第四話 ドラゴンお宅拝見(4/8) 屋敷の案内
最初の目的地である台所は、地図の上でも目と鼻の先だったので、少し歩いただけですぐに着いた。
人間用の扉と一体になっている巨大な金属扉をくぐると、台所としてはやたらと広い部屋がある。育児部屋と同じく、台所もドラゴン仕様の広さのようだ。
水場やコンロなどの調理台が何台もある。壁一面に並ぶ銀色に光る大きな冷蔵庫の中身がちょっぴり興味をひかれるか。
部屋の中央にどっかり置いてある金属製のテーブルは、ヴァラデアがその上で寝転がっても余りそうなほどの長さだ。
掃除は隅々まで行き届いているようで、つるつるした模様付きタイルを張り付けられた壁にも床にも、汚れひとつ付いていない。
どこかの有名料理店の厨房のような、とっても豪華で清潔な台所だった。
「ここが台所です。この屋敷で出される食事はみんなここで作られてるんですよ」
「当たり前だろ。ここしか台所無いんだから」
「そうですね。ここにあるのは人間用のものなんですけど、ドラゴン用の道具も一組だけありますから、シルギット様も料理することできますよ。まあ、しばらくは人間用ので大丈夫でしょうけど」
ほがらかムードで案内中のエクセラは、どこか白けているヴァラデアからの突っ込みを華麗に受け流しつつ、部屋の隅にあるやや開けた空間を指さす。そこでは、すべての大きさがドラゴンサイズにスケールアップした調理台が威容を見せていた。
ひときわ巨大な冷蔵庫に取り付けられたフックには、カーテンのごとき広大な水玉模様のフリル付きエプロンが吊り下げられている。かなり使い込まれているようで、遠目から見てもくたびれているのがわかる。
「私は調理師の資格を持っていてね。その格付けで最高の七つ星を持っているんだ、そこらの人間なんぞ足元にも及ばんくらいに料理上手なんだぞ。お母さんすごいだろう」
ヴァラデアが思いっきり威張りくさったツラをすると、いきなり料理の腕前を自慢し始めた。
その話を聞いて、もしやパーティーで出された料理はヴァラデアが作ったのではないのかと一瞬思ったが、すぐにそれはないと思い直す。そもそも彼女は、パーティー開始宣言以来から一度も部屋の外に出なかったのだ。普通にこの屋敷で働く人々が腕を振るってくれたのだろう。
「ああ、そうなの。ドラゴンが料理って……なんか想像できないなあ。動物とか生きたまま丸かじりするイメージがあるし」
言いながら首を回して自らの躰を眺める。
親には遠く及ばないながらも、頑強な四肢に鋭いかぎ爪を持つ。さらに顎を開いてみれば、そこには鋭い牙がずらりと並ぶ。どう見ても生き物に食らいついて肉を引き裂くことに特化した体である。
意外と手先が器用ではあるが、それでもこんな野外で狩りをして過ごしていそうな生き物がエプロンをつけてフライパンとかを振るう姿など想像もできない。
「はあ? やらないよ! そんな野蛮なことは!」
ヴァラデアはなぜか語気荒く否定してくる。なにか気にでも障ったのか、実に心外だと言わんばかりの不機嫌さに満ちた様子でガンを飛ばしてくる。
「おまえに今まで出したご飯だってちゃんと料理したものだったろう? 急になにを言い出すんだ、まったくっ」
「ええ……急になにを」
なにを言い出すのかといきなり言われても、そう言いたいのはこちらの方である。ヴァラデアの口にくわえられている妹も、怒気を感じ取ったのかオドオドしている。
「ヴァラデア様ヴァラデア様、驚いてますよ」
そこで怖いくらいに真顔のエクセラが、すかさずヴァラデアに肘鉄を入れる。その一発でヴァラデアは我に返ったようで、妹をくわえたままコホンと一つ咳払いをした。
実際に出たのは咳ではなく、獣の唸り声だったが。ドラゴンの喉では人間のような咳払いはできない。
「確かに私たちは、そういう獣スタイルで食べていけなくもないけどね。でも、ちゃんと料理したほうが何倍も何十倍もおいしくできるんだから、そんなもったいない食べ方はしないぞ。だからこの台所があるんだ」
ヴァラデアはごまかすように言い繕うと、両前足で姉妹の肩あたりをぽんぽんと叩く。ちょっと決まり悪いのか、どこかふぬけた苦笑いを浮かべていた。
「素材が良ければ良いほど美味しくできるね、例えば狩りたての獲物とか……。うん、そうだな、今度狩りをしに行くかな。そして、狩った獲物をお母さんが料理をするとどうなるのかを見せてあげようか」
「狩り、行きます?」
「ああ。これから予定を組むから、決まったら連絡する」
「わかりました。じゃあ、そろそろ次行きますか」
大人たちは軽快に言葉を交わしたあと、台所から外に出て次の目的地へと誘ってくる。屋敷の中をどんどん見ていきたいので、黙ってついていく。
角をひとつ曲がった先には、無色の通路が広がる。育児部屋の外に出たときと同じだ。まともに飾りつけされているのは玄関から入ってすぐの場所だけのようである。
黙々と目的地に向けて歩く。一つめの十字路に差し掛かったところで、人間の背丈ほどあるコンテナを押して歩くおばさんが数人、行く先で横切ってきた。
全員が青い作業着に、同じ造りの頭巾と前掛けを身に着けている。たぶんこれは制服で、彼女らは屋敷で働いている人たちなのだろう。
「こんにちは。お疲れ様です」
おばさんたちの姿を認めたヴァラデアは、思ったよりも丁寧な口調であいさつする。部下に対して高圧的な態度をとるようなことはさすがにしないらしい。
「こんにちは……ああーお子さん!?」
「まあーほんとに双子さんね」
「うわあ、意外と大きいねぇー」
おばさんたちはあいさつを返そうとしたところで姉妹の姿を見ると、各々の身振りでリアクションをとりながら歓声をあげた。
そういえば、エクセラ以外の人間とまともに対面するのはこれが初めてである。
あいさつ代わりに甘え鳴きしつつ前足をひらひら振ってみると、彼女らはかわいいだの触ってみたいだのなんだのと言いながら、さらに嬉しそうに顔を綻ばせる。
一方の妹のほうは、険しい目つきでにらみ付けながら開口威嚇をしているので、おばさんたちは必然的に愛想良く振舞えるほうに群がることとなった。
「あの、すいません。記念になんですけどぉ。お子さんたちを撮ってもよろしいでしょうか? すぐに終わらせますので」
「許しましょう。存分に撮るといいですよ」
ヴァラデアは、やたらと慇懃無礼な態度で撮影を許した。
許可をもらったおばさんたちは、身に着けていた時計やペンダントやらを手に取り、もう片方の手でなにやら操作を始める。
鈴のような音が数度鳴ったあと、それで用事が済んだのか、おばさんたちは口々に礼を言いながら去って行った。
「あれは確か、うーむ……なんだっけ? あれ」
「あれは“端末”ですよ。ヴァリアブルなんとかとか、スマートなんとかって呼ばれてたかな、とにかくいろいろできる道具なんです。この国じゃあみんな持ってますよ。私のはこれです」
すかさず説明を入れてくれたエクセラが袖を少しだけまくり上げると、手首にはめているブレスレットを見せてくる。
人間の小指ほどの厚みがあるずっしりとした造りで、金属質な素材が照明を反射して鈍くきらめいている。つるつるな銀色の地に黄緑のチェック模様という少し派手な柄だ。
「さっきのおばさんたちが持ってたのとは全然違いますね」
「本体は小さなチップですからね、ガワは自由に選べます。よくあるのはタブレット型ですけど、変わったのだとペン型とかメガネ型とかがあったりします」
「なんだそりゃ。それで、なにができるんですか?」
「写真以外には簡単なところだと、電話とか、買い物とか、調べものとか……」
本当にいろいろできるようだ。どうやったら小物にそんな機能を詰め込むことができるのかふしぎに思う。
どういう原理で動くのかについて質問したら答えてくれそうな気はするが、長くなりそうなのでやめておくことにした。ちょっと気になっただけで、別に詳細まで知りたいわけではない。
「ふーん、便利そうですね」
「不便なところもありますけどね。けっこう無くしやすいし、ずっと触ってないでいると動かなくなったりするし」
「なぜ?」
「他の人に勝手に使われないようにするためみたいです。財布代わりにもなりますからねえ」
さらさらと説明しながらエクセラは袖を下ろした。
「ああ、なるほど。盗まれると危ないでしょうしね」
「理解が早いと説明が楽でいいですね」
皆が持っている道具とのことだが、ドラゴンがもらえるかどうかはわからない。ヴァラデアがなにかを身に着けているところを見たことはないのだ。
「私ももらえるのかな?」
「そのうちね。赤ちゃんには早すぎますよ」
「ちなみに、それを作ったのは私だ。この私の神秘で創った“光”を解析したことでできた技術が基になっているんだよねー。情報通信の速度と精度、容量の安定性が劇的に向上したことによって、仮想装置の構築を低負荷かつ低コストで実現できるようになってだなー。今は専用の機材を用いたシステムには劣るが、いずれ物理媒体のくびきから解き放たれるため……」
なんか知らんがしたり顔のヴァラデアが、何の前触れもなく自慢話と難解な解説を無理やりねじ込んでくる。
誰もそんなことを教えてくれとは頼んでいない。料理人格付け自慢のことといい、このお母さんはいちいち自己主張しなければ気が済まないのだろうか。
「はいはいスゴイネー」
「ヴァラデア様は開発に協力しただけでしょ? 昔話は今度にしましょうね。次、行きましょうか」
エクセラはさっさと話を打ち切って先を急ぐ。
自慢話をほぼ無視されてしょんぼりとうつむくヴァラデアだったが、すぐに立ち直って元気よくエクセラの呼びかけに応えていた。
歩き始めたエクセラの後を追って再び歩き出す。次の目的地はどんな場所なのか、着いてみなければわからない。
育児部屋から出てわずか十数分。たったそれだけの時間しか経ってないというのに、まだ屋敷の外に出てすらいないというのに、息をつく間もなく新しい出来事に遭遇する。
次はなにが起きるのだろうか。胸が躍る思いで大人たちの背中を追った。




