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第二十話 世界のドラゴン大集合(6/6) 偉大な竜の子は辛いよ

 催しが始まってから、だいぶ経った。

 最初の頃は昼過ぎくらいで明るかったが、しばらくすると太陽が水平線の向こうに沈んでいって、気が付くと反対側に顔を見せていた。そんな朝日を二度くらい見た覚えがある。

 今の太陽は空を登り切って、再び西の果てへ向けて降りようとしているところだ。


 始まってから太陽が一周以上している。すでに何日か経ってしまったらしい。

 一芸にかかる時間は十数秒程度とはいえど、ここには大雑把に数えても千種以上のドラゴンが集まっている。短い時間も積もり積もれば山となってしまうのは必定なのだ。


 しかし始まりがあれば、いつかは終わりがやってくるもの。ムカデみたいな多足ドラゴンが一芸を披露し終わると、少しだけ間が開く。今まで即座に飛び出してきていた後続が現れない。

 十秒間ほどの様子見が続いた後、観客たちは一斉に飛び立ち、思い思いの方向へ散っていった。


「うむ、なかなか充実した時間だったな。私たちの偉大さを知らしめることもできたし。さあ、帰ろうか」

「うん」


 返事するのは妹だ。全ドラゴンが閉幕を察したようだった。

 それからヴァラデアに抱えられて、世界一空が近いであろう山頂をあとにした。


 自由落下するくらいの勢いで山を下りて、数分で雲の下のふもとまで戻る。屋敷へ帰るために退屈な航海を再開しようとしたそのとき、何者かが行く手を遮ってきた。

 対するは、晴天の空のように深い蒼の肌に、稲光る黒雲そのものの荒々しい気配を身にまとうドラゴンが二頭。この島にやって来るときに遭った“嵐の王”エシネイさんとそのお子さんである。


「闘らないか?」

「最後に闘ったのは五十年ほど前だったか。そうだな、闘ろうか」


 彼は出し抜けにアホとしか思えない提案をしてくるが、ヴァラデアも同じくらいアホなようで、二つ返事で快諾する。

 ヴァラデアは姉妹を離すと、一瞬で姿を消すとともに暴風が吹き荒れて転びそうになる。気配を追って空を見上げてみれば、両雄はすでにぶつかり合いを始めていた。


 ふたりはドラゴン目線でも目にも止まらない動きで飛び回りながら神秘の一撃を放ち合っている。ヴァラデアは様々な軌道を描く光線で、エシネイは追尾するように閃く雷撃で応じる。

 互いのブレスがぶつかり合うたびに強烈な衝撃波が生じて、周囲の地面がみるみるうちに削れていく。どっちもバケモノだ。

 ついでに闘争の匂いを嗅ぎつけたドラゴンたちが群がってきて、上位の力を持つ種の闘いを見物してくる。全員が興奮に血走った目をしていて、今にも大乱闘が始まりそうだった。

 この猛獣どもはもう、ほんと血の気が多すぎて困る。


「そら、僕らも闘ろう」


 わかりきったことだが、子どもも例外なく血の気が多いらしい。対戦相手のお子さんのアラグナくんが、牙を剥きだしにして笑いかけてくる。見るからにうずいていて、闘いたいようだ。

 相手の体格は普通に姉妹の倍以上あるので、ずっと年上だろう。付き合ったら殺されかねない。応じるわけにはいかない。


「あなた、いくつです?」

「百五十七歳だよ」


 やはりとても若い。年頃としては人間換算でリュートくんより下であろう。

 それでもやはり差が大きすぎなので、お引き取り願っておく。


「私たちはまだ一桁です。赤ちゃんですよ。あなたと闘えるわけないでしょうが」

「はぁ? だからなんだ? “誓約”の子どものくせに、逃げるのか?」


 彼は顎をしゃくりながら鼻を鳴らすと、哀れなものの相手をするような目で見下してくる。

 案の定煽ってくるけど、演技臭すぎかつ貫禄が無いので、まったくムカつきを感じない。この辺りは歳相応の青臭さを感じて、むしろ微笑ましかった。


「当たり前でしょ。無謀すぎだし」


 とりあえず冷淡にあしらっておくと、彼は変な鳴き声を漏らして二の句を継げずにいた。姉と妹を交互に見つめて、所在なさげに前足を揺らす。


「んーっ!」


 その前足を振りかざして、鋭いかぎ爪で斬りかかってくる。でも手加減をしているのかとても動きが遅く、余裕を持って避けることができて、彼の爪は空しく地面を切り裂くだけに終わった。


「ほら攻撃したよ。反撃しろよー」


 そんなに闘いたいのか、ちょっと懇願が入った誘いをかけてくる。それを見て、胸の内になにやら暖かい気持ちがこみ上がってくるけど、努めて突き放しておく。


「だから闘いませんって。無理強いはやめてくださいよ」

「いやあのね、だめだよそれじゃ。きみらはいちドラゴンとしてさ、そんな臆病なやり方じゃやっていけないよ?」

「臆病で結構。無謀よりはマシでしょ」


 彼は口を結んだむくれ顔で押し黙る。癖なのか、もう一度所在なさげに前足を揺らす。ついでに尻尾も悩ましげに揺らす。

 と、妹が尻尾の先でつついてきた。


「しー、こいつ大したことないよ。やっちゃおう」

「なに言ってんだお前」


 ここにきて幼児からの大胆な発言である。見下されることが大嫌いなドラゴンは、もちろん聞き逃したりはしない。


「へえ、楽しいこと言ってくれるじゃないの。そんなにこの僕と闘いたいか。さあ、反撃反撃!」


 言葉だけは威勢が良いけど、ちょっと泣きそうな顔なので締まりがまるでない。それで同情して妥協したりはしない。


「この子の言うことは無視してくださいね。それより上、闘いを見ないと」


 ちょいちょいとお母さんたちが闘っている空を指し示してみるが、彼は涙目で寄ってくると両前足で掴みかかってきた。


「いやさ、さすがに本気は出さないよ? 縄張り争いしてるわけじゃないんだし。遊びだよ遊び。ちゃんときみたちに合わせて手加減するからさ、だから闘お? ね?」

「んー、百年後にね」


 思いっきり捕捉してきている中でも、あえて目を合わせず淡白に吐き捨てておく。すると頭を掴まれて、無理やり振り向かせてくると、目の色変えて鼻先を間近まで寄せてきた。

 さすがは同格の種のお兄ちゃんか、物凄い力でがっちりと掴んできていて振り払えそうにない。うなずかなければ一生離れないとでも言わんばかりの勢いだ。

 そんな強引なことをしてまで闘いたいのか。必死すぎである。


「きみはね、この強い僕とね、これから何千年もお隣さんとして付き合うことになるんだよ。ちゃんと宿敵の力くらいは把握しておくのがドラゴンとして正しい姿であってね」

「知りませんよ、そんな姿」

「……わかった! 僕を一発殴るのを許すぞ! 闘わなくていいから、とにかくきみらの力を見せろ! ね! ね! ね!」

「ああもう、わかりましたよ。それなら」


 もう我を失っている様子の彼は、がくがくと揺さぶってきながらも妥協してくる。闘わなくていいということで、仕方なく応じてあげることにした。

 とたんに彼は、とってもとっても嬉しそうに笑って、でもすぐに年長さん風に上から見下してくると、腰を落として腹を前面に出す受けの体勢に入った。そこを打てと言いたいらしい。


 生き物の弱点はおおむね腹部に集中している。重要な臓器などがたくさん詰まっているうえに柔らかいので、うがたれると大抵は致命傷を受ける。超絶頑丈なドラゴンも、そこだけは比較的柔だろう。

 そんな弱点を無防備にさらすとは、大した自信である。年齢差が百を超えているのだから、自信を持つのも当然ではあるが。

 とりあえずお望み通り、渾身の一撃を腹にぶちかましてやることにした。


「ねえ、私の背中、しっかり抑えてて」

「うん、わかった。連携するんだよね?」

「よくわかるな」


 ちょっと得意顔をしている妹に背中を抑えてもらいながら後ろ足で立ち上がり、アラグナくんの引き締まった青蛇腹に拳をゆるく添える。


「え、なにその人間みたいな構え」


 目を閉じて、呼気を整えながら精神を統一し、全身の力が拳の一点に向かうように体位を微妙に整える。

 心を無にしながらの一呼吸、二呼吸。程なくして、最高の力を発揮できる絶妙の瞬間がやってくる。


「シッッ!」


 わずかに身を引いてから、足元の岩盤を砕く勢いで全力で踏み込む。体の芯を固定して、体重を拳の一点に集中させる。妹も完全同時に背中を押して、同じように踏み込んで全体重をかけてきたことで、威力は倍加する。

 ぶっつけ本番でも連携を一発で成功できる、双子ならではの技といえよう。

 空気を揺るがす鈍く重い炸裂音が鳴り、アラグナくんの大きな体が揺れた。


 彼は反応しない。が、余裕面をちょっぴり強張らせて突っ立っている。少しして、彼はプルプル細かく震えながら、ようやく声を出した。


「や、やるじゃない、か。“誓約”を名乗る、だけ、ある」


 彼を腰を下ろして受けの体勢をやめると、お褒めの言葉を賜ってくる。

 でもその動きは異様にぎこちない。まるで病人みたいな緩慢かつ不自然な動きで、いかにも無理してますという感じだ。わりと効いたらしい。


「あ、あ、安心したよ……きみらなら、僕のお隣さんとして、の、資格はある……な……」


 彼は辛さを隠しきれてない感じでそれだけ言い残すと後ろを向き、親たちの闘いの見物に入った。果たして彼は、まともに見物できるのか。それは彼のみが知ることだ。

 ここで突っ込みを入れるべきではない、誇りを傷つけて闘いを避けられなくなる可能性が高い。

 とりあえず置いておき、彼に倣ってお母さんの闘いの見物をしておくことにした。


 大人たちはブレスのぶつけ合いをやめて、なにか芸を披露している最中のようだった。

 エシネイはどこから持ってきたのか、腰だめに持つ弦楽器を激しくかき鳴らして、頭をぐるんぐるん振り回しながら獣の鳴き声だけで熱唱している。


「グルオオオオーッ! 刮目しろッ! これが! この俺の話題の新曲! “あなたへ届け、終末の嵐”だぁぁぁぁーッ!」


 その猛々しい旋律は暴風を巻き起こし、雷鳴のような咆哮は辺り一帯に稲光をばらまく。雷雲渦巻く大嵐の中での弦楽祭という名の大災害だ。見物ドラゴンのなかでも弱めなのが吹っ飛ばされて雷で撃墜されている。

 素晴らしい威力ではあるけど、どうしてこうなったとしか言えない。なんで絶大な神秘の力をそんな風に使おうと思ってしまったのか、考えても理解できそうになかった。


 対戦相手のヴァラデアは理解できたようで、とっても愉快そうに前足を高々と挙げて打ち鳴らす。


「はっはっはっはっは! いいぞぉ! 五十年前よりも少しだけ力強くなったじゃあないか!」

「ハッ! 誉めても何も出ねえぞ!」


 それだけ言うと、二頭はぱっと競り合いをやめて真っすぐ地上に戻ってきた。今ので闘いは終わったようだ。

 いろいろと不条理な展開だけど、深く考えるのは疲れるのでやめておく。ドラゴンにはいつものことだ。


「おい、さっき一発喰らってやってたが、どうだった? “誓約”の子の力は」

「うん、赤ちゃんにしてはなかなか……あっ、そうだ!」


 闘いながらも子どもの動向には気を払っていたらしい。アラグナくんが親から尋ねられると、思い出したようにこちらを向いて、びしっと指さしてきた。

 その爪先はちょっと震えている。先ほどの一撃のダメージがまだ残っているようだ。


「さっき僕と闘うのは百年後って言ったよな? 僕は覚えてるぞ! 百年後になったら闘うからな! それまでに力を磨いておけよっ、いいな!」

「そうですか、じゃあ百年後に」


 そこまで歳をとれば力の差もある程度埋まるだろうから、問題なしとしてうなずいておく。

 その答えで満足できたのか、彼は嬉しそう笑っていた。

 単純である。百歳を超えてるとはいえ、やっぱり精神的には子どものようだ。人間に比べると成長が遅すぎる気がしないでもないが、なぜかは知らない。


「ほう、仲良くなったようだな」

「そりゃあなによりだ」


 大人たちが感心したように言うけど、なにを見て仲が良いと判断したのかは神秘の彼方である。

 それに突っ込む暇もなく、エシネイが有無を言わさぬ口調で声をかけてきた。


「百年後と言わずに、近いうちに俺たちの縄張りへ遊びに来い。“生命”もそうしたんだろう? 奴の独り占めは許せないからな、俺も縄張りに入るのを許すぞ」

「ふっ、そこまでしてこの私の娘たちにつばをつけたいか」


 横で自慢げにしているヴァラデアは放っておいて、エシネイの相手に集中する。


「“生命”って、なんのことです?」

「“生命喰らい”って呼ばれてる老いぼれ……黒のセランレーデのことだ。あ、俺の種の名は“流転”な。この偉大な名を覚えておけよ」

「ああ……そんなこともありましたね」


 以前、セランレーデに縄張り越えの許可を与えられたことがある。張り合いでもしてるのか、こいつもそうするつもりらしい。

 まあ、コネと行動範囲が増えるので良しとしておく。


 そういえば、いつかはセランレーデにも会いに行かなければならないことを思い出す。やらないといけないことがじわじわと増えていっている気がしなくもないけど、まあなんとかなるだろう。

 ドラゴンの一生はとにかく永い。対処のための時間はいくらでもある。


「帰りはいっしょに行かないか?」

「たまにはいいだろう。この私についてこれるかな?」

「よしアラグナ、俺に乗れ」


 お子さんはすぐに親の背に抱き着く。さすがに大人の飛翔速度に敵わないのはわかりきっているだろうから判断が早い。

 大人たちは子どもを乗せ終えると、それぞれの方法で飛び立った。


 帰る速さは行きと比べ物にならないほどに強烈だ。ヴァラデアは光の噴射、エシネイは竜巻のごとき暴風、二つの力がせめぎ合うことで大気が荒れ狂い、衝撃波で海が深々と割れるほどの威力を出している。

 この凄まじさなら、行きよりも早く帰ることができるだろう。


 妹とアラグナくんが構ってほしそうな顔でチラチラとこちらを見てくるけど、無視して寝ることにする。

 将来に立ちふさがる予定の諸々はきれいに忘れて、良い夢を見れれば良いなと思いながら目を閉ざした。


  第二十話 完

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