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第二十一話 我が身に課した誓い(4/6) 山中での訓練

 休日の良く晴れた昼前。ヴァラデア所有の山の中を、気配を殺しながら慎重に歩く。

 湿った草や土のにおい、やわらかに降り注ぐ木漏れ日、山風によって奏でられる静かな葉擦れ音。辺りを包むなにもかもが、ドラゴンとしての心を満ち満たせる。

 山は良い。ずっと野外で暮らしたくなってくる。そう思ってしまうところは、やはり本来ドラゴンは野山に生きるものだということを実感させられる。

 だが、そうやって型にはまった生き方をしていては進歩は無い。さらなる力を望むドラゴンは“進歩”を何よりも欲しがる。だからこそ、不自然な生き方になろうとも、山を下りて人の社会に食い込んでいくのだ。


 そんなジレンマはともかく、今は狩りの最中である。

 縄張りに侵入した敵を倒すため、気配を追ってじわじわと獲物を追い詰めていく。

 相手は気配を消そうと頑張っているようだけど甘い。心臓の鼓動音や体臭を消せていないので、居場所は丸わかりだ。どうやって料理してやろうかと思うと、残酷な笑みがこぼれる。

 獣の思考に身を任せながら歩いていると、右前足が地面にめり込んで、なにかを踏み抜く。足を引き抜いてみると、頑丈そうな金属ワイヤーがきつく絡みついていた。


 そこで狩りごっこは終わりにして、自分を拘束した罠の評価に入った。

 ワイヤーを軽く引っ張ってみるが、まったく外れる気配は無い。いい感じの締め付けぶりで、ちゃんと作動しているようだ。


「おーい、かかったよー」

「かかった? うん、今行くー!」


 木々の向こうへ呼びかけるとリュートが大声で返事をして、彼の気配がこちらに向かってくる。この罠を仕掛けた張本人だ。

 ワイヤーについているツマミをいじると、締め付けが緩んで罠はするりと外れた。簡単である。野の獣はこんなものも外せないのかと思うと、知能の低さを哀れに思う。

 地面を掘り起こして罠を回収する途中で、リュートがこの場に着いた。

 彼は色鮮やかな長袖の上下に手袋と長靴、帽子という露出度の低い服装をしている。さらに背には猟銃を背負っているという、一般的な狩りの装束だ。


「どうだった?」

「今度はうまく罠が隠れてたし、作動もちゃんとしてた。良かったと思うよ」

「よっし、いい感じに仕上がってきたかなー」


 ハンターコンテストの項目には“罠”がある。十分間でくくり罠を仕掛ける速さと正確さ、そして仕掛ける場所の適切さを競うのだ。

 なので今回は五分以内に罠を仕掛けて、ドラゴンを引っ掛けることに挑戦してもらった。

 本番よりもはるかに厳しい内容なので、これに慣れればどんな競技も楽勝になって心に余裕ができるはず。そうして山のごとく動じない度胸を身に着けてもらうのだ。


「先生の評価はどうかな?」

「悪くないんじゃない。これならコンテストでも通用するね」


 リュートに向けて声をかけると、彼の胸ポケットからカレン先生の声がする。彼女は遠隔でリュートの行動を監視してたのだ。

 ベテランのハンターから見ても彼の罠師っぷりは及第点だったようなので、とりあえず合格で良いだろう。

 そしてカレンが次の指令を下す。


「じゃあそろそろお昼だから、なんでもいいから正午までに獲物を一匹狩ってきてねー。ええと、今からだとニ十分ちょっとかな」

「え、ちょ、それ厳しくない? 先週は一時間近くかかったのに……」

「確かに先週は失敗しまくってたけど、もう勘は取り戻せたでしょ。静かに素早く、よく観察すること。狩りのセオリーを忘れないで。

 じゃあシルギットちゃん、戻ってきてー」

「あいよ」


 当たり前のことだけど、下等な獣どもがドラゴンの存在を悟ると逃げていってしまうのだ。気づかれない自信はあるけど、万が一にでもそうなったら狩りにならなくなるので、ついていくわけにはいかない。

 やや疲れた顔をしている彼が山奥へ踏み込んでいくのを見送って、ひとりだけで下山する。


 狩りは普通、安全のために複数人でやるものである。山には予期せぬ危険が潜んでいるし、獲物から反撃されてやられる恐れもあるからだ。

 彼を一人で行かせるのは危ないかもしれないけど、そのために打撃も刺突も受けつけない特注品の服を身に着けさせている。もしものことがあっても助けに駆けつける時間は稼げるので、それなりに安心して下山できる。


 気配を殺したまま草をかき分け、木々の間を通り抜けて、すぐに開けたところに出る。

 低い草が生い茂る草原をまっすぐ行くと砂利道に出たので、さらに道なりに進んでいくと、ここに来るときに乗ってきたキャンピングカーが見えてきた。


「お疲れー」


 その前に組まれている作業台に着いているカレンが、こちらに気付いて手を振ってきた。ちなみに妹は車の中で昼寝中だ。

 彼女の隣のドラゴン用座椅子に飛び乗り、尻尾を丸めて一息つく。これでリュートが戻ってくれば、今日の訓練は終わりだ。そのあとは妹とたっぷり遊んであげる予定になっている。


「あの子、今どうしてる?」

「まだ探してるところ。獲物は見つけてないよ」


 カレンが端末を持つ右手を持ち上げると、山中を探索している映像が映る。リュートの視点である。

 こうやって離れたところから行動を監視することで、的確な助言を送るのだ。訓練を始めてから二週間、毎日彼女が懇切丁寧な指導を施したおかげで、彼はめきめきと実力を伸ばしていっている。


「それにしてもあんた、よく毎日付き合うね。大変じゃない?」


 そう、二週間前から毎日(・・)指導している。休日だけではなく、平日まで一日も欠かしていないのだ。丸一日訓練しているわけではないとはいえ、大変ではないのか。

 カレンは顔をこちらに向けて来ると首を傾げ、すぐに満面の笑みを作っていやいやと手を振った。


「いえいえ、大変なのはシルギットちゃんのほうじゃないですか! 私の弟のためにたくさん力を貸してくれて、ありがとうございます!」

「そりゃ私は暇つぶししてるだけだからね。まったく大変じゃあないよ」


 カレンの揺れる手がぴたりと止まる。


「もともとこれは私が言い出したことだし。無理してまで付き合うことはないからね?」

「シルギットちゃんは優しいねー。お気遣いなく、これは私がやらなきゃいけないことだから」

「ん?」


 不意に彼女は、ちょっぴり力が抜けたように笑う。


「私、生活費を稼ぐって言って外に出てばかりいて、お母さんの相手をリュートにずーっと押し付けてたからさ。こういうときくらいはって思ってね……っと」


 赤毛を打ち付けるように机へ伏せ、そのままの姿勢でリュート視点の映像を見始めた。


「まだ獲物見つからないのかね? んー、昼に間に合うかなあ」


 片足をぷらぷら揺らし、だらしなく監視する彼女の面はうかがえない。

 首を伸ばして彼女の顔を覗き込んでみる。今まで決して見せなかった心労をにじませる表情。そこには複雑な感情が入り乱れているような気がした。


 深くは追求しないでおく。なんとなくそれがお互いのためだと思う。

 今はこれからをより良くすることだけを考えるべきだ。


 ふたりで適当に映像を眺めていると、空からドラゴンの強い気配が近づいてくる。

 天へ目をやると、青空に溶け込む色の鱗を持つドラゴンが彼方の先に見える。ヴァラデアだ。その飛翔速度は相変わらず速く、あっという間に目前へ降り立ってきた。


 蒼白の鱗を輝かす巨体の背中には、血の香りを漂わせる巨大網かごを背負っていて、頭には狩り装束のエクセラがまたがっている。

 狩場に行くならこれをやるしかないということで、今まで別行動でお昼ご飯を狩っていたのだ。かごの中には一食分の獲物が詰まっているのだろう。

 エクセラが戦友の背から軽やかに降りて、こちらへやってくる。上等な上下が黒い土にまみれた姿が、狩りの過酷さを物語っている。


「ただいま戻りました。リュートくんの調子はどうでしょう?」

「お疲れ様でーす。今は最後の狩りをやってるところですよ。あとは獲物を持って帰るのを待つだけです」


 その報告を聞いていたヴァラデアが、リュートがいる山の方角を見る。大人ドラゴンの超感覚で彼の様子を探っているのだろう。

 少しして無感動に鼻を鳴らしたあと、実の娘へは感情たっぷりにデカい鼻先を寄せてきた。


「先週に比べると動きがマシになったじゃあないか。さすがは幼稚園で先生をやっているだけのことはあるな、人間の育て方がうまいうまい」

「私、別になにか教えてるわけじゃないんだけど」


 やったのはドラゴン視点のちょっとした助言と訓練の場を提供したことくらいで、実際はほとんどカレンが面倒を見ている。さすがに現役の専門家にはかなわないので、彼女に任せた方が効率が良いから。

 でもヴァラデアは話を聞いていないようで、嬉しそうな高い鳴き声を出しながらすりすりしてくる。


「だが、子どもが子どもを育てるというのもどうかと思うんだよな。私はさあ……」


 そして、いつもの愚痴が始まった。聞き飽きた話なので、これは聞き流す。


 カレンがおっと声を上げたので映像を見てみると、リュートが兎を一羽仕留めたところのようだった。正午までになにか獲る約束だったけど、間に合ったらしい。

 獲物としては小さいが、ちゃんと獲れたので訓練としては満点だ。


 先週、野外訓練を始めて最初の頃は、獲物を前に迷って撃つ機会を逃してばかりだった。あれから一週間しか経っていないというのに、彼も成長したものだとしみじみ思う。

 このまま成長を続ければ、必ずやコンテストで優勝を掴み取ることだろう。今から本番が楽しみだ。


「ご飯作るー?」

「はい、今から獲物をさばきますよ」

「私もやるー!」


 血の香りを嗅ぎつけた妹が車から飛び出してきて、期待と食欲でいっぱいの顔で小躍りする。大人たちは微笑ましい様子で妹の踊りを眺める。

 これから獲れたてをさばいて焼肉をやるのだ。こちらも楽しみだった。

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