。決してまぐれ当たりではなく。
やはり彼は筋が良い。あの勇者ならば頂点に到達できると確信している。
あれやこれやで、ついにコンテストが始まった。今日はコンテストの最終日で、リュートが参加する日。時刻は夕方に差し掛った頃で、大会はもう閉幕しただろう。
大会に出場していたリュートと付き添いのカレンが帰ってきたので、結果を聞きに彼らの部屋へ向かうことにした。
本当は彼の雄姿を見に行きたかったのだけど、ドラゴンが会場に来るといろいろ問題が起きるとのことで断られた。神秘の力が機材の動作に影響を与えてしまうのだとかなんとか。
文句の一つでもつけてやりたかったけど、無理を通して進行に支障をきたすようなことになったら本末転倒なので仕方ない。
果たしてどのような結果になったのか、彼の報告が楽しみである。
正面玄関から表に出て、辺りを茜色に染める涼やかな夕暮れの中、踊る足取りで人間用居住区の方へと向かう。
その途中で、カレン姉弟とばったり出会った。
「あ、シルギットちゃん。ちょうどいいところに」
「やあ。どうだった?」
よほどの激戦だったのか、疲れ切った顔をしているリュートに結果を尋ねる。
「負けたよ。三位だった」
「そうか、やっぱり勝ったか。そりゃあ優勝して当然……は?」
なんか予定とは違うことをほざいてくる。見れば姉弟ともにバツの悪そうな顔をしている。
聞き間違いかもしれないので、もう一度確認してみることにする。
「もちろん勝ったんだよね?」
「だから三位だったって……」
「また冗談を。あれだけ練習して優勝獲れないわけないじゃないの」
「これ見てよ」
リュートが懐から板状の端末を取り出して、なんらかの画像を出してから見せてくる。証明付きの賞状のようだ。
そこには『第二十九回、全国狩猟総合技術大会・年少の部、第三位』と、堂々とした筆文字で書いてあった。
これには何も言えず、彼らもなにも言わず、気まずい沈黙が落ちる。草々が風に揺られてざわめき、都市から敷地へと帰ってくる鳥たちがが寂しくさえずりを交わす。
おもむろにリュートの端末へ前足を伸ばして、素早く奪い取る。この世の過ちを力づくで八つ裂きにしたあと、トドメにゼロ距離ブレスで消し飛ばしてやった。
ことを終えた直後、はっと我に返る。
「グルル……あ、しまった」
「ちょ、僕の端末が」
現実を認められず、つい暴力で訴えてしまった。ものにあたってしまうとは不覚である。
さすがにひどいことをやってしまったので、思いっきり青ざめてる持ち主に謝っておく。
「ごめん、あとで弁償するから」
「あ、それはさ……きみのお母さんにもらった奴だから、そんなに謝ることはないんじゃないかな……」
「そうなんだ。って、もらった以上はきみのものでしょうが。あとで同じもの持ってきてもらうようにお願いしておくから」
前足に残ったわずかな塵を払い落とす。息を吸っては吐ききっての深呼吸を数度繰り返して、揺り乱れる気持ちを鎮める。
いや、鎮まりきらない。ドラゴンが最善を尽くして応援したのにだめだったとかあり得ない、という思いが身もだえし続けている。気を抜くと彼の優秀さを認めなかった連中を狩りに行ってしまいそうだ。
このままではマズいので、とにかく頭を冷やさなければならない。まずは状況を整理して落ち着くべきだ。とりあえず、どうしてこうなったのか事情を訊いてみることにした。
獣のように荒れると彼が怖がるので、できる限り平静さを繕っておく。もうガチガチに縮こまっているので、手遅れな気もするが。
「まさか優勝できないなんて。まさか、事故でもあった?」
「べ、別に事故が起きたわけじゃなくて、ある意味事故だけど……ええと……」
「この子は昔っから本番に弱くてねえ」
少々ろれつが回っていないリュートに代わり、カレンが説明を引き継いだ。わりと気楽な感じで、くいっと親指で弟を指差す。
「最初のうちはうまくいってたんだけどね。途中で『このまま行けば新記録が出るかもしれない』って言われてから、思いっきり緊張しちゃったようでさ、安いミスを連発しちゃったんだよ。
惜しかったなぁ。落ち着いてやり続けることができれば、私が残した記録を塗り替えることができたかもしれないのに」
「ごめん」
「別に責めてないんだから、謝らないの。ま、これで課題が見えたし、次はいけるでしょ」
姉は弟の頭を優しく小突く。それでもリュートの顔が晴れることはない。
こちらの気持ちも晴れない。本番で緊張して失敗する、よくある話ではあるけれど、もう少し何とかならなかったのかと思う。
だいたい、そうして本番でしくじることを防ぐために、今までコンテスト以上に厳しい内容の訓練を乗り越えさせてきたのだ。己の技量に絶対の自信を持てば、緊張することなどなくなるはずなのだから。
なにが間違っていたというのか。彼の能力を見誤ったとでもいうのか。無念である。
いや、まだだ。まだ終わっていない。時間は残っているので、知恵を絞る余地はある。
「次って言っても、次のコンテストって半年後でしょ? これじゃきみらのお母さんに優勝を贈れないよ。どうしようか……」
「いや、もういいよシルギットちゃん。私たちのために、そんな頑張らなくても」
しかしカレンは知恵の元栓をすかさず閉じてくる。腰を落として目線を合わせてきて、やわらかに諭すように語りかけてくる。
「もともとお母さんのことは、私たち家族の問題だからね。私たちの力でなんとかしなきゃ。この一か月、リュートに機会を与えてくれただけでも充分すぎるくらいありがたかったですよっ!」
カレンは明るくまぶしい笑顔で頭を下げ、リュートはこくこくうなずいている。
ただそこには、やんわりとした拒絶が見え隠れしている気がする。これ以上は家族の事情に踏み込まないでくれと暗に示しているように思える。
本当はそっとしておくべきなのだろう。さすがに深入りしすぎた。だがしかし、引き下がることができない。
「こんな中途半端なところで投げ出せって? なにも成果を出せてないのに? そんなの嫌なんだけど」
ぎりと、自らのあごを押し潰さんばかりに力を込めて牙を食いしばる。
リュートを焚きつけて一か月以上も拘束しておいて、結果は大失敗とかありえない。ドラゴンに敗北は似合わない、なにがなんでも目的を遂げて、この屈辱をすすぐ。
「えーと、シルギット? シルギットちゃんはさ、もっと妹ちゃんの相手をしてあげたほうがいいと思うんだけど……。ずっと寂しそうだったし」
「知ってる。それはあんたが気にすることじゃないよ」
なにやら戸惑っている様子のカレンが、せっせと言いきかせようとしてくる。
“ずっと”と言うが、二人と付き合っていたのは一日一時間程度である。それ以外の時間は自分のために使っていたのだ。なんら問題は無い。
なんとかならないか、よく考える。心配そうな顔をしている姉弟を尻目に、じっくりと考えてみる。
なにかこう修正は利かないか。多少は邪道でもいいから、この危機を機会に変えられないものか。
“邪道”というところでピンとくる。
「そうだ、なにもバカ正直に伝えることはないじゃない。偽の賞状作って、お母さんには優勝したって言っとけば? 元気づけるならそれでいいでしょ」
ここ一か月の頑張りを棒に振っている気がしなくもないが、問題を解決する手段はこれくらしか思いつかない。
しかし二人はゆっくりと首を横に振る。
「いや、嘘はまずいって」
「それって確か犯罪じゃ? なんとか偽造の罪とかあった気が」
二人とも無難な意見を語る。偽賞状を作るのは犯罪らしい。
でも、犯罪だとかなんとかは知ったことではない。それは人間の掟だ、ドラゴンには関係ない。いや、人間社会に身を置いている以上は関係大有りなのだけど。
とりあえず、もめないように立ち回ればいいだろう。この程度なら酌量の余地は大ありだろうから、バレても大きな問題にはされないはずだ。
「やったらまずいことなんだろうけどさ、こんなときくらい別にいいでしょ。内々だけで使うだけなら悪用にはならないと思うし、そこは柔軟に考えようよ。こういうことに詳しい人を……」
『どうしてここまでムキになっているんだろうか』。気遣わしげな人間たちの視線を受けていると、そんな思いが浮かびあがる。
一月の努力が実らなかったのは残念無念で腹立たしいけど、これ以上なにかをする必要があるのか。駄目だったことはすっぱり諦めて、労力を次の手にまわしたほうがまだ建設的ではないか。それ以前に、彼らの言う通りに諦めて引き下がるべきではないか。
でも、これは絶対に成し遂げなければならないという思いが、今も体を突き動かしてくる。
というか、今の案でも強い引っかかりがある。
彼を優勝させると誓ったのに、優勝させることができなかった。嘘なんかで茶を濁してはいけない。彼は優勝しなければならない。
彼に優勝を与えなかった連中をとっ捕まえて拷問にかけてでも、この結果をくつがえさせるべきだ。そうでもしないと誓いは果たせない。
もはや強迫観念でしかない危険な考えが浮かんでは消えて、獣の衝動を刺激してくる。
そんなことなどできるわけがない、現実を考えろと、内なる声に精神的蹴りを入れてやって無理やり黙らせる。とにかく今の案で突き進むことにした。
「しーちゃん、あの、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶ、問題ない」
リュートが恐る恐る声をかけてくる。つい長々と考え込んでしまったらしい。
無駄に心配されるので動揺は表に出さない。努めていつもの自分を演出する。
「賞状の偽造とかできそうな人を探そうと思う。エクセラさんは顔が広いみたいだから頼んでみるかな、その筋の人を紹介してもらえばいけるでしょ」
お母さんだと断られるか、変な対価を求められそうなので選択肢には入らない。
ふたりは顔を合わせる。しばし見つめ合ったあと、弟から順にうなずき合う。
カレンはにぱっと笑って健康な歯を見せると、決意を表明するかのように握りこぶしを作った。
「ドラゴンにここまで言わせて断るのもあれだしね、うん、お願いしますっ! リュートは?」
「右に同じ。そう、悪用しない、うん、悪用無し」
「良しッ! じゃ、変わったことがあったら連絡するよ」
少しだけ気分が上向く。口約束をしたところで姉弟と背を向けあい、そのまま別れた。
彼らの姿が見えなくなり、ひとりになったところで、立っていられなくなってくずおれてしまう。
胸の内から膨れあがる吐き気が収まらない。あまりに気持ち悪すぎて、怒りさえ湧いてくる。
この異常な苦しさはいったいなんなのか、自分でもよくわからなかった。